トランプちゃん、米国を再び偉大な国にすると息巻いて、大統領令を乱発していますね。
ついには、中東やアフリカなどの7か国からの入国を拒否するという専横ぶりを見せくれています。
当該国のなかには米国からの入国を拒否するなどの報復措置を取る国もあり、欧州なのでは人種差別をやめろというデモが沸き起こり、米国内でも反発の声が少なくありません。
これが偉大な国、なのでしょうか。
不思議です。
先週の金曜日、医師から節酒を勧められました。
一回に飲む量を日本酒なら2合以内にし、週に1日か、できれば2日、休肝日を設けることができれば、肝臓の数値は劇的に良くなるだろう、とのこと。
とりあえず、金土日は2合以内に収めました。
今日は休肝日に挑もうと思っています。
そういえば、朝2合、昼2合、夜6合の酒を欠かさなかったという酒豪、若山牧水は43歳の若さで酒毒のために亡くなりました。
その彼にしてからが、節酒しようとしたことがあり、
朝酒は やめむ昼ざけ せんもなし ゆふがたばかり 少し飲ましめ
という、酒飲みの切ない心情を、少々卑しい感じの歌に残しています。
もちろん私は、朝酒も昼酒も飲まず、晩酌だけですが、歌人には朝酒も昼酒も欠かすことのできない酒だったのでしょうね。
結局禁酒も節酒もすることなく、はかなくなってしまいました。
この一年で、飲まなかった日は2~3日くらいしかありませんので、週2日の休肝日はハードルが高いですが、とりあえず今日だけは、素面で過ごしたいと思っています。
若山牧水のように酒で命を落とすのは嫌ですから。
肝臓を正常値に戻して、元気な体で引退後の生活を楽しむためには、今が踏ん張りどころ。
完全禁酒ではなく、節酒で済むうちに、なんとかしたいものです。
今日も小春日和の陽気に恵まれました。
朝は7時に起きて休日恒例の朝風呂。
たっぷりと汗をかきました。
その後朝食。
生卵と納豆と白飯で簡単に済ませました。
午前中の日の高い時間帯に近所のスーパーで一週間分の買出し。
空っぽだった冷蔵庫がいっぱいになり、満足。
昼はイカ墨スパゲティを食し、千葉そごうへ出かけました。
Yシャツと靴下を購入。
土曜日はのんびりと時間が過ぎていく感じですが、日曜日は時の流れが早く感じられます。
それだけ余裕がないのかもしれません。
明日からの仕事のことを思うと気が重いですが、日曜日はまだあります。
これから本日2度目の風呂に入って、夕食の準備をいたしましょうか。
今日は風もなく、よく晴れて、暖かい天候に恵まれました。
そこで、今日はコートを着ずにお散歩。
どこに行こうかなと考えて、千葉市のお隣、佐倉市の将門町という町名が浮かび、車で出かけました。
将門町と名乗ってはいますが、マンガ日本昔話に出てくるような、農村でした。
きっと日本国中、こういう鄙びた所があるのでしょうね。
で、国指定史跡になっている本佐倉城跡に行ってみました。
天守閣などの建物は一切残っておらず、木が生い茂る小さな山みたいな感じでした。
ちょうど応仁の乱の頃建てられたのだとか。
城跡を歩くのはちょっとした登山気分。
ひどく足場が悪かったり、アップダウンがきつかったり。
千葉市の泉自然公園よりも自然がいっぱいな感じで、少々疲れました。
城跡の近くには、将門の名を冠した神社もありました。
平将門との因果関係ははっきりしませんが、将門が本拠地としていたのが茨城県だと言いますから、千葉に来た可能性も高いのではないでしょうか。
町歩きを好む私にはしんどい道行きだったようで、すっかり歩き疲れてしまいました。
休む所など無い田舎ですので、京成佐倉駅まで車で出て、喫茶店で一休みしました。
ブリトロとヒラメの刺身を購入したので、これからひとっ風呂浴びて、軽く一杯やる予定です。
内科医から酒量を減らせと言われているので、二合徳利の熱燗だけで止めたいと思っています。
できるかな?
