ブログ うつと酒と小説な日々 その上しょっちゅうホラー映画  

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさん(とびお)の日記

激動の時代の芸術

2018年10月14日 | 美術

 今日は千葉市美術館に出かけました。
 ある方から招待券を頂いたので、たいして興味のない展覧会でしたが、もったいないので。


 
 1968年激動の時代の芸術、というのを観てきました。

 千葉市美術館は、市立にしては予算があるのか、鏑木清方展など、洒落た展示をやるので、好事家の間では有名ですが、今回のはいただけません。

 美術というより、特殊な時代を懐かしむだけの展示でした。

 がっかり。

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浮遊する(密やかな楽しみ)

2018年08月17日 | 美術

 私は美術館に行った折、気に入った絵があると絵葉書を購入します。
 展示図録などは重いし高いし、何より好きになれない絵も多数掲載されているからです。

 最近、溜め込んでいた絵葉書を、自室の壁や書棚の壁面に貼りつけ、それを眺めながらお香をたいて独り、悦に入ることが多くなりました。

 それらお気に入りは、大体幻想的なものか抽象的なものです。


 



 私が幻想的な絵画や文学、映画を好むところ、人後に落ちるものではありません。

 同居人はそんな密やかな楽しみを得た私に、なんか、新興宗教みたいだとか浮遊する絵が多いね、君の人生と一緒だ、などとほざきよります。

 一ヶ月ちょっと前に薬の調整があってから、なんとなく調子が良くなり、おかしなことを始めたように見えたのでしょう。

 しかし私に言わせれば、それが本来の私であって、何も現実逃避をしているわけではありません。

 夜をそんな風に過ごすため、最近は呑まない日が増えて、肉体と精神双方に良い、一石二鳥の循環です。

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岡本神草の時代展

2018年07月01日 | 美術

 梅雨が明けて、本格的に暑くなりました。

 昨日は千葉市美術館に出かけました。

 岡本神草の時代展を観るためです。

 大正から昭和初期にかけて活躍した日本画家で、38歳の若さで亡くなってしまいますが、極端な寡作で、完成した絵はいくつもないとのことで、未完の絵画が多く展示されていました。

 日本画の展覧会ということで、着物で行くと2割引。
 こういうの、結構あります。

 今年初めての夏の着物で出かけました。

 美人画というよりは、どこか不気味な、幽霊画のように観えました。






 永久に完成せざる藝術は無限に進歩する。完成の刹那、藝術は命を失う、とは、彼の名言です。
 
 私の精神に激しく感応する作品が無かったことは残念です。

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「画壇の悪魔派」と呼ばれた日本画家

2017年12月11日 | 美術

 今日は年休。
 今日を含め、年休があと3日残っていますので、年内に使いきらなくてはなりません。

 昨日は千葉市美術館に出かけました。

 「北野恒富ー画壇の悪魔派と呼ばれた日本画家ー」展を観るためです。



 明治から昭和初期にかけて活躍した美人画家で、京都の上村松園、東京の鏑木清方と並び称せられる、大阪の大家です。

 印象としては、美人画がまるで幽霊画のように見える作品が多いこと。

 特に能の「班女」を題材にした「狂女」という作品は衝撃的で、小一時間もその絵の前に立ち尽くし、呆然と眺めていました。
 おかげで疲れてしまい、他の絵をじっくり観る気が失せてしまいました。

 「班女」は、恋しい男が扇を置いてこなくなってしまった遊女が、扇ばかりを見つめ、狂ったようになってしまう物語で、「狂女」からは狂おしいまでの男を思う女の気持ちがあふれ出て、私を圧倒しました。

 疲れましたが、疲れる美術展というのは良い展覧会なのだと思います。
 疲れるほどに絵画鑑賞に熱中できた、ということですから。


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仏像が芸術になった時

2017年11月10日 | 美術

   今日において、仏像や仏画、仏教建築などが、美術作品であることに異論をはさむ人はほとんどいないでしょう。

 しかし、それらが制作され、人々の信仰の対象のみであった時代においては、美術作品という認識は薄かった、もしくは皆無であったのではなかろうかと推量します。
 もっといえば、美術とか芸術とかいうものは、明治以降、西洋の思想を取り入れた時に生まれた概念で、それまでのわが国には、そもそも絵や彫刻は存在したにしても、それらを総称して美術とか芸術とかいう意識は無かったんじゃないかと思います。

