ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

軽装

2014年07月31日 | 仕事

 今日で7月も終り。

 今まで冷房対策で長袖で出勤していましたが、今日から半袖です。
 念のため、夏物の薄いジャケットをロッカーに入れていますので、寒かったらそれを着れば良かろうと思っています。

 私の職場は交通の便が悪いため、半数くらいは車通勤です。
 最寄駅からは、徒歩15分くらいでしょうか。

 車通勤組と、電車通勤組では、朝、職場に着いた時の風体がまるで異なっています。
 車組は涼しい顔ですが、電車組は汗だくで現れます。

 車通勤で本当に良かったと思います。

 夏はしんどいようで、意外に呆気なく終わってしまう儚いものです。

 夏には夏の楽しみを味わいたいものです。

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プレゼン

2014年07月30日 | 仕事

  今日は海浜幕張の某会場で研修でした。
 題して、「市民社会と行政」。

 ずいぶん大上段に振りかぶったタイトルですねぇ。

 午前中、講義を聞いて、午後はグループ・セッション。
 そしてグループごとにプレゼンテーション。
 私はプレゼンになると笑いを取る天才的な能力を発揮するので、プレゼンを担当しました。

 講師の評は、「聞かせる能力は素晴らしいが、内容が平凡」、というもの。
 逆のほうが良いんでしょうねぇ。

 いくらはったりをかましたところで、内容が伴わなければ仕方ありませんからねぇ。

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鬼女とサイコパス

2014年07月29日 | 文学

 白無垢の花嫁が頭に載せる装束を、俗に角隠しと言いますね。
 江戸時代の川柳に、

 ありがたい 出る角かくし 眉かくし

 というのがあります。

 花嫁というもの、さらには女人というものは、嫉妬や慾や恨みつらみの感情を隠し持っているという意味で、大乗仏教が生まれるまで、女人は成仏できないとされていました。

 法華経で女人成仏が説かれ、浄土教でも同様の教えが始まり、かくて鬼たる女人も成仏できるというありがたい時代が到来したのです。

 女が鬼となる物語といえば、安珍清姫伝説を嚆矢としますが、江戸時代、両国の回向院で、清姫が蛇に変化した際に生えた角が展示され、たいそう話題になったそうです。

 これは能の「道成寺」、歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」にまで昇華することになります。

能 道成寺 [DVD]
能・狂言
紀伊國屋書店

 

坂東玉三郎舞踊集1 京鹿子娘道成寺 [DVD]
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松竹ホームビデオ

 

安珍と清姫の物語 道成寺 (日本の物語絵本)
司 修
ポプラ社

 男への嫉妬心などから鬼となった女に、高僧が読経して心を鎮めさせ給い、かくして鬼の角がぽろっと取れて女は鬼から人に戻り、男と仲睦まじく暮らす、というのが近世の鬼女を題材にした仏教説話の典型と言えましょう。

 一般に中世の仏教説話より平易で面白おかしく描かれているのは、近世に至って文字を読める庶民が増え、彼らを教化するためにより平易になったものと推測します。

 私と親しい女性の友人たちや、同居人を見まわして、鬼女と呼べるほどの強い情念を感じたことはありません。

 ただ、ふとした瞬間に、あまりにも邪悪な言葉をぽろっとこぼしたりするのを時折聞くことがありました。

 そんな発言は聞き流していますが、昔の人は、ことさらにそれらの発言や行動を怖れたのでしょうねぇ。

 かの「源氏物語」でも、六条御息所は生霊となって恋敵を取り殺すなどの怖ろしい所業に出ています。
 女性が作者のこの物語でも、女性の悋気の怖ろしさが強調されているのは興味深いところです。

 しかし、男の嫉妬はもっと怖ろしいと言いますね。
 とくに権力闘争などの際には、いともたやすく敵方の一族郎党を殺害したりします。

 おそらくそれらあまりに暴力的な男の嫉妬を描くよりも、どこか可愛げのある、情念に燃える鬼女を描くほうが、物語として面白いうえ、女人成仏という教えを広めるのに役立つと考えたものと思われます。

