科学者も、客観的世界の内部にあるとしか思えない自分の脳の中にある主観的な自我(意識あるいはクオリア)の探究が科学の課題だと思い込んでしまうという錯誤に陥ります(一九九三年 大森荘蔵『意識の虚構から「脳」の虚構へ―時間と存在(1994)』)。
文明の発達によって鮮明になった世界の客観性と[私]の理論との違和感は、自我 (意識あるいはクオリア)の神秘性を生みだし、そこから自分の内面は自分しか知ることができないというプライバシーの不可侵性の信念を生みだします。それが極端に作用する場合は社会からの孤立感や虚無感を導き出す原因にもなっています。 [私]の理論の副作用によって生じるこのような(哲学的というべき)悩みは、拙稿の見解では、現代人を悩ませている哲学の間違いのうちでも最大のたぐいだと思われます(拙稿第1章「哲学はなぜ間違うのか?」)。
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