要約すれば、私たちが、他人の身体が消滅するイメージから連想して自分の身体が消滅することを想像するときに、命と心を感じる錯覚の(集団的共有による)存在感覚に与えられる混乱を恐怖に結びつける学習によって、死の恐怖は作られている。この学習は、他人の身体が消滅するイメージを想像することから始まる。子供がこのような想像ができるようになるのは幼稚園から小学校低学年くらいの時期です。この時期に、子供は大人や年長の兄弟仲間などの言動を見聞きすることで死の観念を学習します。最近の子供は、リアルな人との会話ばかりでなく、テレビやゲームやマンガなどバーチャルなメディアからも大きな影響を受けていそうですね。昔から子供は、骸骨や幽霊など、死に関するイメージに極めて感受性が強い。成長過程でこの学習がうまくいくように、人間の脳は進化したのでしょう。それは、仲間どうしの集団的共感で死の恐怖の存在感を形成し、脳の感情回路に定着させる仕組みです。人類の進化の過程で、この死の恐怖の学習が、自分の身体を守ることにつながり、それが種族の繁殖に有利に働いたからと推測できます。
死の恐怖は、人類が繁殖するためには、よくできた実用的な錯覚であるわけです。技術や社会関係を発達させ、安全で安定した生活が送れるような知識や習慣を蓄積するために役立ったはずです。抽象的な想像が恐怖という強い感情を引き起こすという点で、錯覚にもとづいた理論の集団的共有が身体感覚に結合していく、人間という動物に典型的な現象といえるでしょう。
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