ようやっと、稀勢の里が横綱に昇進しましたね。
遅咲きと言われますが、三役までは超スピード出世でした。
大関になるときと、今回、横綱に昇進する際に苦労しました。
日本出身横綱の誕生は19年ぶりとかで、ずいぶんモンゴル勢に押されていました。
相撲の起源は古く、日本神話に遡ります。
天照大神が出雲に使者を送り、大国主命に国譲りを迫った際、大国主命は二人の息子が応じるというなら国譲りに同意する、と応えます。
二人の息子のうち、一人はすぐに応じますが、一人が力比べをしようと言って、使者と相撲を取り、使者が勝ったため、大国主命は巨大な宮殿を建設することを条件にして天照大神にこの国を譲ったわけです。
この宮殿こそが、出雲大社とする説があります。
で、その子孫が天皇というわけで、平たく言えば、高天原に住んでいた神々が、この国を分捕ってしまったということです。
しかも、その後、初代天皇である神武天皇は東征の名のもとに侵略を重ね、ついに本州は天照大神の子孫が支配することになったわけです。
「古事記」や「日本書紀」では、東征は露骨な侵略戦争として描かれますが、大国主命の息子と天照大神の使者は、単に相撲をとっただけということになっています。
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しかし私は、相撲というのは、大戦争を表す隠喩的な表現なのだろうなと思っています。
大戦争に敗れたわけでもないのに、簡単に国を譲るわけもありますまい。
嘘か真か、長い間、出雲大社には縄が打たれていた、という説があります。
天照大神に逆らったけしからぬやつ、ということでしょう。
おそらく天孫系と呼ばれる人々と、土着の人々は、民族が異なっていたのでしょうね。
やがて土着の人々は、蝦夷だとか熊襲だとか、はたまた土蜘蛛だとか言われて差別され、時には成敗の対象とされてしまいます。
今、わが国に住まいする人々の大半は、侵略者たる天照大神の系譜に連なる者たちであろうと思います。
勝者は敗者を駆逐するものですから。
わが国はもともと天皇家が支配する国ではなく、天皇家は侵略者の親分だったと考えると、神話時代の大戦は、今に至るもわが国の形を縛っているわけで、因果応報と言おうか、何事も原因があって結果があるのだなと、痛感させられます。
そして輝かしい勝利を収めた者たちは、力比べ=相撲を国技と認定するに至りました。
後に相撲は神道の神々に捧げる神事ということになり、わが国の伝統文化と解されるようになりました。
単なる格闘技やスポーツではなく、品格や威厳が求められる所以のものです。
それはそうでしょう。
天照大神こそが神道の最高神であり、この神様の大勝利を祝って神事を執り行うというのは自然な流れでしょうから。
そんな昔のことは関係なく、迫力満点の大相撲を私たちは楽しんでいますし、楽しめばよかろうと思いますが、ふと、相撲の起源となった神話を思い出して、慄然とさせられたところです。
稀勢の里関には、これら相撲の歴史を汚さぬ大横綱になってほしいものです。
今日は変に忙しかったですねぇ。
それもいやぁな仕事で。
なんというか、生産性がない、だけどやることが義務付けられている阿呆な仕事です。
こんな日は、気持ちが沈みます。
精神障害をほぼ克服してからもうすぐ丸7年。
相変わらず私は、迷妄の森を彷徨っているようです。
俳優の松方弘樹さんが亡くなりました。
74歳だったとか。
残念なことです。
葬儀は近親者のみで済ませ、お別れの会などの予定は今のところないと聞いています。
家族葬などの小規模な葬儀が流行する昨今の風潮を反映しているのでしょうか。
人が亡くなるということはショッキングなもので、例え会ったことも無いとはいえ、テレビや映画で元気に活躍していた役者が亡くなるのは、身近な人が亡くなるのと同じような気分になるから不思議なものです。
わが国では、死者の霊魂は、激しい穢れを帯びた怖ろしい存在と考えられますが、子孫の供養を受けて時とともに浄化され、清められた祖霊として神となり、いわば生前の個性を失って多くの祖先とともに敬われる存在となる、というのが一般的な考えであるように思います。
