この画家の伝記を読むと、本人としては卓越した画家であることよりも宮廷で出世することが重要であったと書かれています。まさにこの絵の視点は、宮廷で出世する人らしい空間認識を表している、といえるでしょう。
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このとき画家にとっては現実の空間はこういうものであった、ということでしょう。国王の視線に映る光景が重要である、自分の姿が国王の目にどう映るかが現実として重要であって、自分の目に実際に映る光景はそれに比べてあまり気にする必要はない。
画家は絵の鑑賞者たち、つまり王族や貴族、宮廷人たちとこのような空間を共有していることを主張したかった。自分は国王の肖像を描いているのですぞ、自分は王のために働いているのですぞ、と言いたい画家の気持ちがよく分かります。
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画家は、国王の光栄ある要請を受けて仕事をしている自分を自分の目で見ています。このとき画家にとって現実の空間は、自分の目に映っている国王夫妻とその背景の空間ではなくて、自分の身体が置かれている自分の少し前から後方の空間であったはずです。国王夫妻の視点から見た空間が実像として描かれている反面、画家の視線が見ているはずの国王夫妻の立つ空間は後方の小さな鏡に映る虚像として描きこまれています。
私たちはふつう自分の姿を実像としては見ることができません。ところがこの絵では、自分の姿が実像となっている空間が描かれています。
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スペイン国王の目は、当然、愛娘マルガリータに注がれている。そのことから、画面中央に位置する幼い姫の姿は窓からの光線でさらに目立つように明るく照らされています。画家は左端でカンバスに向かっている。右利きの画家はふつうカンバスを自分の右に置きますから、モデルからみるとカンバス裏側の右側から顔を出す。それで必然的に画家はこの画面の左に位置することになります。
そういうことを全部計算しながら、画家は、肖像画を描いている自分の肖像画を描いた。宮廷画家の仕事であるからには当然、この絵は国王を賛美し王位継承者であるマルガリータ姫の肖像を人々に賞賛させるために描かれたものでしょう。しかし素直に考えて、画家はこの機会に自分をアピールしたかったという動機を持っていたと推測できます。
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絵の内容については、美術史家のさまざまな学説がありますが、大方の解釈は、国王夫妻の肖像画を描く画家本人とアトリエを訪問した王女を描いた絵ということになっています。画面中央に王女マルガリータ、画面左にベラスケス自身が描かれています。この絵の特徴は、もちろん世界最高傑作といわれる画面の完成度、そして微妙な光線と質感を表現する画家の卓越した技術ですが、同時にまた視点の面白さがあります。この絵に描かれた光景は、画家がいま描いている肖像画の対象人物、つまり国王の視点から見たものとなっています。