この世界にはYという動きをするXというものがいる、と私たちが仲間と同じように感じとる。そのとき「XがYをする」という分節化が作られる。その分節化が言語を作っていく。そのとき、私たちはこの分節化を共有し、Xが次の場面でどう変化し、どう動いていくかの予測を共有する。逆に、言語は、私たちが共有する予測機構によって世界を分節化し、予測し、認知していく予測機構の共有様式だ、と見なすことができます。
私たち人間は(拙稿の見解では)物事の変化を観察し予測することで認知する。そのとき、その物事自身がその変化を予測してそれを目的として変化する,という見方を使って、私たちは見る。あらゆる物事はこのやりかたで認知できる、と私たちは、無意識のうちに思っている。こうして、あらゆる物事のあらゆる変化は目的を持つこととなる。その結果(拙稿の見解では)、人間も目的を持って行動する、と見て取れるようになります。
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