ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

滝行で溺死?

2011年09月30日 | 社会・政治

 新聞報道によると、中山身語正宗玉名教会なる仏教系の宗教組織で、中学2年生に悪霊が憑いていると信じた父親と坊主が、滝行を行う部屋で、いやがる娘を椅子にしばりつけ、父親が娘の顔に水があたるように押さえつけ、溺死させるという事件が起きました。
 父親は、自ら娘を殺害せしめながら、娘は悪い霊のせいで死んだ、と言い訳し、坊主は修行のためで、虐待ではない、と言い張っているそうです。

 ところが宗派の本部は、滝行は自らの意思で行われなければならず、椅子にむりやり縛り付けるがごとき行為は修行ではありえず、虐待及び殺人である、と断じたそうです。
 そりゃあそうですよねぇ。
 教団本部はその坊主と父親を悪者にしてトカゲのしっぽ切りを狙っているようです。

 かつて、即身成仏と言う名の自殺行為が、わが国の坊主の間でも多く行われ、そのミイラはいまだに多くの尊崇を集めています。
 
 愚かな。

 お釈迦様は7年にわたる苦行の末、苦行が無意味であることを悟ったと言います。
 お釈迦様にして7年も苦行を続けたのですから、行者にとって、苦行というのは魅力的なものであるようですね。
 それも生きるか死ぬかの過酷なものであればあるほど、萌えるようです。
 変態ですね。

 天台宗では、比叡山で有名な千日回峰行というのが行われます。
 7年間の間の1000日間、夜を徹して比叡山中にある霊場を参拝してまわり、何年目かには9日間ものあいだ、水も飲まない完全な断食をする、という命に関わる荒行です。
  それをして霊的な進化を遂げられるのか、悟りを開けるのか、はなはだ疑問ですが、困難を成し遂げる達成感はあるでしょうねぇ。

 でも私は、冬山登山やスキューバダイビングなど、自ら望んでしなくてもよい危険を犯す人は信用できません。
 千日回峰行だって、もしかしたら箔がついて後々出世したいだけかもしれないし。

 それにしてもじつの親に悪霊を祓うため、なんてふざけた理由で溺死させられた少女、哀れですねぇ。
 さぞ苦しかったことでしょう。
 
 修行と虐待、難しいところですねぇ。

千日回峰行 (新装増補版)
光永 覚道
春秋社

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専業主婦(夫)の年金

2011年09月30日 | 社会・政治

 現在、専業主婦(夫)については、保険料を払わなくても年金が受け取れる第3号被保険者として扱われています。

 第1号が自営業、第2号が勤め人で、いずれもそれぞれ国民年金・厚生年金・共済組合に保険料を納め、それが将来の年金受給を担保しているわけです。

 しかるに、第3号は、どうしてだか保険料を全くおさめず、年金がもらえるわけで、これはつまり1号と2号が納めた分を横取りしているように感じます。

 専業主婦(夫)が行う家事労働や子育てが巡り巡って社会貢献につながっていることは言うまでもありません。
 しかし共働きできちんと保険料を納付し、なおかつ子育てをし、家事労働をしている人は数多く、また、シングル・マザーとか、生涯独身とかの人も、保険料を納めたことによって老後の年金を得ています。

 どういうライフ・スタイルをとるかは個人の自由ですが、このような年金制度は専業主婦(夫)であることを推奨しているようなもので、頭の良い女性なら、現代社会は専業主婦におさまって3号に認定されるぎりぎりの金額までパートなどで稼ぐのが金銭的、時間的にもっとも得だと気づくでしょう。

 これから少子高齢化が進み、労働人口が減少していく時代にあって、世の中のからくりを知りつくして専業主婦(夫)におさまるような人は、きっと有能な人材であろうと思われます。
 それらの有能な人々に広く働いてもらうためには、専業主婦(夫)とは要するに無職であって、他の失業している者と同様に扱い、労働意欲を高める必要があるでしょう。

 そういう意味では、無職の独身女性である通称家事手伝いは、社会からまったく優遇されていません。

 もともと日本社会は伝統的に共働きでした。

 日本人の大多数は百姓だったわけで、農作業は妻も子も行います。
 武家や公家、皇族などの奥様は、特別な身分の少数者であり、しかも特別であるがゆえに、百姓の嫁とは違い、たいそう面倒なつきあいやしきたりを守らなければならず、現在の専業主婦(夫)のような三食昼寝付きのお気楽な身分ではありません。