先祖というのは一人一人の集まりというよりも、それらが一体化して、漠然と信仰の対象になっているように思います。
そう考えると、死後数年しか経ていない霊魂は、生きている者にとってはまだ生々しく、怖ろしい存在なのかもしれませんね。
もちろん、身近な人が亡くなった場合、幽霊であっても会いたい、というような、激しい追慕の念を抱くことはよくあることで、その人個人を怖れているわけではなく、先祖の一部に溶け込む前の存在を、一般的に怖れているといことではあるでしょう。
市井に生きた名もない庶民たちは、みな、そのような時による浄化を経て、先祖の一部になりました。
人間の歴史を考えれば、両親、祖父母、曽祖父母、さらにその両親と、先祖は巨大な塊となって、今を生きる私たちを見守ってくれています。
何柱の神々かも分からないほどの厖大な数です。
まことにまことに、ありがたいことです。
これら神々は、一神教の神のように、厳しい信仰の義務を求めることなく、ただ、見守ってくれるのです。
そしてまた、私たちも、いずれは巨大な先祖の一部となっていくはずです。
それを思うとき、4年間も不妊治療を行いながら、ついに子宝に恵まれなかったおのれの不運を呪わずにはいられません。
私はついに、直接の子孫を残すことができなかったわけですから。
しかし幸いなことに、私には甥が二人、姪が一人います。
このうえはこの3人に連なる先祖となることを願うばかりです。
松方弘樹さんには最初の奥様と二度目の奥様との間に、何人かのお子さんがいると聞き及びます。
松方弘樹さんはこれらお子さんたちを見守るご先祖の一部となって、長く、子孫たちを守り続けるのでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。
最近朝が弱くなりました。
休みの日でも、普段どおり6時半には起きるのを恒例としていたのですが、今日は9時まで寝てしまいました。
ここ数ヶ月、こんな感じです。
冬の寒さのせいなのか、疲れているのか分かりませんが、眠りが長くなるのはうつのサイン、眠らなくても平気になるのが躁のサインなので、軽いうつ状態が続いているのかもしれません。
午前中は洗濯と掃除。
お昼は近所の中華屋でタンメンを食い、リビングで昼寝。
本当によく眠れます。
眠りすぎをなんとかしないといけませんねぇ。
今日は北風吹きすさぶなか、日本橋の三井記念美術館に出かけました。
「日本の伝統芸能」展を観るためです。
京葉道路から首都高速をとばすこと約40分、都営日本橋地下駐車場に到着。
歩いて7~8分で目指す美術館に着きました。
雅楽・能楽・歌舞伎・文楽に関する様々な面や衣装、道具などが展示されていて、圧倒されました。
わけても、早くになくなった妻をしのんで作製したという女の能面、「おもかげ」に魅了されました。
その艶やかな面は、職人の魂が吹き込まれたかのごとくで、まるで生きているような錯覚にとらわれました。
その魂を思うとき、同居人に先立たれたら、私は廃人同様になってしまうのではないかという危惧を抱かせます。
今日は同居人の48歳の誕生日。
出会った時、彼女は23歳でした。
もう25年も経つのですね。
これからも、末永く一緒にこの世を冒険したいものだと思います。
今日は大寒。
そのとおり、雨に小雪が混じる、凍えるような寒さです。
もちろん、事務室は暖房が効いていますが、一歩廊下に出れば、寒くてたまりません。
大寒の 埃の如く 人死ぬる
高浜虚子の句です。
虚子五句集 (上) (岩波文庫) | |
高浜 虚子 | |
岩波書店 |
虚子五句集 (下) (岩波文庫) | |
高浜 虚子 | |
岩波書店 |
俳人の死生観がよく表れています。
人の死など、この世のおおきな流れのなかでは、埃のようなもの。
それを大寒という寒々しい言葉とからめ、一種神々しいような、厳粛な雰囲気を感じます。
この清浄な寒さのなか、死んで行ければどんなに良いか、という、昏い退行の欲求を覚えずにはいられません。
