いずれにせよ、リンゴという果物を見たり触ったり食べたりした経験から学習された、リンゴに関する身体運動‐感覚受容シミュレーションは、記憶として脳内に保存される。別の機会に、別のリンゴを見たり、食べたり、思い出したりするときに、そのシミュレーションが記憶から呼び出される。呼び出されたそのシミュレーションは、私たちの筋肉や唾液腺を動かしたり、あるいは動かさずに、脳内で、それらへの運動指令信号の準備だけをしたり、イメージを浮かべたり、関連する物事を連想させたり、する。
私たちが言葉を覚え始める幼児のころに、リンゴという果物を見たり触ったり食べたりするとき、ふつう、その経験を仲間の人間と共有する。自分ひとりだけでリンゴを見たり触ったり食べたりするが、自分以外の他人がリンゴを見たり触ったり食べたりするところを見たことがない、という人は、まずいないでしょう? 幼児が、その物質をリンゴだと思うようになるときは、必ずママとかだれかが一緒にいて、リンゴを一緒に見たり触ったり食べたりしていたはずです。つまり、リンゴに関する経験の身体運動‐感覚受容シミュレーションは、ふつう、人間仲間と、集団的に、リンゴについての運動共鳴を起こす経験を含んでいる。こういう場合には、(拙稿の見解では)言語が形成される条件が整っている。実際、そうして幼児の脳内にリンゴに関する集団的運動共鳴のシミュレーションが作られた後で、ママなど周りの人間がリンゴを一緒に見たり触ったり食べたりするその運動に伴って頻繁に発声する音声「り・ん・ご」が条件反射として連結して、「リンゴ」という語ができる。
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