 大正時代ころから勤め人の奥さんは働かずに主婦業に精を出すのが一般的になりましたが、その頃はまだ勤め人とは一種のエリートでした。

 現在、洗濯には洗濯機や乾燥機があり、掃除には掃除機があり、炊事にしても様々な調理済みの食品や冷凍食品があり、デリバリーや外食産業も盛んです。
 昔と比較し、家事労働は飛躍的に容易になっています。
 子どもが10人もいて、お城のような広い家に住み、昔ながらの方法でしか家事ができず、しかも家政婦がいないとなれば、専業主婦(夫)には重要な役割があると思いますが、現在の専業主婦(夫)は時間を持て余しているのではないでしょうか。
 私は精神病で長期に渡って休んだ時、医師から家事をこなすことが早期回復につながると言われ、家じゅうぴかぴかに掃除したり、凝った料理を作ったりしましたが、職場で働くことを思えば、極楽のようなものでした。

 高度成長期にいたって、大企業のOLになって20代半ばくらいに結婚し、専業主婦になる、というモデルケースが急増しましたが、それもわずか50年くらいで破綻し、今後は給料が上がらず、そもそも共働きでなければ通常の生活を維持できなくなるでしょう。

 そういう意味で、民主党の年金改革に期待しましたが、ふたを開けてみれば、3号被保険者は廃止するものの、夫が収めた保険料の半分は妻が納めたことと見なして専業主婦(夫)に年金を支給するというのですから、開いた口がふさがりません。
 すると例えば、夫が定年すると、夫がせっせと収め続けた保険料の半分をかすめ取った上、後は用無しとばかり夫を捨てて離婚してしまうケースが急増するんじゃないでしょうかねぇ。

 専業主婦(夫)は完全な無業者として扱うという劇薬こそが、今後の少子高齢化に耐える制度であろうと考えます。
 もちろん、その場合、格安の保育所を多数設置するなどの、共働きあるいはシングル・マザー、シングル・ファザー支援が大前提になることは論を待ちません。

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熊沢 誠
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ザ・クロスーエクソシストの闇ー

2011年09月30日 | ホラー・サスペンス・SF等の映画

 昨夜はホラー映画というよりキリスト教神学をあつかった哲学的な映画「ザ・クロスーエクソシストの闇ー」を観ました。

 スウェーデンの神父、ヘンリク。
 最近亡くなった母親の幻影に悩まされる彼に、同じ神父である父親が亡くなったとの連絡を受け、父が亡くなった地に向かいます。
 地獄は存在しない、というスイスの教会が打ち出した教義を信じていたヘンリクは、父の死の秘密を知り、父が暮らしてたという暗く寒々しい森の瘴気にあてられ、地獄の存在は疑いようがない、と考えを変えるにいたります。

 寛容を旨とし、何事も許すことこそがキリスト教の根本であると信じていたヘンリクは、キリスト教が異教を敵視し、血で血を洗う抗争を繰り広げていたことに思いを致すとともに、詩篇21に、キリスト教が持つ根源的な厳しさ、敵を憎み懲らしめずにはおかない残虐さを思い知ります。

 そしてラスト、彼は教会での説教で、キリスト教の残虐な真実を語ろうとし、途中で信者から引きずりおろされてしまいます。
 皮肉にも、信者は自ら、違う考えを持つにいたった神父を許さず、汚い言葉で罵ることによって、キリスト教の持つ非寛容と残虐性を証明してしまったのです。

 スウェーデンの寒々しい風景と、因習的な森の家族のたたずまいが、良い感じに雰囲気を盛り上げています。
 しかし内容があまりに神学的に過ぎ、時に応じて檀家になったり氏子になったりクリスチャンになったりする、宗教的に大らかな日本人には、ちょっと理解できません。

 なぜ彼らは二言目には善だの悪だの、神だの悪魔だのと、堅苦しいことを言うんでしょうね。

 この世に絶対的なものなど存在せず、すべては流れ変化していく相対的なものだ、という感覚を身に付けた私たち日本人にはちょっと不思議な感じがします。

 もう少し肩の力を抜いて、冷静にキリスト教以外の宗教や思想に目を向けたらいかがでしょうねぇ。

 なお、サブタイトルにエクソシストの闇、とありますが、ここでは悪魔祓い師という意味ではなく、神父を指す別名のようです。
 悪魔祓いのシーンは一切ありませんので、ご注意を。

