ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

エミール・ガレ

2012年05月31日 | 美術

 一昨年の今頃、目黒区美術館でエミール・ガレの生きた時代という展覧会が開かれました。
 行こう行こうと思っているうちに展覧会は終わってしまい、その後忘れていました。

 このほど某図書館でその時の展示図録を観る機会に恵まれ、改めてフランス、アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸品や家具や調度品などの名品に酔いました。

 トリステの花器です。

 後に退廃的と称され、美術的価値が低いとされたアール・ヌーヴォーですが、この作品には退廃的な香りはしませんね。
 むしろ花瓶の青の、その青さが際立って、何か霊的な感じがします。



 一方こちらの置物は、悪趣味とさえ言える異彩を放っています。
 むしろこちらのほうがアール・ヌーヴォーのイメージに近いかもしれません。

燕文両耳付鶴首花器です。

 こちらはまた、なんとも繊細な花器ですねぇ。
 ぽきっと折れちゃいそうです。

 燕たちがひそひそ話をしている図柄が可愛らしいですね。
 なんと燕たち、墨で描かれているそうです。
 新しい技法を生み出したのでしょう。

 アール・ヌーヴォーは直訳すれば新しい芸術ということですから、19世紀末の芸術家たちは、競って新しい技法を生み出したのでしょうねぇ。

大樹ユーカリ文花器です。

 これはまた、生命力に溢れた大型の器ですねぇ。

 ガレは静謐な青の青さを霊的に描き出したかと思えば、悪趣味な作品を物し、可愛らしい作品を造ったかと思えば生命賛歌のような作品を生み出したのですねぇ。
 
 まさしくガラス工芸の天才です。

 目黒区美術館の展示図録を置いているなんて、某図書館、Good Job!

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愚痴

2012年05月31日 | 社会・政治

  この記事はお金の愚痴です。
 多分読めば嫌な気分になると思いますので、他人の愚痴など聞きたくないという方は、飛ばしちゃってください。 

 5月の給料から、政府が人事院の意向を無視して強行した国家公務員の給与7.8%削減が法人である私の職場にも適用されました。
 びっくりするほど給料が落ちていました。
 わが国の国家公務員や法人職員はデモも起こさず、よく素直に従っているものです。
 もっとも私も素直に従っていますが。

 私が就職する頃、公務員の給料といえば安月給の代名詞でしたが、いつの間にか公務員は高給取りと言われるようになりました。

 不思議。

 民間給与と比較して妥当な額になるよう、ここ数年は毎年給与減額の人事院勧告が出され、少しずつ、しかし確実に給与は落ちてきており、その上7.8%減は痛いですねぇ。
 管理職は10%減だとか。
 10%減というと、懲戒を喰らったのと同じような減額幅です。

 しかし就職活動中の大学生へのアンケートでは、約半数が公務員になりたいもしくはなりたいと思ったことがある、と答えています。
 安定志向といえばそれまでですが、今の新卒の給料では一人暮らしは相当無理があるでしょうね。

 新卒のみなさんには、公務員などお止しなさいと言いたいですねぇ。
 給料は安いしやりがいはないし、大したことない仕事も法律や規則でがんじがらめのためにしんどい仕事になっちゃうし、しかも法律や規則は増える一方で、さらには命じられて新しい規則を自ら立案したり、公務員嫌いの人々から面と向かって罵倒されるし、良いことないですねぇ。