 そうであるなら、私たちはもっと気楽に、鬼女に感情移入しながら、それら説話を楽しめばよろしいでしょう。

 一方、先般、佐世保で同級生を殺害に及んだ女子高生は、恨みもつらみも金銭欲も関係なく、純粋に殺人を楽しむ、怖ろしいサイコパスでしょうねぇ。

 小学生の時にも、三度も給食に毒物を混入させ、殺人未遂事件を引き起こしていると聞き及びます。

 そのたびに、弁護士である父親がもみ消したとか。

 お母様が亡くなられているのも、なんだか怪しい気がします。

サイコパスという名の怖い人々―あなたの隣りにもいる仮面をかぶった異常人格者の素顔とは (KAWADE夢新書)
高橋 紳吾
河出書房新社

 

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少女による快楽殺人

2014年07月29日 | 社会・政治

 高校1年生の少女が、同級生の少女を殺害のうえ、首と手首を切断するという凄惨な事件が発生してしまいました。

 犯人は「人を殺してみたかった」と供述し、過去、あまたの小動物を殺害、解剖してきたそうです。

 これは明らかに快楽殺人ですねぇ。

 一般に快楽殺人というと、男が行うものというイメージが強いですが、今回は少女。

 ハンティングが趣味の美少女が快楽殺人に目覚めるまでを描いた妖しいまでに美的な映画、「イノセント・ガーデン」を思い出します。



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 女性にも、快楽殺人者が存在するのだということをあらためて思い知らされました。

 快楽殺人に限らず、性犯罪というのは、繰り返す傾向にあります。

 それは考えてみれば当たり前で、ノーマルな性欲を持った男が、1回性交したからといって満足するはずもなく、何回も性交しよう、それもできれば多くの女性と性交したい、と願うでしょう。

 そういう意味では、犯罪行為を犯さなければおのれの欲望を満たすことが出来ないというのはお気の毒ともいえます。

 精神の内奥から湧き出る性欲が、どういう嗜好性を持つかなんて、誰にも分からないし、コントロールすることも出来るはずがありません。

 映画なら美的と評することも出来ますが、現実にこのような事件が起きれば、被害者は若い命を散らし、遺族は悲嘆にくれ、世論は怒り、誠にやりきれない気分にさせられます。

 しかも犯人は少年法に守られ、大した罪に問えないでしょう。

 圧倒的多数の人々は善良であると思いますが、ごくわずか、どうしようもない犯罪志向を持った人がいて、これは人間社会のバグのようなものなのだろうと思います。

 そうであっても人間である以上、基本的人権は尊重されなければなりませんが、同時にこのような人々から社会を守る方策、それも少々荒っぽい方策が求められます。

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コスプレ

2014年07月28日 | お笑い

 なんだか暑くてだるいし、朝起き上がるのが困難だったため、今日は休暇を取りました。
 突然の休暇、職場に電話するのはなんとなく厭なものです。

 午前中は珈琲豆専門店に行き、エメラルド・マウンテンのハイ・ローストを500グラム購入しました。
 このところ和装で過ごしているため、そのお店では着物にパナマ帽で現われる変な親父で、しかもいつも同じ豆を買うということで、すっかり覚えられてしまい、「今日は浴衣ですか」とか、「今日は涼しげですね、麻ですか」などと話しかけられるようになってしまいました。

 魚屋でも八百屋でもスーパーでもコンビニでも、ことごとく和装で出かけるため、近所ではどこの旦那かと思われていることでしょう。

 まぁ、一種のコスプレですね。

 先般は、新品だと50万円するという中古の正絹の着物、まぁまぁ状態が良かったのと、サイズがぴったりだったので、3万7千円で購入しました。

 病膏肓の口でしょうか。

 ただし、行き着けの内科と精神科は洋服で行きます。

 内科は脈を図ったり胸に聴診器をあてたりするので、着物では不便です。

 精神科では躁転を疑われる可能性なしとしませんから。

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劇場版 ATARU

2014年07月27日 | ホラー・サスペンス・SF等の映画

 あんまり暑いので冷房の効いたリビングにこもり、DVDを鑑賞しました。

 「劇場版 ATARU THE FIRST LOVE」です。



 知的障害がありながら、天才的な能力を持つサヴァン症候群。

 アタルは驚異的な記憶力を持つサヴァン症候群患者ですが、その記憶力のため、FBIにスカウトされ、捜査官となります。
 一度みただけで、複雑なコンピュータのプログラムを記憶し、しかも再現できるという能力は、FBIで多いに役立ちます。