ザ・クロス ~エクソシストの闇~ [DVD]
ジョナス・マルムシェー,ペール・ラグナー,ニコラス・ファルク,ユーリア・ダフヴェニウス
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もったいない

2011年09月29日 | 思想・学問

 先日、ノーベル平和賞受賞者のケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイ博士が亡くなりましたね。
 京都で開かれた国際会議に出席したさい、もったいない、と言う言葉を知って感銘を受け、どこに行ってもMOTTAINAIと叫んでいたのが印象的な、パワフルな女性でした。

マータイ博士です。

 面白いのは、エイズウィルスは欧米白人社会がアフリカの黒人社会を窮地に追い詰めるために人工的に作られたとする説を肯定するような発言をしたこと。
 そんなことはあり得ないと思いますが、マータイ博士のごとき高等教育を受けたインテリがそんな虚妄を信じたくなるほどアフリカの黒人社会は困窮していたということでしょうか。

 マータイ博士のような浮世離れした環境活動家にノーベル平和賞を授与するのは何の問題もありませんが、昨年の劉暁波氏のような、中国の反体制民主活動家や金大中韓国大統領オバマ米国大統領に授与するのは、面倒な問題を引き起しますね。
 あくまで日本を含めた自由主義諸国から見た平和に貢献した人物ですから。
 オバマ大統領なんて、遠い将来において核兵器廃絶を目指すという演説をしただけのことで、自分の在任中にそうすると言ったわけではありません。
 ノーベル平和賞という賞じたいが、問題を抱えていると言わざるを得ません。

 昨年、
劉暁波氏にノーベル平和賞が授与されたことに抗議して、中国が孔子平和賞とかいう馬鹿げた賞を創設しましたね。
 第一回目の昨年は台湾の連戦元国民党総裁に授与されることになりましたが、本人が授賞式に出席せず、何の関係もない少女に対して表彰式を行い、世界の失笑を買いました。
 当然というか、一回きりで、今年から孔子平和賞そのものが廃止されることになりました。

 まさにお笑いレッド・チャイナですねぇ。

 

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がぶり寄り

2011年09月29日 | その他

  琴奨菊関が大関に昇進しましたね。
 得意はがぶり寄り。

 大きな体をせりあげて寄っていく姿は、同じ佐渡ケ嶽部屋の大先輩で、現尾車親方の琴風関を彷彿とさせます。
 琴風関はほとんどの決まり手ががぶり寄りによる寄り切りで、安定感は抜群でしたが、安定した取り口ゆえに変化を好まず、千代の富士北の海などの大横綱になかなか勝てず、横綱には手が届きませんでした。
 いわゆる名大関ですね。

琴風関です。

 琴奨菊関には、強烈ながぶり寄りで、横綱を目指してほしいものです。
 いつまでも白鵬の一強時代では土俵がもりあがりませんからねぇ。
 そして来場所大関とりを目指す稀勢の里関にも、駆け足で横綱を目指してほしいものです。
 あのふてぶてしい面構えは、北の海以来でしょう。

 話は変わりますが、中学生の頃、某深夜番組で、荒勢の温泉がぶり寄りというコーナーがありました。
 元関取の荒勢が、うさぎちゃんと称するAV女優と一緒に温泉につかり、その温泉の宣伝をするのです。
 深夜番組ということもあって、うさぎちゃんは無粋なバスタオルなど巻いておらず、裸をさらしていて、少年の私は眠気を感じる暇もなく、女体を凝視していましたっけ。

 ま、それはともかく。
 大相撲はここ数年様々な問題にさらされ、存亡の危機に立っています。
 大相撲を立て直すには、人気力士が優勝目指してしのぎを削り、土俵を盛り上げるのが一番手っ取り早いでしょう。
 八百長が完全になくなれば力士はがちんこ相撲で体力を消耗し、一人一人の力士寿命は短くなるでしょう。
 しかし、若くして衰えるのは、がちんこを続けた結果だと考えれば、むしろ名誉なことでしょう。
 もっとも、魁皇関が八百長漬けで長持ちしたとは思いませんが。

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キューピーちゃん

2011年09月28日 | 思想・学問

 私はこのブログで、たびたび同性愛を扱った文学や映画のことを書いてきました。
 それというのも、私は高校生の頃から、同性には友愛だけを、異性には性愛だけを求めようとする現代日本の風潮に、強い反発を覚えてきたからです。