 私も就職した当初は早く転職しようと思っていましたが、ずるずると日々を過ごしているうちに、21年目に突入してしまいました。

 我ながら振り返るだに情けない年月です。

 あぁ、大金を手に入れたいものですねぇ。

 宝くじでもあたれば、直ちに退職して、若隠居を楽しめるものを。

 お金で買えない物もある、とか言いますが、裏を返せばほとんどの物はお金で買うことができ、お金で買えない物は探さないと見つからないということでしょう。

 給与明細を見てはため息をつき、月々引き落とされる住宅ローンの返済が記された預金通帳を見ては涙にくれる日々が、続くのですねぇ。

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野田総理VS小沢元代表

2012年05月30日 | 社会・政治

 今日の午前中、野田総理と小沢元代表が会談をしたそうで、そのことがたいそうなニュースになっていますね。

 同じ党の代表と元代表が会談することがニュースになること自体、民主党という政党のいびつさを表しています。

 自民党の谷垣総裁と福田元総理や森元総理が会談したからと言って、ニュースになることなどあり得ません。

 で、その会談、従来言われていたとおり、野田総理は増税と社会保障改革への理解を求め、小沢元代表はマニフェスト違反だとして拒絶したとか。
 茶番と言おうかなんと言おうか。
 普通偉い人同士が会談するときは、仮想敵国との会談でもないかぎり、事前に周到に根回しして、しゃんしゃんで終わるようにするもの。
 それをまぁ、新聞に書かれてあったとおりの展開では、国民は呆れるほかありません。
 見世物としても面白くありません。

 これで野田総理は小沢一派を無視して増税に突き進み、小沢一派は離党する、というシナリオが始まるんでしょうかねぇ。
 なんだか虚しいですねぇ。

 それにしても政治家というのは因果な商売です。
 選挙のたびに米つきバッタよろしくあっちにもこっちにも頭を下げてまわり、当選して出世しても、やることなすことマスコミから叩かれ、良いことなんてありません。

 今朝、車で出勤する途中、いつも渋滞する交差点で、どこぞの党の候補者が、旗を立てて名前がわかるようにしたうえで、ハチマキ姿でひたすら渋滞でイライラしているドライバーに向かって手を振り、頭を下げていました。

 駅前の街頭演説なら、多少なりともその人の考えを訴えることができましょうけれど、交差点で手をふったって、その人がどういう政策を実施したいのか、さっぱりわかりません。

 選挙活動の一環なんでしょうが、ほとんど滑稽に見えます。
 都内に住んでいた頃にはお目にかかったことがない、奇妙な選挙戦術です。
 衛星都市の郊外は完全な車社会なので、下手に駅前にばかり立っていたら、車通勤族の票を逃すとでも思ったんでしょうか。

 顔と名前を覚えてもらうのが第一だと思ったんでしょうが、話が逆ですね。
 ああいう顔の人がいた、と覚えてもらうより、ああいう政策の候補者がいた、と覚えてもらわなければ、投票行動に直接結びつくはずもありません。

 でもそうでもないらしいんですよねぇ。

 亡くなった私の祖母は、戦後初めて女性に参政権が与えられて以来、必ず投票しているが、顔の良い男の人に投票する、と言っていましたからねぇ。

 芸能人の人気投票みたいなもんですね。

 だからAKB48の総選挙というのは、政治の選挙をパクッたようでいて、じつは高度大衆社会における選挙の本質を突いているのかもしれません。

 畏るべし、秋元康。

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宗教の自殺

2012年05月30日 | 文学

 亡父の蔵書から、エキサイティングな対談集を読みました。
 宗教学者の山折哲雄と哲学者の梅原猛による、日本の宗教をめぐる対談集「宗教の自殺」です。

 ちょうどオウムによる蛮行が世間をにぎわせていた時期に出版されたもので、前半はオウム真理教に対する分析が語られ、後半は仏教や神道、儒教などの宗教について語られています。

 日本人にとっての善悪の問題、倫理観の問題、ニヒリズムの問題などが、広く浅く語られ、専門書のような難しさはなく、広く浅い知的な読み物に仕上がっています。

 その中で、江戸時代までは仏教・神道・儒教などが渾然一体となった日本教とでもいうべき倫理感が日本人の行動を律し、明治以降は天皇を現人神とする国家主義的な考えが日本人の道徳律となり、まがりなりにも欧米におけるキリスト教のような国民全般を律する考えがあったが、戦後はそれらが破壊され、日本人全般を律する一般的な考えがなくなってしまい、欧米におけるようなキリスト教を柱としたうえでの個人主義ではなく、無軌道な個人主義がわが国を覆い、それは今なお続いているということが、危機意識とともに語られます。