 FBIの訓練所で一緒だった、同様の能力を持つ美少女、マドカ。
 ただし、マドカには知的障害はありません。
 マドカとアタルは深い絆で結ばれています。

 しかし、少女のうちから怖ろしい犯罪の情報をインプットし続けたマドカは、法による裁きでは手ぬるいと考えるようになります。

 そのため、FBIはマドカを不適格として追放。

 マドカはただちに満期出所した犯罪者を、主にハッキングによって送電線に不具合を起こし、爆発事件や火災などで次々に血祭りに挙げていきます。

 マドカは逮捕されますが、凶悪犯罪者ばかりを狙った犯罪ということで世論はマドカを支持。
 わずか5年で釈放されます。

 そしてマドカは日本にやってきて、また同じような犯罪を繰り返します。
 アタルはFBIの一員として来日。
 マドカとの友情の板挟みになりながらも、マドカを救おうと、彼女とサイバー空間で戦いを繰り広げます。

 親に捨てられ、孤児院からFBIの訓練所に連れてこられた天涯孤独の美少女、マドカ。
 彼女にとって、アタルだけが信頼に足る人物だったのです。

 ラスト、マドカは自分を罰するため、アタルと無理心中を図ります。
 しかし、マドカはアタルに渡した銃には弾を込めず、自分一人、ピストル自殺を遂げるのです。
 自らも引き金を引いたアタルですが、当然生き残ります。

 マドカの血で染まったルート66に、数えきれないほどの百合の花を飾るアタルの姿には、心打たれました。

 単なるエンターテイメントにとどまらず、心ならずも犯罪者となってしまった美女と、知的障害者のアタルとの精神の内奥での交流が描かれた、切なくも美しい映画に仕上がっています。

劇場版 ATARU THE FIRST LOVE & THE LAST KILL DVD スタンダード・エディション
中居正広,北村一輝,栗山千明,玉森裕太,島崎遥香
ポニーキャニオン

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迷路

2014年07月26日 | 社会・政治

 テレビのドキュメンタリー番組で、夫と2人老後の生活を送る奥様が、「出世とか、お金とかじゃなく、愛する家族と他愛も無い話をしながらご飯を食べられるのが幸せだ」と言っていました。

 おっしゃるとおりだと思います。

 ただし、この老夫婦、住まいやお召し物から察するに、相当裕福であるとお見受けしました。

 社会学の考え方に、幸福のパラドックスというのがあるそうですね。

 貧しい社会では、可処分所得が増えると幸福感が右肩上がりに上がっていくの対し、豊かな社会では、可処分所得の上昇が幸福感に結びつきにくい、ということのようです。

 貧しい社会は豊かな社会を夢見て努力し、その間の幸福感は高いけれど、豊かな社会を達成してしまうと幸福感の上昇がみられなくなるとは、なんとも皮肉な現象です。

 食えないほど貧しくては幸福感を感じられるはずもありませんが、食えれば、幸福感というのが主観的なものである以上、さほど裕福でなくても幸せということでしょうか。

 あるいは、頑張ればもっと裕福になれる、という発展途上の段階のほうが、やる気が涌いて、そのやる気が幸福感につながるのかもしれませんね。

 そうだとすると、明日を夢見ている間が一番幸福だということになり、明日は永遠に明日のままのほうが良いということになるのでしょうか。

 私はそうは思いません。
 今が幸せでなければ。
 幸福であろう永遠の明日なんていりません。

 わが国はお金持ちクラブの一員で、総じて豊かな生活を送っています。
 しかし、国民の幸福感はさほど高くありません。

 まさしく、幸福のパラドックスという迷路に、国民の多くが迷い込んでしまったようです。

 所得が増えると家族の人数が減るという現象も広くみられ、これも幸福のパラドックスの一つと考えられているようです。

 わが国の最大の問題が少子高齢化であることを考えれば、幸福のパラドックスという考えは、怖ろしいほど当たっています

 で、この考えの怖ろしいことは、現時点ではそれに対する対処法が無いことです。
 現代の先進諸国は過去、人類が経験したことのない物質的豊かさのなかに生きており、その中で生まれたのが幸福のパラドックスですから、ことは現在進行形の問題で、誰も解決策を見出せないでいるのです。