 元来わが国では、性が倒錯しており、軽々と性の垣根を超えることを良しとしてきました。
 それが明治のご維新以来、欧米の文化にかぶれたのか、同性間の性愛を悪と見なす悪習がはびこってしまいました。
 嘆かわしいことです。

 私はあまたの文学や芸術に接し、人間関係というのは男も女もなく、性愛も友愛もない、という確信を得るにいたりました。
 性愛と友愛を超えた愛、もしくは、性愛と友愛を併呑した愛というものが、誠であろうと思います。

 しかしそう考えるに到り、私は大きな矛盾を抱えることになりました。
 すなわち、私の精神は男も女も性愛の対象であり友愛の対象であるべきだと考えているのに、私の性欲が、女をしか欲しないのです。
 困ったことです。
 これではまるで、片翼しかもたず、飛ぶことができない天使のごとくです。

 高校から大学にかけて、多くの同性愛者からアプローチを受けて、心は揺らぎながら、どうしても一歩踏み出せず、それどころか異性ばかりを追い掛け回した私。
 
 しかし私の異性への執着は、奇妙な形で終焉を迎えるにいたります。
 すなわち、うつ状態による性欲の著しい減退と、その後にきた躁状態による強すぎる性欲です。

 この二つの異常な状態を抜けて、私は自分でもびっくりするくらい、性愛というものへの執着を喪いました。
 まるで性器を持たないキューピーちゃんのようです。

 そして今、初めて男と女を平等に愛し、平等に憎むことができるようになりました。
 まったく不思議な気持ちです。
 両性愛者に憧れていた私は、突如、両性嫌悪者とでもいうべき性癖を持つに到ったのです。

 そしてまた、私は幼い頃から持ち続けてきた鉱物への極端な嗜好を高めることになりました。
 血も涙も通わない、感情を表に出さない、生きているのか死んでいるのかさえ定かではない鉱物独特の生への憧れ。
 それはまるで、自殺を繰り返す者が死に魅入られたように、鉱物のほとんど死に近い生が、私を魅了します。

 この極端な嗜好が、私をして死に近づかせる危険なものなのか、あるいは静かな生を全うせしめる安楽をもたらすものなのか、今はわかりません。

 しかし、私にはどちらでも良いのです。
 いずれにせよその嗜好が、死にせよ生にせよ、私に幸福をもたらしてくれるだろうことは、間違いないからです。

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お馬鹿さん

2011年09月28日 | 仕事

 近頃めっきり日が短くなりました。
 職場を出る頃は薄明るくても、家に着く頃にはもう夜です。
 寂しいですねぇ。
 冬季うつ病というのがあるくらい、うつ病患者は日が短いのや寒いのが苦手です。
 しかも最近、なんだか職場が騒々しく、いやな感じです。
 騒々しいというのは、何もうるさいということではなく、年度も前半を終えようとして、色々な仕事が少しずつ増えて、気が立ってきているような感じがするということです。

 思えば年度末、毎年毎年変な事件が起こり、これさえなければなぁと思ったものですが、事件が起きない年というのはそもそも有り得ないのです。
 それは言わば、業務量増加に伴う不可避的なミスだったり、体調不良だったりする、どうしようもないこと。

 そして事件が起こるたび、再発防止策の策定という名目で、さらに仕事が増えるのです。

 おそらく人間は、組織的に生きるにいたって、延々とそんなことを繰り返し、今後も繰り返していくのでしょうね。

 なんだか馬鹿馬鹿しいような。

 しかし馬鹿馬鹿しいと言ってしまえばこの世に馬鹿馬鹿しくないことは存在せず、馬鹿馬鹿しい仕事をして給料をもらい、馬鹿馬鹿しい遊びにうつつを抜かし、馬鹿馬鹿しい理由で死に、お義理で馬鹿馬鹿しい葬式に出るのですねぇ。

 この伝でいくと、あの世も相当馬鹿馬鹿しく、神々が住まうという高天原も馬鹿馬鹿しく、ヤハウェの神も、主も、でうすも、アッラーの神も、三世の諸仏も、みな馬鹿馬鹿しい思考の遊びに過ぎないんでしょうね。