 それらはあくまで、絵であり、彫物であり、音曲であり、物語であり、戯作であったことでしょう。

 明治初期、わが国で芸術や美術ということを強烈に印象付けたのは、浮世絵が西洋に与えた強い影響だったのではないかと思います。
 わが国においては、浮世絵はそれほど重要なものではありませんでした。
 しかし、西洋でジャポニスム運動が起こることで、改めて浮世絵が見直され、同時に、美術や芸術が優れていることは、国威発揚にまでつながることを実感したものと思います。

 で、仏教美術などの宗教的芸術。

 明治4年に布告された古器旧物保存方では、宗教的芸術作品に、美的価値を見ず、もっぱら歴史的価値のみを認め、保存すべきとしています。

 古器旧物ノ類ハ古今時勢ノ変遷制度風俗ノ沿革ヲ考証シ候、とされています。

 ところが明治30年の古社寺保存法では、一転して、宗教的芸術に、歴史的価値とともに、美的価値を見出しています。

 歴史ノ証徴又ハ美術ノ模範トナルベキモノ、と記載されています。

 明治4年から明治30年の間に何があったのでしょうね。

 西洋諸国を視察して、キリスト教美術が非常に重視されていることを学んだこともあるでしょう。
 また、フェノロサと岡倉天心を中心とする仏教美術の調査もあったでしょう。
 廃仏毀釈を止めようとする運動もあったことでしょう。
 芸術論や美術論が活発に交わされたこともあったでしょう。

 それらが複合的に積み重なって、わが国の人々の間に、芸術とか美術とかいう概念が定着していったのでしょうね。

 
では、それら宗教、主に仏教美術の保有者であった、寺院の僧侶たちはそれをどう捉えたのでしょうか。
 信仰の対象である仏像や仏画が、浮世絵と同様の扱いを受けることは、耐え難かったのではないかと思います。

 現在でも、秘仏などと称して、何年かに一度しか開帳されない仏像がありますし。

 宗教的表象であり、なおかつ美術作品であるというのは、相容れないもののような気がします。

 
しかし、宗教と芸術を同様のものと見る考え方をする人々がいます。

 フェノロサがそもそもそういう考え方の人だったようです。

 また、姉崎正治という学者は、以下のような文章を残しています。

 美術の力も、宗教の感化も、凡そ表象によりて表はるる此の神秘力である。此の表象の力を認めることは即ち神秘に入るの源で、神秘は即ち一切真善美の源泉である。

 
これは全く宗教と美術を同一視する考え方で、多くの反論が寄せられました。
 反論には、大きく分けて2種類ありました。

 一つは、牽強付会にして我田引水、要するに結論ありきの暴論だ、と頭から否定するもの。
 もう一つは、博士の宗教は徹頭徹尾芸術的なること是なりという言葉に端的に表されるもので、芸術論としては理解できるが、宗教にあてはめるのは強引すぎる、というものです。

 宗教といっても様々あり、それらを一緒くたにして、神秘力と断じ、しかもそれが美術の力と同じというのは、あまりにも強引だと、私も思います。

 そう思いながら、明治初期においては、歴史的価値を認められるばかりで、美術的価値をほとんど認められていなかった宗教美術に対する認識が、姉崎博士の論には多くの反論があったにせよ、ここまで来たか、という感慨を覚えます。
 ここにまで至らないと、宗教的美術というものは、確固たる地位を占めることが出来なかったのかもしれません。
 そういう意味では、姉崎博士の言論も、価値あるものだと言えましょう。

 
ただし、宗教の感化を、表象によりて表れる神秘力、と断ずることには抵抗があります。

 表象とは外的対象像であり、それはつまり、現実世界であったり、美術作品であったりといった、目に見え、心に印象を残すものでしょう。
 その表象を媒介にして神秘力を認めるというのは、まさに芸術の問題であって、宗教のそれではありません。

 宗教に神秘的な側面があるのは間違いないと思いますが、それだけではありません。
 もっと複雑なものです。

 結局のところ、宗教をどう定義づけるか、あるいは宗教をどう見るか、というところから始めなければなりません。

 それは極めて個人的な問題で、内心の自由、信仰の自由に関わることです。

 私はただ、明治の先人たちの努力により、仏教をはじめとするわが国の宗教上の作品群が、美術作品として認められ、一般庶民でも気軽に親しめるようになったことに感謝したいと思います。 


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