 さらには、神道の根本思想である、人間のみならず動物や植物も人間となんら変わらない世界を構成する一部であるという考え、また、日本仏教における山川草木悉皆成仏というような、人間も自然もすべて仏性を有し、仏になれるという考え、つまりは人間中心の宗教から全宇宙をも包含した古いようで新しい宗教の誕生が待たれる、と結論付けています。

 この対談集の話題はあまりに多岐にわたるため、その内容を詳細に紹介することはできませんが、概ね上のようなことが眼目であったかと思います。

 そしてまた、この対談集を通して、私は亡父と対談していました。
 この本が出版された1995年当時、17年前、50代半ばで、宗門の中で出世街道をひた走っていた亡父は、どういう思いでこの対談集に接したたのでしょうね。

 父は日蓮宗の坊主でしたから、私が読み取る以上に深い意味合いをこの本から学びながら、それでいて懐疑的な視点を失っていなかったのではないかと思います。
 私はただエキサイトしながら知的ゲームを楽しむ感覚でしたが、読書している間ずっと、亡父は私のそのような態度をいさめ続けたように感じます。

 学ぶな、批判しろ、というように。

 亡き父との対話を楽しませてくれた、優れた対談集であったように思います。 

宗教の自殺―日本人の新しい信仰を求めて
梅原 猛,山折 哲雄
PHP研究所

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食人魔

2012年05月29日 | 社会・政治

 中国のある村で、56歳の男が11人を殺害した罪で逮捕されました。
 なんでもこの男、食人の風習を持っていたとか。
 自分が食すのみならず、飼い犬の餌にしたり、ダチョウ肉と偽って市場で人肉を販売したりしていたとか。

 怖ろしいですねぇ。

 この男の部屋からは、酒瓶の中で蛇酒のように保存されていた人間の目玉や、天井からつるし干されていた人肉と思われるものが発見されたそうです。

 ホラー映画を地でいくようなこの事件、当然中国でも大きな話題になっています。

 パリ女子大生人肉事件の佐川一政と言い、フィクションですがレクター博士と言い、人肉食に異常な欲望を持つ人が、わずかではありますが、一定程度の割合で必ず存在するようです。
 佐川一政など、事件の手記「霧の中」を書いてかせいだり、大学でカニバリズムについて論じたり、低級な雑誌に裸で登場して人肉に見立てた獣の肉を喰らったり、やりたい放題です。
 あれでは娘を殺され、食われた両親はうかばれないでしょう。

 私は繰り返し、このブログで異常な性欲を持った変態を取り上げてきました。
 食人は、まず殺人があり、しかる後死体の解体があり、ついにはそれを食すという経過から見ても、究極の変態と言うことができるでしょう。