ここ数年、フルタイムで働いてはいるものの、気力体力の衰え激しく、このままでは職場のお荷物になってしまいかねない、という危惧も手伝って。
それでも私は、生きなければならないのでしょうか。
朝、起きたら腰が痛く、ひどく体が重かったので、熱を測ったら37度2分ありました。
ほんの微熱ですが、私は極端に熱に弱く、これでは使い物にならんと思い、急遽休暇を取りました。
8時30分に職場に連絡し、風邪薬を飲んで、午後3時まで眠り続け、寝汗をびっしょりかいたら、変に気分が良くなっています。
熱を測ったら36度8分まで下がっていました。
風呂で寝汗でべとべとした体をきれいに洗い、小池真理子御大の短編集、「怪談」を読みました。
怪談 | |
小池 真理子 | |
集英社 |
7つの短編が収録された、260ページほどの短い小説集です。
タイトルから思い浮かべるような、ホラー小説集とは趣を異にしています。
これと言ってストーリーらしいストーリーが無い、ちょっとだけ不思議な物語がつむがれます。
そしていずれの短編も、怖くありません。
どちらかというと、ほのぼのするような怪異譚です。
御大はかつて、「墓地を見おろす家」のような、本格的なホラー小説を物していますが、今回の短編集はその系譜に連なるものではありません。
墓地を見おろす家 (角川ホラー文庫) | |
小池 真理子 | |
角川書店 |
一歩間違えるとエッセイのような軽いタッチで、しかも耽美的で艶やかな文体で、物語が語られます。
なんとなく、愛おしいような、懐かしいような小説群です。
もしかしたら小池御大が書いてきたような、華麗な小説から比べると、評価は高くないのかもしれません。
しかしだからこそ、御大の新境地と言うべきなのかもしれません。
私はじゅうぶん堪能しました。
今日はあの阪神淡路大震災から22年の節目。
かかる大災害は人智を超えたものであり、私たちはただ現実の巨大さに、瞑目する他ありません。
事実は小説より奇なり、と申します。
まこと、この世に起こることは、フィクションを超える驚嘆すべきことばかりです。
例えば9.11のテロ。
あんなことは、どんな物語作者でも思いつかない奇想天外な事件でしょう。
さらにはオウム事件。
古くは浅間山荘事件。
現代社会において、小説よりも奇妙な事件がいくつも起きています。
小説をはじめとする物語は、あくまでも虚構であって、現実を模したものであっても、現実を超えるような、一種の怪異譚であることが、その本質であろうと思います。
例え恋愛小説や、サラリーマンの哀歓を描いた小説であっても、そこには必ず、現実を超えるような奇妙な味がなければ、凡庸な作品になってしまうでしょう。
現実を超えること、言わば超現実こそが、小説の真骨頂であろうと、私は確信しています。
で、事実は小説より奇なり、という言説。
これは、小説は本質的に現実を超えることができない、ということを端的に表したものかと思います。
絶望的な言葉と言ってもよいでしょう。
であるならば、物語作者は常に、現実よりも奇妙な世界を現出せしめるべく、研鑽を怠ってはならないでしょう。
もしその努力を怠るなら、物語は奇なる現実に敗北し、虚構の存在意義そのものがゆらぐことになりかねません。
一方私は、このブログでたびたび、真実は物語の中にしか存在し得ない、と指摘してきました。
その考えは今も変わりません。
それこそが虚構世界の存在意義です。
例え奇妙さで現実に敗北することがあっても、真実の確からしさは、自然科学などの学問ではなく、どうしても物語によって示されると思っています。
自然科学は、どのように世界は存在するかを究明するものであって、どうして世界が存在するか、世界存在の真実は奈辺にあるかは、物語や芸術によって示されるものです。
それは学問が得意とする証明などではなく、予感や直観によって導き出されるものであって、学者と芸術家は似て非なるものだと言えましょう。
私はあくまで趣味で小説執筆を行う素人に過ぎません。
しかし素人だからこそ、売れる売れないを気にせず、現実と物語との闘争に励むことができるという面もあります。
