ブログ うつと酒と小説な日々 その上しょっちゅうホラー映画  

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさん(とびお)の日記

偉大な国

2017年01月31日 | 社会・政治

 トランプちゃん、米国を再び偉大な国にすると息巻いて、大統領令を乱発していますね。
 
 ついには、中東やアフリカなどの7か国からの入国を拒否するという専横ぶりを見せくれています。
 当該国のなかには米国からの入国を拒否するなどの報復措置を取る国もあり、欧州なのでは人種差別をやめろというデモが沸き起こり、米国内でも反発の声が少なくありません。

 これが偉大な国、なのでしょうか。

 不思議です。


にほんブログ村


政治 ブログランキングへ

コメント

節酒

2017年01月30日 | その他

  先週の金曜日、医師から節酒を勧められました。
 一回に飲む量を日本酒なら2合以内にし、週に1日か、できれば2日、休肝日を設けることができれば、肝臓の数値は劇的に良くなるだろう、とのこと。
 とりあえず、金土日は2合以内に収めました。

 今日は休肝日に挑もうと思っています。

 そういえば、朝2合、昼2合、夜6合の酒を欠かさなかったという酒豪、若山牧水は43歳の若さで酒毒のために亡くなりました。

 その彼にしてからが、節酒しようとしたことがあり、

 朝酒は やめむ昼ざけ せんもなし ゆふがたばかり 少し飲ましめ

 
という、酒飲みの切ない心情を、少々卑しい感じの歌に残しています。

 もちろん私は、朝酒も昼酒も飲まず、晩酌だけですが、歌人には朝酒も昼酒も欠かすことのできない酒だったのでしょうね。  
 
結局禁酒も節酒もすることなく、はかなくなってしまいました。


 この一年で、飲まなかった日は2~3日くらいしかありませんので、週2日の休肝日はハードルが高いですが、とりあえず今日だけは、素面で過ごしたいと思っています。
 若山牧水のように酒で命を落とすのは嫌ですから。


 肝臓を正常値に戻して、元気な体で引退後の生活を楽しむためには、今が踏ん張りどころ。

 完全禁酒ではなく、節酒で済むうちに、なんとかしたいものです。


にほんブログ村


人気ブログランキングへ

コメント

時の流れ

2017年01月29日 | その他

 今日も小春日和の陽気に恵まれました。

 朝は7時に起きて休日恒例の朝風呂。
 たっぷりと汗をかきました。

 その後朝食。
 生卵と納豆と白飯で簡単に済ませました。

 午前中の日の高い時間帯に近所のスーパーで一週間分の買出し。
 空っぽだった冷蔵庫がいっぱいになり、満足。

 昼はイカ墨スパゲティを食し、千葉そごうへ出かけました。
 Yシャツと靴下を購入。

 土曜日はのんびりと時間が過ぎていく感じですが、日曜日は時の流れが早く感じられます。
 それだけ余裕がないのかもしれません。

 明日からの仕事のことを思うと気が重いですが、日曜日はまだあります。

 これから本日2度目の風呂に入って、夕食の準備をいたしましょうか。


にほんブログ村


人気ブログランキングへ

コメント

城跡散歩

2017年01月28日 | 散歩・旅行

 今日は風もなく、よく晴れて、暖かい天候に恵まれました。
 そこで、今日はコートを着ずにお散歩。

 どこに行こうかなと考えて、千葉市のお隣、佐倉市の将門町という町名が浮かび、車で出かけました。

 将門町と名乗ってはいますが、マンガ日本昔話に出てくるような、農村でした。
 きっと日本国中、こういう鄙びた所があるのでしょうね。

 で、国指定史跡になっている本佐倉城跡に行ってみました。





 