 馬鹿馬鹿しいと知りながら、生きなければならないとは、これまた最大級に馬鹿馬鹿しいですねぇ。

 こんなこと書いてる閑人である私が、世界一のお馬鹿さんとしか言いようがありません。

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不感

2011年09月28日 | 文学

 近頃偽装結婚というと、外国人が日本国籍をとるために行うものというイメージが強くなりましたね。
 しかし以前は、同性愛者であることを隠すために男性同性愛者と女性同性愛者が行うという印象が強かったように思います。

 江国香織の小説に、「きらきらひかる」という作品があります。
 アルコール依存症の女と同性愛者の男がお見合いをし、なぜか意気投合して互いの秘密を知った上で奇妙な夫婦生活を始めるというものです。
 これに夫の恋人である男が加わり、三人の生活はますます奇妙の度合いを深めていくのですが、作者独特の感性が、この難しい題材を瑞々しく描いて秀逸です。
 
 後に映画化もされ、夫を豊川悦司が、妻を薬師丸ひろ子が、夫の恋人を筒井道隆が演じて、どこか乾いた印象を与えました。

 同性愛者同士の男女が結婚する場合、互いにメリットがあると思いますが、この小説では女はアルコール依存症というだけで異性愛者であり、同性愛の男と結婚することは、ほとんど無意味なことであるように思えます。
 しかし、子どもが欲しくないとか、そもそも性交渉に拒否感があると言う場合には、その限りではないでしょう。

 三島由紀夫「沈める滝」という小説があります。
 これは石などの無機質な物を愛し、女性と付き合うのは単なる肉欲の満足のためだけという美青年が、ある女を愛することになるのですが、それはその女が不感症であって、生身の無機的物質であるがゆえである、という内容です。
 いわば生身の女に人工物を感じ、人工物への愛と、自然の情から湧き出る愛情の葛藤を描いて、この作品自体が人工美の極致ともいうべきものです。

 私は子どもの頃から石などの無機物に惹かれ、動物や植物に、それが生きているだけに不潔感を覚え、これを嫌悪しないわけにはいきませんでした。

 性交渉というのは、考えてみれば不潔の極みのようなところがあります。
  黴菌の塊のような肉体と肉体を密着させ、いわば黴菌のやりとりをしているようなもの。
 その不潔の極みを行わなければあらゆる動物が子孫を残せないとは、いかにも面倒な話です。

 私は精神病を患ってから、ほとんど性欲というものを覚えなくなりました。
 しかしそうなってみると、人間関係というものがじつにシンプルで、清潔なものに感じられます。
 男も女もない、人間だけがあるということの快適さを、今、感じています。

 究極のところ、人工美というものは、そうした清潔感の上にしか、成立し得ないのではないでしょうか。

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上海の地下鉄事故

2011年09月28日 | 社会・政治

 上海の地下鉄で追突事故が起きたそうですね。
 なんでも停車中の列車に後続の列車が追突したとか。
 幸い死者は出ていないようですが、多くの負傷者が出ています。

 これ、先の中国高速鉄道の追突事故と酷似していますね。
 しかも事故後わずか5時間で運転を再開したというあたりも似ています。

 中国の鉄道技術は世界トップレベルと聞いています。
 ただ、技術はトップでも、システム運用のノウハウが欠けているようです。
 それでは宝の持ち腐れ。
 時間がかかってもよいから、システム運用についてじっくり検証し、長期の研修をおこなって鉄道マンの技量を向上させなければ、この種の事故は続くでしょう。

 この種の事故の後、よく鉄道関係者が日本ではこんな事故は考えられない、とか言いますね。
 あれは危ないですねぇ。
 おのれの技術や技量やシステムを過信してはいけません。
 日本でも起こりうる事故だと想定して、改めて点検を怠らないようにすべきです。
 現に平成17年、福知山線脱線という大事故を起こし、多数の死傷者を出したことは記憶に新しいところです。

 交通機関の事故にせよ、天災地変にせよ、テロにせよ、火事にせよ、雷にせよ、親父のはげ頭にせよ、世の中にリスクが満ちていることは事実。

 絶対に安全な場所などこの世に存在しませんし、心底安心して暮らせる社会など未来永劫できるはずもなく、人々は危険や将来への不安を抱えながら生きていかざるを得ないでしょう。

 そうであればこそ、避け得る危険やリスクは、なるべく避けられるように準備しなければなりません。
 そのために警備会社や保険会社、それに年金制度や生活保護、また、消防や警察、自衛隊が存在しているのでしょうから。