 私は死刑制度には絶対反対の立場ですので、人肉を食うことでしかおのれの愚かな欲求を満たすことができない者がいるのなら、終身刑に処してほしいと思います。

 今、日本には無期懲役はあっても終身刑はありません。


 無期懲役だと早い場合、15年程度で仮出所できるので、死刑との差が多すぎます。


 死刑廃止の前提として、矯正不可能な罪人には、終身刑を科せるよう、刑法を改正したらいかがかと思います。

霧の中
佐川 一政
彩流社

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鼻たれ小僧

2012年05月29日 | 文学

 今朝某新聞で、東京演芸界の大御所、内海桂子師匠のインタヴュー記事を目にしました。
 1922年生まれの90歳。
 関東大震災の前年生まれというから驚きです。

 今なお寄席やテレビで活躍するどころか、ツイッターなども駆使して現代社会を笑い飛ばすその精神の運動が奈辺にあるのか、私には想像もつきません。

 しかしこの人にして、高齢者特有のいやらしい言説が見られ、鼻につきました。
 つまり、60、70鼻たれ小僧、そのくらいの年で老けこむんじゃない、というものです。

 ご当人はたまたま健康に恵まれ、90歳にしてなお元気でいられるからいいものの、定命は天の知るところ、人の知るところではありません。

 多くの人が、60、70を過ぎて元気でいられるわけではありません。
 若くして健康を害し、亡くなる方もあまたおられます。
 自分を基準に他人が老けこむのを責めるのは下品というものです。

 相方の内海好江師匠が61歳で亡くなったことをお忘れですか。

 自分は特別な健康の天才児に生まれたということを自覚して、天に感謝し、他人の老いを叱るような真似はお止しなさい。

 それと、昔は良かった式の言説。
 これはもう永遠の繰り返しで、「徒然草」にも、当時の風俗を批判して、
 何事も、古き世のみぞ慕はしき。今様は、無下にいやしくこそなりゆくめれ。
 と、昔は良かった式の言いようが見られます。

 内海桂子師匠曰く、昔は粋な人が多かった、今の人は顔つきからして卑しい、など。
 しかし今の人は50年もすれば昔の人になり、内海桂子師匠が言う粋な昔の人も、当時の老人からみれば現代風の駄目な人だったに違いありません。
 要するに時間とともに表面が変化しただけのこと。
 
無常こそがこの世の本質と知れば、安易に昔は良かったなどとほざけないはずです。

 人間の本質など、4,000年以上変化などしてはいますまい。


 私はまだ老人と呼べる年になってはいませんが、20年前より明らかに今のほうが暮らしやすくなっていると感じます。
 街はより清潔になり、公共交通機関はますます発達し、公衆トイレ1つとっても、明らかに清潔になっています。

 さらには情報革命が進み、コミュニケーションや情報検索は素早く、簡単にできるようになっています。

 若者の変化が若者の劣化であるはずはなく、もしそうだとすれば、その若者を育てた現在の中高年に責任があると言わざるを得ません。

徒然草 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
角川書店
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高齢者の自殺

2012年05月28日 | 精神障害

 わが国は年間の自殺者数が3万人を超える自殺大国です。
 交通事故での死者数が年間1万5千人前後で推移していることを想えば、その多さがわかろうというものです。
 特に65歳以上の高齢者が自殺者の40%以上を占め、老人には住みにくい国になっているようです。

 私は30歳の時に職場の三つ下の後輩を、37歳の時に精神障害の自助グループの一つ上の先輩を、いずれも自殺で失いました。
 身近な人が自殺で亡くなることほどやりきれないことはありません。

 本来、人が自殺を決意しても、本能は全力でそれを止めようとするはずです。
 私自身、うつがひどい状態だった時には、自殺はいともたやすく魅力的なものに思いましたが、おそらく本能が自殺の実行を思いとどまらせたものと考えています。

 本能を超えるほどの強い自殺への意思というものは、どうして形成されるんでしょうね。

 自殺者の4割を超えるという高齢者、その動機を調査した結果、最も多いのが健康問題、続いて経済的問題、さらに人間関係と続きます。
 また、自殺する高齢者は、1人暮らしや配偶者との二人世帯よりも、子や孫と同居する大家族で暮らす場合が圧倒的に多いということです。

 これはどういうことでしょうね。

 ステレオタイプかもしれませんが、幸せな老後であるはずの子や孫に囲まれたにぎやかな暮らしをおくっているほうが自殺率が高いとは。

 そこでふと、思い出しました。
 15年ほど前に79歳で亡くなった祖母が、晩年、「こんな寂しい老後になるとは思わなかった」と言ってしょっちゅう涙を流していたのです。