 
 天守閣などの建物は一切残っておらず、木が生い茂る小さな山みたいな感じでした。
 ちょうど応仁の乱の頃建てられたのだとか。

 城跡を歩くのはちょっとした登山気分。
 ひどく足場が悪かったり、アップダウンがきつかったり。
 千葉市の泉自然公園よりも自然がいっぱいな感じで、少々疲れました。

 城跡の近くには、将門の名を冠した神社もありました。



 平将門との因果関係ははっきりしませんが、将門が本拠地としていたのが茨城県だと言いますから、千葉に来た可能性も高いのではないでしょうか。

 町歩きを好む私にはしんどい道行きだったようで、すっかり歩き疲れてしまいました。

 休む所など無い田舎ですので、京成佐倉駅まで車で出て、喫茶店で一休みしました。

 ブリトロとヒラメの刺身を購入したので、これからひとっ風呂浴びて、軽く一杯やる予定です。

 内科医から酒量を減らせと言われているので、二合徳利の熱燗だけで止めたいと思っています。

 できるかな?


にほんブログ村


人気ブログランキングへ

コメント

相撲

2017年01月26日 | 思想・学問

  ようやっと、稀勢の里が横綱に昇進しましたね。
 遅咲きと言われますが、三役までは超スピード出世でした。
 大関になるときと、今回、横綱に昇進する際に苦労しました。

 日本出身横綱の誕生は19年ぶりとかで、ずいぶんモンゴル勢に押されていました。

 相撲の起源は古く、日本神話に遡ります。

 天照大神が出雲に使者を送り、大国主命に国譲りを迫った際、大国主命は二人の息子が応じるというなら国譲りに同意する、と応えます。
 二人の息子のうち、一人はすぐに応じますが、一人が力比べをしようと言って、使者と相撲を取り、使者が勝ったため、大国主命は巨大な宮殿を建設することを条件にして天照大神にこの国を譲ったわけです。
 この宮殿こそが、出雲大社とする説があります。


 で、その子孫が天皇というわけで、平たく言えば、高天原に住んでいた神々が、この国を分捕ってしまったということです。
 しかも、その後、初代天皇である神武天皇は東征の名のもとに侵略を重ね、ついに本州は天照大神の子孫が支配することになったわけです。

 「古事記」「日本書紀」では、東征は露骨な侵略戦争として描かれますが、大国主命の息子と天照大神の使者は、単に相撲をとっただけということになっています。

新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
中村 啓信
角川学芸出版
現代語訳 日本書紀 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房新社

 しかし私は、相撲というのは、大戦争を表す隠喩的な表現なのだろうなと思っています。
 大戦争に敗れたわけでもないのに、簡単に国を譲るわけもありますまい。

 嘘か真か、長い間、出雲大社には縄が打たれていた、という説があります。
 天照大神に逆らったけしからぬやつ、ということでしょう。

 おそらく天孫系と呼ばれる人々と、土着の人々は、民族が異なっていたのでしょうね。

 やがて土着の人々は、蝦夷だとか熊襲だとか、はたまた土蜘蛛だとか言われて差別され、時には成敗の対象とされてしまいます。

 今、わが国に住まいする人々の大半は、侵略者たる天照大神の系譜に連なる者たちであろうと思います。
 勝者は敗者を駆逐するものですから。

 わが国はもともと天皇家が支配する国ではなく、天皇家は侵略者の親分だったと考えると、神話時代の大戦は、今に至るもわが国の形を縛っているわけで、因果応報と言おうか、何事も原因があって結果があるのだなと、痛感させられます。

 そして輝かしい勝利を収めた者たちは、力比べ=相撲を国技と認定するに至りました。

 後に相撲は神道の神々に捧げる神事ということになり、わが国の伝統文化と解されるようになりました。
 単なる格闘技やスポーツではなく、品格や威厳が求められる所以のものです。
 それはそうでしょう。
 天照大神こそが神道の最高神であり、この神様の大勝利を祝って神事を執り行うというのは自然な流れでしょうから。

 そんな昔のことは関係なく、迫力満点の大相撲を私たちは楽しんでいますし、楽しめばよかろうと思いますが、ふと、相撲の起源となった神話を思い出して、慄然とさせられたところです。

 稀勢の里関には、これら相撲の歴史を汚さぬ大横綱になってほしいものです。


にほんブログ村


人気ブログランキングへ

コメント (2)