人間も動物ですから、自然の法則に従って進化して、このような身体になったのでしょう。現象としては、モーターと歯車でできているロボットと何も違いませんね。もう少し正確に言えば、たんぱく質と核酸の組み合わせで動く分子機械です。そういう物質である身体から成り立っている人間の私が、このように、私の気持ちを持っているということは、どういうことか?
私は、なぜ自分の気持ちというものがあると思うのか?
それは私が、人間というものは皆、それぞれの気持ちというものを持っている、と思いこんでしまっているからではないのか? まわりの仲間たちが、私のそれが私の身体の中にあると思っていることが間違いないように思えるから、私はそう思っているだけなのではないか? 私が私の気持ちと思っているものは、そうして作られる錯覚なのではないだろうか? と考えることもできる(二〇一〇年 マーク・エンゲルバート、ピーター・カルーサーズ『内観』)。
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