 明らかに老人性のうつだったと思います。
 うつ病は別名泣き病とも言いますから。

 その時私はもう家を出ていましたが、実家には祖母から見た長男とその嫁、孫3人が同居し、そのほかに家庭内のことを手伝う家政婦、外の掃除などをするおじさんがいて、来客も多い、たいへんにぎやかな家だったのです。

 群衆の中の孤独、という言い方がありますね。
 考えてみると、これほど怖ろしい孤独はありません。

 家族もなく、友もなく、という孤独は、これから家族を得、友を得て孤独から解放される可能性を秘めています。

 しかし、一応は親しいはずの人々に囲まれてなお孤独であるといことは、現実上の孤独というより観念上の孤独というべきで、観念上の孤独に取りつかれてしまったら、もはや脱出不可能と感じ、深い絶望を覚えるでしょう。

 まして人生の戦いを終え、静かに趣味を楽しんだり世の中を眺めたりできる立場になった後に、観念上の孤独に囚われてしまったなら、おそらく本能が必死で止めても、いともたやすく自殺を遂行してしまうのではないでしょうか。

 おそらくそういう時、精神は病的なうつ状態にあるでしょう。
 しかし、老人というものは精神科や心療内科に通院することを極端に嫌がる人が多いのが実態です。
 自分が病的になりながら、精神障害者を差別しているのでしょうかねぇ。

 ここ10年ばかり、職場ではメンタル・ヘルスの重要性が叫ばれていますが、家庭内での高齢者や主婦のメンタル・ヘルスの重要性をも再認識すべきでしょうねぇ。
 精神障害は特別なものではなく、誰でも罹患する可能性があるのだから、精神に不調を感じたらならば直ちに精神科や心療内科を受診するよう促す必要がありましょう。

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ブラノボ村のおばあちゃん 

2012年05月28日 | その他

 ヨーロッパ最大の音楽の祭典、ユーロ・ヴィジョン2012が昨日行われたそうです。
 テレビやインターネットで2億人が見るというこのお祭り、ほとんどは若いロック歌手などが出演していますが、ロシア代表は、ロシアの片田舎、ブラノボ村に住む70代が中心のおばあちゃんたちです。
 その名もずばり、ブラノボ村のおばあちゃん
 揃いの民族衣装に身を包み、軽快なステップで歌い、踊る姿は圧巻です。

 

 なんとこのおばあちゃん達、この祭典で準優勝に輝きました。
 驚くべき快挙です。
 若い歌手ならこれを機に世界的スターへのし上がろうと野心をむきだしにするところですが、おばあちゃん達はいたって謙虚です。
 曰く「早く帰って農作業や家畜の世話がしたい」、「賞金はソヴィエト時代に破壊された村の教会の再建費用に遣いたい」だそうです。

 わが国にもかつて100歳を超えてテレビなどに登場し、大活躍したきんさん・ぎんさんという姉妹がいましたね。
 
 老いも若きも同じ人間。
 自分が評価されてうれしくないはずがありません。
 老いてなお盛んな老人を、恥ずかしいやつと見なす風潮もありますが、老いてなお元気な老人がいるということは、中年や青少年にとって未来への希望にもつながります。

 がんばってね、ブラノボ村のおばあちゃんたち

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ボストン美術館 日本の至宝特別展

2012年05月27日 | 美術

 今日は上野の東京国立博物館へ出かけました。
 展示は、「ボストン美術館 日本の至宝特別展」です。
 さる筋から招待券をもらったので、行ってきました。

 車を上野警察署前の時間貸し駐車場にとめて、てくてくと歩き出しました。
 都内一、安全な時間貸し駐車場なのではないかと思います。
 目の前が警察署ですからねぇ。

 東京国立博物館に着くと、入場者多数につき、入場制限を行っているとのことで、30分待ちと言う案内。
 げんなりしましたが、ここまで来て観ずに帰るわけにもいきません。長蛇の列に並びました。
 やっと入ってはみたものの、混んでましたねぇ。
 東京国立近代美術館に「上村松園展」を観に行った時以来の混雑ぶりです。

