国の支配権力に真っ向から逆らう言論を展開したところで成功するはずがない。死んでから顕彰されるのが良いところでしょう。洋の東西を問わず知識人の立場というものは、いつの時代でもそうです。西洋哲学の創始者である賢人が社会のそういう現実を知らないはずはありません。
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ソクラテスは、伝聞によれば、さすがに哲学的あるいは思想的にいろいろむずかしい理論を述べていますが、それとは別に、面倒だから逃げるまでもない、という単純な気持ちが根底にあったのではないでしょうか?
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アテネへの愛国心があった、良心に忠実だった、あるいは教育者としてのプライドがあった、などといった精神的なものを大事にする人ではあったようです。しかし、それだけに殉じたとは読めません。処刑直前にぐっすり朝寝をしていた。当時七十歳で年をとりすぎているという自覚を持っていた、ということですから、まったく逃げる気がないという態度は見せかけではないでしょう。
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当時のアテネの政権が、政府の管理下に入らずに青年を堕落させるような間違った思想を流布する教育者を排除する姿勢をとっていたことはよく知られていました。つまりソクラテスは、沈黙するか、政府の方針に従うか、早々とアテネから逃げ出すか、いずれかを選ぶ必要があった。本人がその状況を一番よく知っていた、といえます。アテネから逃げれば簡単に逃げられた。それなのに逃げませんでした。
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ソクラテスはだれが何と言っても逃げる気はなかったように見えます。牢獄に入れられる前から決心していたのでしょう。いつから彼はそう思ったのか? アテネの裁判でソクラテスは、死刑になることをまったく避けようとしていない態度をとっています(紀元前339年 プラトン「ソクラテスの弁明
」)。検察に告訴された時点でもう覚悟していたように読めます。最初から逃げない人だったということでしょう。では、告訴される前はどうだったのでしょうか?
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