A君は、骨と関節と筋肉からなる自分の身体と、同じような構造を持つ私の身体と、さらに大きいが単純な剛体である机からなる連結運動体が現実に実際にここに存在している、と感じている。そう感じているから私と協力して運動することができる。逆にこういう運動体が、今ここに現実に存在していると身体で感じない限り、A君はうまく私と協力して行動することはできないでしょう。
私とA君は、この三次元空間の中に存在している地面と重力が働くことでその地面に引きつけられている物質である自分たち二人の身体とそれらに掴まれている机という運動体が存在していて、それは重力の法則や人体運動の法則などよく分かっている法則に従って動いている、という現実を強烈に身体で感じとっています。そうすることによって、私たちはうまく協力して運動することができる。その結果私たちは栄養供給システムにつながることができています。
このようにこの物質世界が現実に存在していると感じとることは、私たちが自分たちの身体を正しく動かし、互いにうまく協力して生きていくためには必要な条件であるといえます。逆に言えば、このように私たちが身体を正しく動かして互いにうまく協力して生きていくために、この現実世界は存在している。拙稿の見解によれば、これが現実世界の存在の起源であるといえる。つまりこの世界は(拙稿の見解によれば)、私たちが互いにうまく協力して栄養供給システムにつながることができるために存在するようになった、といえます。
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