 私が嫌いなものは、上り坂と、待つことと、人混み

 上り坂以外は揃っているではありませんか。

 美術鑑賞というよりは、人の頭の多様さを観に行ったようなもの。
 はげあり、バーコードあり、茶髪あり、帽子あり、不本意ながらあらぬ物を観察してしまいました。

 展覧会は、絵巻、襖絵、小袖、刀剣、仏像仏画などがバランスよく揃っており、お隣、本館のミニチュア版が平成館に出現したかのごとくでした。



 これらわが国古来の美術品が、ボストン美術館に収められ、日々研究されているとは、不思議な感じがします。

 幕末から明治の混乱期に、あるいは売られ、あるいは騙し取られて海を渡ったのですねぇ。

 彼ら好事家は、わけても日本の刀剣に心惹かれたようです。
 命のやりとりをするための道具でしかない刀剣に、日本人は精神性を注入し、それは外つ国々の人々を魅了したのですねぇ。
 命を奪うことにかけては抜群の能力を有する日本刀が、同時に極めて高い精神性を象徴していたとは、まったく驚きです。

 混雑する会場のなかで、私は刀剣の前でだけは、立ち止まって、うっとりとこれを眺めたのです。

 展覧会を後にすると、不忍池やアメ横を冷やかして帰りました。
 けっこう暑かったですねぇ。
 少し日焼けしたような気がします。
 歩数は意外に伸びて、12,042歩。
 良い運動になりました。

名品流転―ボストン美術館の「日本」
堀田 謹吾
日本放送出版協会

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病院通い

2012年05月26日 | 精神障害

 昨日、今日と病院通いでした。
 昨夜は歯医者。
 私は半年に一度、歯石をとりに歯医者に通っています。
 毎日のブラッシングがよくできていると褒められつつ、15分程度の歯石とり。
 歯のクリーニングを行いました。

 今朝は朝一番で血液検査。
 もう十年も前から、高脂血症(コレステロールが高い)で服薬治療を受けています。
 高コレステロールは遺伝性で、片親だけが高コレステロールだから良かったものの、両親ともだったら、20歳前に死んでるよと言われたときは衝撃でした。

 三ヶ月に一度、コレステロール他の値を見る為に血液検査を受けています。
 血液検査の朝は朝飯抜きなので、ひどく情けない気持ちになります。
 でもこのところ、コレステロールも中性脂肪も基準値におさまっており、私は心配していません。

 今日の夕方は二週間に一度の精神科の診察です。
 もう精神症状がおさまって二年以上たつので、ほんの世間話程度ですが、しっかり15分、時間を割いてくれます。
 3分診療が多い精神科にあって、良心的な医者だと思います。
 今日もちょっとした職場の愚痴をこぼしつつ、順調に出勤できていることを褒められました。
 薬は変わらずです。
 精神病薬の減薬はきわめて慎重に行われるのが常なので、私としても望むところです。

 こんな風に健康に気を使って生きていると、もしかして100歳まで生きてしまうかもしれませんね。
 それなら私は意地悪で困った老人になって、いよいよという時には最後っ屁をかまして死にたいものです。  