超現実の中に真実を示すことができたなら、それこそが小説の勝利であり、物語と現実を結ぶ接点になるでしょう。
毎週のことながら、月曜日の、特に朝は憂鬱なものですね。
就職したばかりの頃は、ベテランになればそういうことは無くなるものと思っていました。
しかし、就職してそろそろ丸25年になりますが、休日明けの憂鬱さ、職場に行きたくないっ、という思いは、相変わらずです。
よく、土日もいつもどおり起きるなど、生活のリズムを崩さないとか、土日はごろごろしていないで体を動かすと良い、とか言いますが、それも焼け石に水といったところです。
それにしても、よくも25年も辛い月曜日を乗り切ってきたものです。
ひとえに、収入が途絶えることが怖くて我慢してきた結果です。
そして、まだ最低13年はこれが続くわけです。
65歳まで再雇用を希望すれば、あと18年もあります。
気が遠くなるような年月です。
最近、来し方を振り返り、反省することしきりです。
もっと自分に合った仕事に就くことが出来たかもしれない、とか、もっと努力すべきだった、とか。
そうは言っても、時をさかのぼることは出来ません。
やりたいこととやるべきことが一致している場合、ストレス無く仕事ができるのだろうと思います。
しかし私がやるべきことは、やりたくないことばかりで、ストレスは溜まる一方です。
もっとも、やるべきこと=仕事が、やりたいことと一致している人なんてほんのわずかでしょう。
多くの人は、やりたくもない、向いてもいない仕事に就き、食うために、なんとなく続けてしまうというのが実状ではないでしょうか。
私もまた、そんな凡人の一人です。
せめて月曜日は靴をピカピカに磨き、一番派手なネクタイをつけて、気分を盛り上げて出勤することといたしましょうか。
昨日は寒いながら風もなく、晴れていたので、思い立って成田山にお参りに出かけました。
成田山、千葉市の我が家からでもけっこう遠いのですよねぇ。
高速を使っても、1時間近くかかります。
これでは東京都心に行くのと大して変わりません。
成田山は長くて趣深い参堂が特徴。
江戸時代から続くような旅館や土産物屋、うなぎ屋などが店を並べ、1月も半ばだというのに多くの人が訪れていました。
私はもちろん着物で出かけましたが、着物姿の紳士淑女も少なからず。
浅草のように着物体験でグズグズに着こなした外国人観光客とは違い、みな粋に着こなしています。
そんな姿を見て、和装文化も廃れてはいないと、嬉しくなりました。
的屋もたくさん出ていて、それは大層な賑わい。
途中、小雪がちらついたのも気分を盛り上げてくれました。
今日は昨日と違い、北風が強く吹いていたので、床屋に散髪に行ったのと、スーパーで一週間分の買出しを行った以外は、日当たりの良いリビングでのんびり過ごしました。
明日からまた一週間働かなければなりません。
もう正月気分からは抜け出して、きちんと働きたいと思っています。
今日は休暇を取りました。
午前中は寝ていて、お昼に鴨南そばを食い、DVDを鑑賞しました。
悪魔払いの映画、「バチカン・テープ」です。
これまで、エクソシズムの映画はたくさん観てきました。
どのような悲惨な結末にしても、悪魔は祓われるのが悪魔祓いを題材とした映画の定番。
しかし、この映画では、悪魔祓いに失敗し、聖書の黙示録による預言のとおり、悪魔は救世主のふりをして、この世に現われるのです。
バチカンを始めとするカソリックは敗れたのです。
この世の終りが始まる、という結末。
私はもちろんキリスト教信者ではありませんし、神様とか悪魔とかいうものを全く信じていません。
その私にしてからが、この結末はショッキングなものでした。
熱心な信者には耐え難い結末でしょう。
しかもこの映画では、バチカンの高僧が自ら悪魔祓いに臨み、失敗します。
それを見届けたバチカンの幹部は、偽の救世主がまさしくアンチ・キリストであり、この世は破滅に向かって突き進んでいくことを知りながら、それを記録し、様子を見守ることしか出来ないのです。
現実にはありえない話だと分かっていても、震え上がるほど怖ろしい作品でした。