 そしておそらく、世界最悪の少子高齢化を迎えているわが国が、否が応でも解決策を考えなければならないのでしょう。

 それは自己実現を目指せみたいな精神論ではなく、もっと即物的な方策でなければ、意味は無いものと考えます。

 もちろん、私もどうしてよいやらさっぱり分かりません。

 まさしく複雑な迷路に入り込んだとしか言い様がありません。

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盛夏

2014年07月25日 | その他

 なんだか盛夏という感じの一日でした。

 もっとも、車通勤で職場も冷房が効いているので、窓から見える陽射しが強いな、くらいで、私に実害はありません。

 子供の頃はエアコンの無い部屋で寝ていたので、本当に暑かったですねぇ。

 熱中症という言葉も存在せず、日射病と呼んでいました。
 したがって、太陽の下でしか発症しないイメージで、今のように在宅時に発症することもあるという常識もありませんでした。

 そのうえ、運動部などでは、練習中、水分を取ってはいけないとされ、今とは間逆ですね。

 変われば変わるものです。

 そう思うと、今、当たり前とされている常識も、遠からず、大嘘ということになるのかもしれません。

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新しい言葉

2014年07月24日 | 文学

 生きざまなる珍妙な言葉が多用されるようになったのはいつごろからでしょうか。

 少なくとも私が小学生の頃には無かったように思います。

 死にざまは昔からありましたが。

 遠藤周作は「生きざまなんていう日本語は存在しない」と言い放ち、ある国語学者は、「新しくて、嫌な、じつに嫌な言葉です」と述べています。

 私自身はこの言葉を使うことはありません。
 それは使い慣れていないから、どういう場面で使うべきか分からないからで、嫌悪感を持っているからではありません。

 言葉なんて、生まれたり無くなったりするものです。

 ただ、小説家や国語学者などが、なぜこれほど生きざまを毛嫌いするのかについては興味があります。

 元を正せば死にざまに対する言葉として生まれたのでしょうから、そこには必ず、死の匂いが漂うはずです。
 それゆえ、生きざまという言葉には、生き方などに比べ、暗い影が差すのでしょう。

 死にざまは、死あるいは死にゆくさまということで、人の人生の集大成が凝縮された、ある意味怖ろしい言葉です。

 私はできれば、豆腐の角に頭をぶつけて死にたいと思っていますが、それは落とし噺の世界だけのこと。

 実際にそんな死に方をする人はおりますまい。

 であるならば、静かに、凍てつく大地で、生きたまま凍ってしまいたいと思っています。
 できることならこの世のものではないくらい美しい雪女に息を吹きかけられて。

 そんな風に死にざまを想像することはできますが、生きざまというのは私の想像の外にあるようで、だいたい毎日飯食って糞して寝れば、後は飯のタネを得るための仕事に励む他無いわけで、わざわざ生きざまだの生き方だのを考える暇とてありません。

 私はただ、美しい死にざまに思いをはせるばかりで、現世をどう生きるかなんていう生きざまに、興味はありませんねぇ。

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へとへと

2014年07月24日 | 仕事

 昨日はひどく忙しかったですねぇ。

 昨日の朝、先般提出した調書への確認事項69項目が文部科学省からメールにて送付され、その日のうちに回答しろという無茶ぶり。

 私は関係各部署を走り回って資料を集め、急ぎ原案を作成し、上司に突っ込まれては修正し、関係部署に原案を確認依頼をしては突っ込まれて修正し、ということを繰り返し、メールで回答を送信したのは深夜に及んでいました。

 こっちもしんどいですが、多くの機関に同じような確認事項を送っている文部科学省も大変ですねぇ。

 こんなどうでも良いような調書が、めぐりめぐって予算の多寡につながってくるということで、上層部も神経質になっており、こちらも精神的に追い詰められたような気分になります。

 おかげで昨夜は晩飯抜き。
 帰るなり、倒れるように眠ってしまいました。

 今朝も胃の調子が悪く、野菜ジュースを多めに飲んだだけです。

 これではますます痩せちゃうじゃないですか。

 仕事で命を削るのは本当に嫌ですねぇ。

 でも今のところ、朝、出勤前は憂鬱で毎日休みたいと思いながら、出勤を続けています。

 よく無理するな、と言いますが、そもそも仕事というのは面倒で憂鬱なことをすることで、いわば無理をすることこそ仕事だと言えます。

 だからこそ、給料がもらえるというわけで、お金を稼ぐのに楽な方法は無いものでしょうか? 