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忽然とわれ星となる

2012年05月26日 | 文学

 初夏の一日、頂戴した亡父の蔵書の中から、「日本の詩歌」全30巻など紐解いています。
 先人の多くの詩歌に触れ、亡き人を友とするのは、じつに楽しいひと時です。

 その中で、吉井勇の短歌に心奪われました。

 吉井勇は伯爵家に生まれたわりには、いや、生まれたからこそ、どこか耽美的でいて、厭世的な歌を多く残しています。 

 寂しさの 極まるところ しら玉の 女身のほかに 欲(ほ)るものもなき

 ずいぶんストレートに女性を求める歌のようですが、女性を求めるのが肉欲なのか、あらいは寂しさのゆえなのか、意味深長な作りこみになっています。

 忽然と われ星となる不思議など あれかしこの夜 あまり寂しき

 ずいぶん寂しがりだったのですねぇ。
 でも星になっちゃうかも、なんて詠まずにいられない気持ち、なんとなくわかりますねぇ。

 ひとり生き ひとり往かむと思ふかな さばかり猛き われならなくに

 気弱な歌ですねぇ。
 でも誰だって、お釈迦様が説くように、犀の角のようにただ1人歩め、と言われたら、戸惑っちゃうと思いますよ。

 思ふこと すべて違いぬ志 やや大にして せんすべもなし

 これはすべての凡人の魂の叫びでしょうねぇ。
 だいたい夢や野心、志が叶う人なんてごくひと握りですからねぇ。

 しかし吉井勇先生は戦前は伯爵であられて、戦後は宮中歌会始の選者となるなど、和歌の世界で大成したではないですか。

 他にも秀歌が数多くありましたが、今日はこの辺で。
 「日本の詩歌」全30巻をはじめ、一部を戴いた亡父の蔵書で、相当長く楽しめそうです。

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ウィッカーマン

2012年05月26日 | 文学

 1973年製作のカルト・ホラー「ウィッカーマン」を鑑賞しました。
 2006年にはニコラス・ケイジ主演でハリウッド・リメイク版が作られているそうですが、そちらは観ていません。

 スコットランドから寂れた離島に行方不明の少女の捜索にやってきた警部。
 島の人々は英国国民でありながら、キリスト教を信仰せず、太陽神や他の神々を信仰する古い宗教を大切に守ってきました。
 捜索を続けるうち、警部は島民が何かを隠していると感じるようになります。
 やがて行方不明の少女は、次のメイ・デー祭りに生贄として捧げられるため、どこかに監禁されていると確信するようになります。

 そして、衝撃のラスト。
 欲深い神々に捧げられるのは誰か。

 祭りでの島民の喜悦の表情が不気味です。

 わが国の古い映画「神々の深き欲望」を彷彿とさせるような、どこか黙示的な映画でした。
 お勧めです。

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悪そうな男

2012年05月25日 | 文学

 女性心理の謎の一つに、誠実で良い人そうな男より、悪そうな男に魅力を感じる、ということがあります。
 悪そうということは、本当に悪い男である可能性が高く、そんなものとくっついても苦労するのは目に見えているようなもの。
 
 で、テキサスの大学が、興味深い実験を行ったそうです。
 排卵時期には、女性はホルモンの影響で悪そうな男を魅力的だと感じてしまうんだそうです。
 ただ、なぜそうなのかは、まだ解明されていないとか。

 で、結論。
 良い人そうに見える男は排卵時期を避けてアプローチし、悪そうに見える男は排卵時期にアプローチすればよいということになります。

 でもどうやって愛しいあの子の排卵時期を知れば良いんでしょうね。
 さりげなくそういう情報を手に入れちゃうあたりが、悪い男の面目躍如なんでしょうか。

 私は当然良い人然としていますから、排卵時期を避けなければなりませんね。
 そうだったのですね。
 私が女性にもてないのは、良い人然とした見た目のせいだったのですね。
 あぁ、もう少し悪そうに生まれたかった。

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妖怪怪異

2012年05月25日 | 文学

 今日は昨日に比べて蒸し暑いですね。
 暑くなると見聞したくなるのが、怪談話。
 昔の日本人は、怪談を聞いて冷やっとして涼を取ったというから優雅なものです。
 むしろ脂汗のようないやな汗をかくんじゃないかと思いますが。

