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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

数億本の連立方程式

2011年09月06日 | xx6「する」とは何か

Godwarde 小説家でなくとも、私たちは日常的にやすやすと人の心を予測することができます。その場合、「彼女は嫉妬する」とか「彼は嫌がるだろう」とか短い言葉で的確に表現できます。この短い一行で描写される現象を、科学理論の方程式で書き出せたとしても数億本の連立方程式になるでしょう。それをすべて数値積分していったら計算時間が何百年もかかってしまいます。「~する」という図式を使う日常言語は、このような場面で人間行動を予測するときにその能力を最大に発揮する道具だといえます。

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コンピュータが小説を書く?

2011年09月05日 | xx6「する」とは何か

一方、日常生活の場面で使われる日常言語は、人の行動を予測する場面で直接に強力な働きをします。人間関係の変化を予測する場合など、日常言語は簡潔に的確な表現をしますが、そこに科学を使っても全く歯がたちません。コンピュータを使って人間関係の予測計算をしようとしても、とても実用にはならないでしょう。コンピュータに人の心は分からない。コンピュータに小説を書かせることができないことは直感でも分かります。

人間の感性を計算で予測しようとする場合、仮に科学理論を駆使して方程式を全部書き出せたとしても、膨大な計算量になってしまうため結論を出すことは実質的に不可能だからです。

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科学の表現方法

2011年09月04日 | xx6「する」とは何か

Godwarddelphic 科学の表現方法は物質現象を正確に予測することができる点で非常に優れていることは事実ですが、そのことが私たちの日常生活に直接あらわれることはほとんどありません。科学者の実験や理論の中で科学的表現方法は強力な道具となっていますが、それがふつうの人々の生活に影響するまでには実用化あるいは商品化の複雑な過程が必要です。それ以前の段階では、通常、科学の表現は日常生活では直接には感じられません。

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科学 vs. 日常言語

2011年09月03日 | xx6「する」とは何か

科学の対象を表現する場合、このように科学が正確に詳細に描写する世界像を、日常言語では、おおざっぱに翻訳して分かったように説明することしかできないように見えます。

確かに科学は正確に連続的に物事を表現することが得意であるのに、日常語はピンポイントでおおざっぱな言い方しかできません。こういうと、科学的表現が優れていて日常言語の表現能力が劣っているように思われますが、その見方は実は不公平です。

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言語か数学か

2011年09月02日 | xx6「する」とは何か

Godwardd たとえば、DNA分子が周辺の分子と分離結合を繰り返して受精卵が発生分化する物質過程も、「発生分化する」という言葉だけで表現する限り、胚が胎児になり分娩される、という際立つ現象だけを、きわめておおざっぱに描写することになります。同じように「~する」という言語の図式は、「雨が降る」、「地震が起こる」、「原子炉が爆発する」など際立つ現象を小さな情報量で表現することはできるが、その現象が起こるまでの周辺の変化からの連続的な影響を定量的に表現することはできません。それを描写し現象を定量的に予測するには科学理論を数学的に展開して数値による描写を使うしかありません。

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