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HACK!-ハック!ー切り刻む

2011年09月28日 | ホラー・サスペンス・SF等の映画

 昨日はホラー映画ファンにはたまらない一作を観ました。
 「HACK!-ハック!ー切り刻む」です。

 ある大学生のグループが小さな島の生態調査に出向くのですが、彼らはもともと映画学科の学生で、しかもホラー好きが揃っており、島に向かう途中の船の中でのホラー談義など、ファンには涙が出るほど素晴らしいものです。

 島で彼らを泊めてくれる夫婦も大のホラー映画ファン。
 この夫婦、ホラー好きが高じて本物のホラー映画を作ろうと決意し、そのためのキャストとして学生たちを招いたのです。
 平たく言えば、学生たちを惨殺してフィルムに収めようというわけです。
 随所に過去の名作ホラーへのオマージュが散りばめられており、泣かせます。

 映画の最初から、多分生き残るか、あるいは最後の一人になるんだろうな、と思わせる女子大生が、じつは夫婦の姪で、殺し甲斐のある学生たちをキャストとして選んだ張本人だったりして、なかなか楽しませてくれます。

 純粋な娯楽ホラー映画として、また、すべてのホラー映画のオマージュとして、最高傑作であると思います。
 十分に堪能しました。

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汚職

2011年09月27日 | 社会・政治

 小沢一郎議員の元秘書、石川被告・大久保被告・池田被告に対して、東京地裁は有罪判決を下しました。
 石川被告が懲役2年執行猶予3年、池田被告が懲役1年執行猶予3年、大久保被告が懲役3年執行猶予5年だそうです。

 しかし重大なのは、強制起訴が決まっている小沢議員の今後。
 小沢議員の一派は、三人の元秘書に無罪判決がでて、小沢議員にも無罪判決がくだり、晴れて次の代表選を目指す、というシナリオを描いているやに聞き及びます。
 するとその大前提が崩れてしまったわけで、もはや小沢議員に政治家としての明るい未来はないでしょう。

 ただちに引退し、寺にでもこもったらどうでしょう。
 そうすれば権力者にはなれなくても、権力者に助言を与える坊主にはなれるかもしれません。

 思い起こせば竹下派旗揚げに参加して田中角栄を見限り、自民党竹下派内の権力闘争に敗れて自民党を飛び出して新生党を結党。
 細川連立政権を作るも10カ月で瓦解。
 その後新進党を作っては壊し、自由党を作っては壊し、せっかく政権をとった民主党をも、危機に陥れようとしています。

 権力闘争に強いようで、じつはけっこう弱い小沢議員。

  あなたは40年間も国政の場にあって、要職を歴任し、立派に努めました。
 ついでに楽しい政治ショーを国民に提供してくれました。
 同世代で同窓の小泉元総理のような華はないながら、ヒールに徹して素敵でしたよ。

 もう引退しましょうよ。

  栄枯盛衰は世の常だと知れば、結論は出ています。

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CHAIN

2011年09月27日 | ホラー・サスペンス・SF等の映画

 きっついホラーでしたねぇ。
 
「CHAIN」。
 なにがきついって、恐怖というものを理解せず、表面的に怖そうに作られたホラーほど、きっついものはありますまい。

 チェーン・メールが元で多くの男女が変死を遂げる事件。
 これを最初はフェイク・ドキュメント風に撮り、後には女子高生の美少女ホラー風に撮る反則の上、小さな男の子を触媒っぽく使うという大反則。
 これはいただけません。

 ドキュメンタリー風にしたり、電磁波の恐怖を描いて社会派ぶったり、全部失敗しています。

 ホラーは人を怖がらせてなんぼ、びっくりさせてなんぼの世界です。

 顔を洗って出直しなさい。

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大久保智巳
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女性参政権

2011年09月26日 | 社会・政治

 サウジアラビアが女性に参政権を認める方向で検討することを示唆しました。
 今まで女性に参政権が認められていなかったことが驚きです。

 以下に、主たる国が女性に参政権を認めた年を列挙します。

  1869年 米国ワイオミング州
 1893年 ニュージーランド
 1902年 フィンランド
 1913年 ノルウェー
 1917年 ソ連
 1919年 ドイツ
 1928年 英国
 1945年 日本・フランス・イタリア・ハンガリー
 1949年 中国
 1950年 インド
 1963年 イラン
 1993年 スイス
 2005年 イラク