 現代ではエアコンが普及し、簡単に涼しい空気を味わうことができます。
 現代に生まれて良かった。

 わが国の怪談の世界で活躍するのは、圧倒的に若い女性が多いですね。
 お岩さんだったり、お菊さんだったり。
 どうも若い女というのは、どこか神秘的で怖ろしいもののようです。

          
     こんなの出てきたらちびっちゃいますね。

          
        こちらはいかにも儚げです。

  
   井戸の前に立っている所を見ると、井戸になげこまれたんでしょうか。貞子みたいですね。

 平安時代には鬼や妖怪が跳梁跋扈していたんだとか。

 現代ではトイレの花子さんのような学校に出没する妖怪怪異や、インターネット空間や携帯を媒介する幽霊などが、「携帯彼氏」「携帯彼女」に生き生きと描かれています。

 怪談も時代に合わせて進化するのですねぇ。

 精神障害発症後、時折、この世のものではない人物に遭遇するようになりました。
 しかし彼らは、私に害意は持っていなかったようです。
 地べたに石ころが転がっているように、何の意思も感じさせないまま、ただ、見えていました。
 私が気合を入れて、「失せろ」と言えばたちどころに消えてしまいました。

 だからおそらく、幽霊というものの圧倒的多数は善というか人畜無害な存在で、悪霊とかいうものはごくわずかなんだろうと思います。
 死人より生きている者のほうが強いのは当然ですから。

 困っちゃうのは生き霊です。
 六条御息所の例を挙げるまでもなく、生きたまま人を呪えば、それは最強の力を発揮するでしょう。 

 古来わが国で行われてきた慰霊の儀式、法要などは、悪霊を鎮めるというよりも、これら無気力にも見える大人しい御魂を鎮めるためのものであったのではないかと思います。
 悪霊はとりあえず祓うだけ。
 祓ってもいずれ場所を変えて悪事を働くでしょう。

 そういう意味では、私たち現代人もまた、暗黒時代と同じように、妖怪怪異と同居しています。
 大きな事故や自然災害があれば犠牲者の魂を鎮めるための儀式を行い、身近な例では亡くなった家族の魂鎮めのために定期的に法要を行い、功徳を積もうとするのです。  

 それなら私は、私の前に現れた無害な幽霊を、失せろと追い払うのではなく、手を合わせて頭をたれ、魂鎮めに励むべきなのかもしれません。

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飲酒事故

2012年05月25日 | 社会・政治

 小樽商科大学の19歳の1年生が、酒の飲み過ぎで亡くなったそうですね。
 アメリカン・フットボール部のバーベキュー大会でのことだとか。

 先輩による酒の強要があったのか、あるいは調子を出して1人勝手に飲んでしまったのか不明ですが、一昔前は毎年新入生が何人も酒の飲み過ぎで亡くなっていました。
 一気飲みとかいう野蛮な風習が流行り、貴重な酒を無駄に蕩尽し、命まで失うという愚かな行為です。

 大体他人に酒を飲ませて何が楽しいんでしょうか。
 自分が飲むのは楽しいですが。

 私はブログのタイトルにしているくらい酒を好みますが、もう二日酔いになるほど飲むことはありません。
 というより入りません。
 だからこそ、酒を好むのでしょう。

 最後に二日酔いになったのはもう何年も前のこと。

 でも学生時代はしょっちゅう二日酔いを経験しました。
 その経験ゆえ、社会人になってからは酒量を抑えるようになったんでしょうね。

 酒は1人か、あるいはよほど気の合う友人や家族などの少人数で、静かに飲むのがよろしいですねぇ。
 大勢で酒を喰らって馬鹿騒ぎするなんて、面倒くさくて仕方ありません。
 旨い酒をわざわざ不味くして飲むようなものです。

 それにしても健康であったろう19歳の少年が酒の飲み過ぎで急死するなんてやれませんねぇ。
 親も友人も大学関係者も大変な衝撃でしょう。
 若者の蛮行では済まされない、重大事です。

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