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無い

2014年07月22日 | 思想・学問

 三連休あけの出勤、だるいですねぇ。
 三度の飯を食うためとはいえ、つまらぬことに時間を費やしているものです。

 そう思うと、私は大乗仏教の唯識論を思います。

阿頼耶識の発見―よくわかる唯識入門 (幻冬舎新書)
横山 紘一
幻冬舎

 

 大乗仏教では、この世に実態のある物は存在せず、ただ様々な関係性を心が認識しているだけだと説きます。
 そういう意味では、西洋の唯心論と似ています。

唯心論と唯物論 (岩波文庫)
船山 信一
岩波書店

 しかし唯心論と決定的に異なる点があります。

 唯心論では、少なくとも心の存在だけは確かだと認識しますが、唯識では、心もまた幻のような存在であり、最終的には心の存在すら実態の無いものとして否定されるからです。

 するとこの世に実態のある物は何一つ存在せず、ただ関係性によって成り立つ縁起とその結果が幻のように漂っているのが、私たちが認識している世界だということになります。

 このことを深く理解し、体得するならば、その人は何も存在しない無の一つとなり、アラヤ識と呼ばれる生命の奥底を激流のように流れる意識が変化を起こし、ついには悟りを開く、というわけです。

 唯識論は極めて難解かつ長大で、私が書いたことはごく表面的な理解に過ぎず、また独学ゆえの誤解もありましょう。
 しかしその核となる部分は概ねこんな感じじゃないかと思います。

 論理の遊びのような気もしますが、私は唯識論に惹かれ、そうであればこそ、飯を食うための仕事もまた幻であると感じ、身が入らないという悪循環に陥ることになります。

 その点、江戸時代に流行った心学は、正直であることを説き、勤勉に与えられた役割を果たすべしという易しい教えで、こっちのほうが現実で幸福になれるでしょうねぇ。

石門心学と近代―思想史学からの近接―
森田 健司
八千代出版

 浄土門が説く他力本願も、難しいことは言わずひたすら阿弥陀仏にすがれというのですから、話は簡単です。

他力本願のすすめ (朝日新書)
水月昭道
朝日新聞出版

 まぁ、難しい宗教の論理は話半分に聞いて、目の前の仕事に精を出すしか、凡夫に出来ることはないんでしょうねぇ。

 有るのか無いのか知りませんが、浮世を憂き世と歎じた先人の心は、たしかに有るような気がします。

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ダラダラ星人

2014年07月21日 | お笑い

 3連休最後の日、何をするでもなく、どこへ行くでもなく、冷房の効いた部屋でだらだらしています。

 野生動物などを見ると、食う以外は大体だらだらして過ごしていますね。
 勤勉を美徳とするわが国ですが、本当のところ、怠けていたいのが大方の人の正直な気持ちだと思います。

 そんなわけで、今日はダラダラ星人と成り果てました。

 しかしそうは言っても、テレビくらいはつけるので、偶然、BSで「モスラ対ゴジラ」なんて放送していて、観るとも無く観てしまいました。

モスラ対ゴジラ【60周年記念版】 [Blu-ray]
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モスラ対ゴジラ 【60周年記念版】 [DVD]
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 言うまでも無く、ゴジラはわが国が生んだ悲劇の、そして破壊のダーク・ヒーロー。
 世界中から愛されていますね。

 原水爆実験によって生まれた点、人々から怖れられ、嫌われ、重火器で攻撃されてしまう点など、単なる子ども向けとは言い切れない、モンスターの哀しみみたいなものが底流に流れていて、いつの間にかゴジラに感情移入してしまうから不思議です。