 日本は敗戦の年に女性の参政権が認められたもので、そうだろうなと思いますが、スイスがずいぶん遅いですねぇ。
 1993年なんてねぇ。

 現在、制限付き参政権を含めて、女性に全く参政権を認めていないのは、サウジアラビアバチカン市国だけだそうです。
 そもそもバチカンには議会が存在せず、聖職者の話し合いによって政策が決定され、女性は聖職者になれないそうなので、世界一男女差別のきつい国家はバチカン市国ということになりましょうか。
 バチカンは国家とはいえない、象徴的都市国家というべき存在なので、勘定に入れる必要はないかもしれませんね。

 サウジアラビアは最後に残った制度的な男女不平等を続けている国。
 早急な男女平等の法改正が必要でしょう。

 それと、秋篠宮家に悠仁親王殿下が誕生されてから、あれほどかまびすしかった女帝論争、ぴたりとおさまりましたね。
 怖いぐらい。
 私は男系男子だろうが女系男子だろうが男系女子だろうが女系女子だろうが、誰が天皇になっても構わないし、遠い将来には象徴天皇制は廃止すべきだと考えています。

 性別とか血とかに価値を与えては、絶対にいけないのです。
 それはつまり、生まれや性別による差別に他なりません。

 長く苦しい差別を受けた人々、また、厭なのに祭り上げられて窮屈な生活を強いられた人々、どちらも気の毒です。
 今後はそういう目に会う人がいなくなればいいのに、と思います。

女帝論―「天皇制度」の源流を訪ねて
呉 善花
PHP研究所

 

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やっぱりねぇ

2011年09月26日 | 社会・政治

 松本健一前内閣官房参与が、昨年の中国漁船衝突事件で、中国人船長の釈放を決めたのは、仙谷元官房長官に相談のうえ、菅前総理が決断した、と明言しましたね。

 那覇地検の判断だなんて嘘っぱちだということは、日本国民誰もが知っていたことですが、当時の政府高官がはっきり明言すると、ちょっとどっきりしますねぇ。

 そうすると、菅政権は二重のミスを犯したことになりますね。
 法に基づいて検察が判断すべき事件への対応を自ら判断したことと、その判断を那覇地検が行ったようにつくろったこと。
 三権分立を超えた法律違反。
 しかしそれが、とくだん問題視されることもありませんでした。

 松本健一という人は、文芸評論家であり、思想家として有名です。
 イデオロギー色は弱く、菅前総理は信頼していたのでしょうね。
 しかしそういうマスコミを泳いできたような人が、政治上の秘密を守るはずなどないことを、菅政権は見抜けなかったのですねぇ。

松本健一氏です。
 
  
 今さらですが、頼りない政権が居座っていると、どれだけわが国に悪い影響を与えるか、私たちは思い知らされました。
 どじょう総理には、遺漏なき様お願いします。

北一輝論 (講談社学術文庫)
松本 健一
講談社
日本のナショナリズム (ちくま新書)
松本 健一
筑摩書房
日本の失敗―「第二の開国」と「大東亜戦争」 (岩波現代文庫)
松本 健一
岩波書店

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枯淡

2011年09月26日 | 文学

 今日は新古今和歌集の撰者、藤原定家の命日だそうです。

 
床の霜 枕の氷 消えわびぬ 結びも置かぬ 人の契りに   藤原定家

 霜も氷も同じことですが、床と枕とで表現を変えているのは、いかにも新古今和歌集らしい高度な技法ですね。
 下の句で急に女の厭らしさが出ているのが残念です。

 
藤原定家です。

 この時期、藤原定家といえば、次の和歌にとどめを刺すでしょう。

 
見わたせば  花も紅葉も  なかりけり  浦の苫屋の  秋の夕暮れ

 
なんとも寂しげな和歌ですね、こういう枯淡の境地に達するには、どれだけの和歌を詠み、修行しなければならないのでしょうか。

 もちろん私でいえば、研究教育機関での事務職が、修行にあたるわけですが、これがなかなか枯淡の境地からは程遠いのですよ。
 事務員にも教員にもいやなやつはいっぱいいるし、何かと逃げ腰の管理職はいるし。
 結局人にもまれるのが、私の修行なんでしょうかねぇ。

新古今和歌集〈上〉 (角川ソフィア文庫)
久保田 淳
角川学芸出版
新古今和歌集〈下〉 (角川ソフィア文庫)
久保田 淳
角川学芸出版

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