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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

仮想運動、実行運動、起動閾値

2010年02月13日 | xx1私はなぜ自分の気持ちが分かるのか

目的行動のシミュレーションは(拙稿の推測では)、予測された状況を予測できる行為の連鎖で覆いつくすことでなされる。このシミュレーションは案外と簡単になされていると思われます。なぜならば、予測された状況は、もともと行為の連鎖から生成されているものだからです。シミュレーションは、目的状況に到達する代替経路を探して、比較評価することで実行されるのでしょう。

次に、目的となる状況に至る一本の経路が確定される。行為の連鎖からなるその経路を表現する行動が仮想運動として活性化される。そのとき、仮想運動のその活性度(仮想運動を表現して活性化される神経細胞の数)が閾値を越えると仮想運動は実行運動として起動される。

この場合(拙稿の見解では)、学習記憶の連鎖的想起と瞬時に実行される予測計算の複合を使って、それぞれの行為が自動的に身体運動の運動目的イメージとして表現され活性化されることで、当初の目的を意識することなく私たちの身体は連鎖的に運動を実行していく、と考えられます。

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社会生活に便利な共有装置

2010年02月12日 | xx1私はなぜ自分の気持ちが分かるのか

Gerome_bathsheba

そうして得られる構造的な状況概念は(拙稿の見解では)人々に共有されることで客観的な認知対象となり、人々の間で再帰的に合成を繰り返すことでますます一般的抽象的なものになっていきます。それら状況概念は身体運動のイメージから大きく飛躍した抽象的な概念になっていき、再帰的に生成される記号概念によって表現されることで言語化され、私たちだれもが明確に共有できる社会的感情を作りだし、それを介して互いに感情を共鳴しあうことで、社会生活に使える便利な共有装置となっていきます。

こうして、(拙稿の見解では)人類による状況認知は、仲間に理解され共有される抽象的、記号的なものから構成されるようになる。それは再帰的に生成される(たとえば群構造を持つ)空間概念を作り出し、(あるいは半群構造を持つ)記号列概念となり、共有化され言語化される。言語化された状況概念は、さらに安定的に共有され、行為の目的として設定されることで、逆方向に分解され、行為の連鎖として再合成される。

拙稿の見解では、人類の脳における状況概念の表現は、言語の表現と同様の再帰的生成構造によって行われています。つまり状況概念は、行為の連鎖を表現するシミュレーションとして生成され、目的を表現する空間構造を持つ。空間のある点を目的点とするといろいろな経路で到達できるように、人間の目的行動は、目的となる状況概念に対して、いろいろな行為の連鎖で到達できる経路を予測することで行われる。

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行為と状況との構造的関係

2010年02月11日 | xx1私はなぜ自分の気持ちが分かるのか

人類の脳に備わっているらしいこのような機構は、たぶん他の動物の脳にもあると思われます。しかしどの動物にどのような機構があるのか、それが実際どのようなものなのか、私たちの現在の知識ではよく分かりません(二〇〇八年 ジャスティン・ウッドル、マーク・ハウザー『人類以外の霊長類における行為把握:運動シミュレーションか推測法か』既出)。

人類は(拙稿の推測では)他の動物に比べて、たぶん、はるかに緻密に、このような行為と状況変化との構造的関係を予測し、目的概念を作ることができる。私たちは脳内で無意識に働くこの仕組みを使いこなすことで、何層にも行為を連鎖連結させ、合成し、多層的で複雑な状況概念を作り出していきます。

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身体が世界の構造を反映する

2010年02月10日 | xx1私はなぜ自分の気持ちが分かるのか

Gerome_cemeterygonetoseed

人間の認知システムが、進化の結果、身の周りの世界へ加える行為とそれによる状況の変化をしかるべく反映する機構となっているとすれば、私たちが認知する具体的な行為と状況変化の関係は現実の世界の構造(たとえば空間移動のベクトル構造)を反映しているはずです。

行為とそれによって引き起こされる状況変化のこのような構造的関係を、人間は生まれつきの感受性を基礎にして、成長の過程で学んで行く。そうして私たちは、行為とそれがなされる状況を想像するだけでその結果を予想できるようになる。物事の成り行きを予測するためのシミュレーション機構が身体に備わるようになるからです。

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現実という名の機械

2010年02月09日 | xx1私はなぜ自分の気持ちが分かるのか

このような、行為の連鎖と状況の変化とが規則的に対応する構造は、数学的にはコンピューター(機械)の計算原理と同形な構造です。たとえば、a,b,c,d,e,fを、それぞれ単純な運動目的イメージを実行する六個の行為(インプット)だとしましょう。ある状況①(コンピューターの内部状態)において、a,b,cという三個の行為を連鎖させると別の状況②に変化する。この新しい状況②を{abc}と書いて表現すれば、これにdという行為をさらに加えた場合の状況③は、四個の行為をa,b,c,dと連鎖させたものと同じことだから、{abcd}と表現できます。ここで、出発点の状況①に戻って改めてe,fという連鎖行為で到達した状況④は{ef}と表現できる。この状況④が状況③と同じだとすれば、

ef=abcd}(同じ内部状態)

と書けますね。

このようにコンピューターの内部で行われる計算と同じ形で、私たちは、行為の連鎖と状況を関係付けることができる。私たち人間の脳は(拙稿の見解では)、行為を連ねることで次々と状況を変化させていく過程を、コンピューターの内部で行われる計算と同じように、シミュレーションとして予測できる。そうであれば、現実の世界での行為と状況変化のこういう関係構造を、私たちが直感で分かることが納得できます。

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