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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

権威にひれ伏す

2007年01月04日 | 2言葉は錯覚からできている

さて、この手の生き方理論で、きわめつけは、「この大きな権威にひれ伏して身をゆだねることでしか、君たちは幸福になれない」というものです。こういう言葉に抵抗できる人は少ない。

 ちなみに、権威にひれ伏す、という行動は人間だけの話でなく、哺乳類の古い神経機構の働きで起こるようです。そういう神経系を持った者が多くの子孫を残せたからでしょうね。群行動をする哺乳類の多くの種では、社会的地位の高い個体に出会った低位の個体は、子犬のように、頭を下げたり高音で鳴いて挨拶したりするという行動の観察が報告されています。そのとき、上位の個体のほうは頭をそらしたり低い声で応答したりするそうです。なんだか、会社のエレベーターで上役と会ったときみたいですね。確かに、偉い人にはなるべく高い声で挨拶したほうが覚えがめでたくなりそうな感じがします。筆者も現役の頃、もう少し頭を低くして声を高く出していればもう少しは出世できただろうに、と悔やまれます。

学校の先生とかインテリっぽい大人は「権威にへつらうな」と教えるし、もっと偉そうな宗教家は「ひたすら祈りなさい」とか言っています。どっちが正しいのか。いずれにしろ、人間は権威に盲従したくなるような神経回路を持っているようです。その証拠に、それに働きかける理論は、社会的権威、あるいは宗教的権威など、立派な錯覚を作り出して成功しています。

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人生成功の法則はあるか?

2007年01月03日 | 2言葉は錯覚からできている

ちなみに、生き方理論というか、人生成功哲学の講演などでよく言われる「自分は運が良いと信じて前向きに生きる人が成功するのだ」という世の中の法則は、たしかに経験的には正しいようです。ただし、この法則が言っていることは、実は、前向きに生きる人の中のごく一部の人が成功して、ますます前向きを続け、残りの失敗した人たちは前向きに生きることをやめたりする、というだけのことですけれどもね。

まあ、シニカルに言えばこう言える一方、別の真実としては、自分を信じて懸命に生きることの他に人生の幸福があるわけはありません。若い人に、それを教えることは大事でしょう。

ところで、人間はなぜ幸運を求めるのか? 世渡りに成功したとはいえない筆者も、こういう運不運の問題にはとても興味があります。人間はなぜおみくじや宝くじを買うのか?あるいは買わないのか?実に興味深い。しかし、この話を始めると元に戻れなくなりそうなので後まわしにしましょう。

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夢はいつか実現するか?

2007年01月02日 | 2言葉は錯覚からできている

Hatena15

閑話休題、話を戻す。試行錯誤でいろいろな哲学や理論や信仰が作られていきました。それらはだんだんと洗練され、自然現象や人間行動をうまく説明し、正確ではなくてもかなりの精度で予測し、不安な人々が頼りにしたくなる程度には役に立ちました。それらが使う言葉と理論は、それぞれの文化の中の法律や儀式や制度や書式や文学を通じて人々に浸透して行きました。人々が安心して使いやすく覚えやすく、使うと便利なものに進化していきました。仲間と楽しくやれて癒しと安息を感じられて、大きなものに保証されているような、使うと気持ちが安らいで、もうやめられなくなるような、そういう理論が生き残り、普及していったのです。そういうものが人間の脳神経系の動きにぴったりと共鳴するからです。

「何事もじっと我慢すれば、そのうちきっとよくなるよ」とか、「強く希望すれば、どんな夢もいつか必ず実現する」とか、「思い切ってやれば、うまくいくものだ」とか、何の根拠もなくても、そう言われると人間は元気が出て、癒されるのです。

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人間さえ操作できれば

2006年12月31日 | 2言葉は錯覚からできている

当たるも八卦、当たらぬも八卦というような占いはいつの時代でも人気があります。物質世界の法則とはうまく繋がらないかもしれなくても、人間どうし皆が分かったような気になって、その理論を信じられればそれは普及していくのです。言葉で言われたお話と現実との関係がよく分からなくても、権威と多数意見という重み付けを頼りに言葉を信じることによって人間は動くのです。そのお話あるいは理論が世界の法則をきちんと表わしていなくても、人間は言葉を信じて動く。そういうものが人間と言葉の関係です。人間の脳はそれができるように進化し、その結果、このやり方で人々は身の回りの現象や人間行動を、正確ではなくても実用的な程度には理解し、大方は当たるくらいに予測しているのです。

特に文明社会では、人間さえ操作できればとてもうまく生きていける。言葉で語られる理論が物質世界の法則とはうまく合わなくても、うまく人間を操作できてそれを使って大部分の人がうまく生きていければ、社会は大体うまく動いていく。それで、文明社会では、もっぱらそのために言葉が使われるようになります。そうして社会はますます発展し、人間どうしが互いに語り合って協力できるようになっていきます。そうなれば社会は複雑に分業化し、効率化し、専門集団が発展し、ついには技術を発展させ、その結果最後に、逆説的なようですが、立派な科学を作り出すのです。

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「自分」というのはどの物質?

2006年12月30日 | 2言葉は錯覚からできている

Hatena14_1 「心」というのはどの物質のどういう状態なのか? 「自分」というのはどの物質のどういう状態なのか? よく分かりませんね。目では見えないし手で触ることもできないからです。

それでもこれらの言葉に基づいた理論は組み合わされていろいろな信仰や世界観を作り出し、種々の宗教、種々のイデオロギーを発展させることになります。癌の民間療法などもそれでしょう。なんとかいう植物、または動物の身体の一部分を煎じて飲めばよく効く、というのです。マイナスイオンが身体に良い、と偉そうな人たちが繰り返しそう言えば、多くの人々はそれを信じます。それは根拠のないお話に過ぎない。しかし権威ありそうな人がそれを言えば、そして多くの人がその話を信じれば、もう間違いないと思えるのです。

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