 西洋ではフランケンシュタインなんかがそうですね。

 子どもの頃絵本で「泣いた赤鬼」を見て、青鬼の赤鬼に対する凄烈な友情を読み取って、それこそ滂沱の涙を流しました。

ないた あかおに (絵本・日本むかし話)
池田 龍雄
偕成社

 モンスターの悲哀に触れた最初の作品だったように思います。

 ダラダラ星人に変身した私も一種の怪物で、モンスターの悲哀に思いを馳せつつ、ひたすらダラダラ過ごしています。

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和装散歩

2014年07月20日 | 散歩・旅行

 今日は父の形見の浴衣にパナマ帽といういでたちで、千葉市中心部を散歩しました。

 途中、千葉三越の呉服売り場を冷やかしたら、たいそう着慣れていらっしゃる、と店員から褒められました。

 ずいぶん練習しましたからねぇ。

 正絹の反物などをいくつか広げてみました。
 もちろん買う気などありませんが、私の衣装から考えて、店員は売る気満々だったようです。
 反物だけで、安いものでも20万円くらいしました。
 これに仕立て代が加わるのですから、怖ろしいものです。

 ポリエステルだと、仕立て代込みで2万円以下ですから、いかに正絹が高いかが分かります。

 秋冬の物は母からプレゼントされたものがありますし、どうせ平日は着られませんから、怪しい和装の金持ちを気取って呉服屋を冷やかしてまわろうかと思っています。

 千葉駅周辺だけでも、4軒呉服屋を知っていますし、三越とそごうもありますから。

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墓参

2014年07月20日 | その他

 今年のお盆は休みが取れない見込みであるため、昨日、時季はずれながら実家の寺に墓参りに行ってきました。

 父が石の下に入ってもう3度目のお盆が近づいているのですねぇ。

 私はどこの石の下に入るんでしょうね。

 明日死んだ場合は実家の墓に入れてもらえるかもしれませんが、90だの100だのまで生きてしまったら、そういうわけにもいかないでしょう。

 まぁ、死んだ後のことをとやこう言っても仕方ありません。
 生きている者がうまくやるでしょう。

 あるいは同居人に先立たれて孤独死して白骨化なんてこともあるかもしれませんが、それも時代と境遇の要請によってはやむを得ません。

 実家へは性懲りも無く浴衣で出かけました。

 そうしたら、父が着用していた浴衣と麻の着物を母がプレゼントしてくれました。
 さすがに父が着ていた物は全然違います。
 着心地も良いし、見た目も渋いし、気に入りました。

 ありがたいことです。

 ただ、浴衣のほうは体型の違いを着るテクニックで誤魔化せる程度のサイズですが、麻の着物は大幅に直さなければ着られません。

 父は私よりも身長で10センチ高く、体重はおそらく20キロくらい重かったんじゃないかと思います。
 肉体もまた、精神と同様、大きな人でした。

 で、近所の呉服屋に持っていったら、一端バラバラにして洗い張りをするほか無いということで、3万円ほどの出費と相成りました。

 もっとも、3万円で買えるような代物ではないので、それは良しといたしましょう。
 
 べつに博打をやるわけでも金がかかる趣味があるわけでもありませんから。

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マレーシア航空機、撃墜!

2014年07月18日 | 社会・政治

 ウクライナ東部でマレーシア航空の旅客機が撃墜された、とのニュースが飛び込んできました。

 テロリストの仕業かと思いましたが、高度1万メートルで飛ぶ旅客機を撃ち落とすほどの能力をテロリストが持っているとは考えられません。

 ウクライナ軍だかロシア軍だか知りませんが、正規の軍隊もしくは正規の軍隊から支援を受ける勢力が撃墜したと考えるのが自然でしょう。

 しかし、何のために?
 領空侵犯だと言うなら、堂々とウクライナ政府が声明を発表するでしょう。

 かつてソビエトが大韓航空機を撃墜した時のように。

 乗客乗員295名は全員死亡の模様です。

 以前行方不明になったマレーシア航空機、未だに発見されません。
 あんな巨体が無くなっちゃうなんてこと、あるんでしょうかねぇ。

 長く語り伝えられる怪事件となるでしょうねぇ。

 このたびの撃墜事件、対空ミサイルで行われたと聞きましたが、そのような重火器で、丸腰の旅客機を狙うとはあんまりではないですか。

 295通りの喜びや悲しみに満ちた人生が強制終了となったことは、憤激に耐えません。

 亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、事の真相を究明してほしいと切に願います。

 もうこんなことは願い下げですから。

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