今日は憲法記念日。
永井荷風はその日の日記に、米国の作りたる憲法発布の由、嗤うべし、と短く記しています。
私は憲法など変えようと変えまいと、大した違いは無いと思っています。
よく、平和憲法などと言って、これさえ守れば国は守れる、みたいな妄言を吐く人がいます。
それなら憲法に、地震も台風も起きない、と書けばよいのです。
そうすれば天災地変も起きなくなるでしょうから。
しかしわが国は、平和憲法を持ちながらも、強力な軍隊を保持し、英国の軍事雑誌で、世界第5位の軍事大国と評されています。
したがって、平和憲法は有名無実化し、実際には全く守られていないと言ってよいでしょう。
解釈改憲と言われる所以です。
さらには米国と軍事同盟を結び、その軍事力ゆえに、わが国は平和を享受してきました。
そう考えると、わが国は法律は変えずに、運用で重大な憲法違反を行っていることになります。
国の最高法規に違反した状態を続けるのは、わが国民の倫理感を害していることは言うまでもありません。
しかしわが国は、じつはこういうことを気にしないお国柄。
養老律令という最高法規がありながら、そんなものの存在など忘れて、明治を迎えるまでいじらなかったのですから。
日本国憲法も、いじらないならいじらないで、永遠に違憲状態を続けながら、軍隊の増強を続ければ、それで現実に対処することができます。
改憲論議になると、神学論争みたいな状態になって、うんざりします。
どうせ守らないなら、神棚か仏壇にでもおさめて、中身を見ずに、拝んでいれば良いのです。
何か素晴らしいことが書いてあるらしい、しかし中身は分からないお経で十分なのではないでしょうか。
今日は昨日とうって変わって冷たい雨の一日になりました。
ゴールデンウィークというと、初夏を思わせる日が続くイメージがありますが、今年は違っているようです。
朝は小雨でしたので、今のうちに買い物を済ませようと近所のスーパーへ。
同じようなことを考える人が多かったのか、日曜日の午前中にしてはお客さんが多かったように思います。
お昼は近所のお蕎麦屋さんでとろろ蕎麦を食しました。
それ以外は家でゴロゴロ。
同居人、仕事と介護で疲れ切っている様子で、お昼寝中。
同居人の仕事と介護をこなす様子には、頭が下がります。
同居人と私は職場の同期。
ただし同居人は一浪して大学に入っているので、年は私より一つ上です。
正直、出会ったばかりの頃は、田舎くさい、冴えない女だと思って、近づきもしませんでした。
しかし同期ということで、酒を飲んだりしているうちに、考えが変わってきました。
まず第一に、嫌いなものが一致したこと。
私が大嫌いな尾崎豊を、彼女も毛嫌いしていました。
犯罪奨励ソングを歌って小銭を稼ごうなどと、愚かな考えを持っているとしか思えない不真面目な態度が嫌いでした。
そしてまた、好きなものが一致したこと。
幻想文学などの、この世ならぬ存在への予感を持ち続けていることが一致して、当時一部から熱狂的な支持を得ていた「牧歌メロン」という雑誌への興味も一致しました。。
この雑誌は知る人ぞ知る無名なもので、それを知っていること、そればかりか所有していることに、お互い驚きました。
なにしろ妖しい雑誌なのです。
私はそれまで、女性の精神性ということにあまり興味が無かったのですが、同居人の精神に深く接したいと思うようになりました。
そうなってみると、容姿についても好ましく思うようになりました。
その頃、小説家を目指してせっせと書いていたのですが、これを同居人に読んでもらって、意見を聞くようになりました。
これが同居人との馴れ初めです。
嫌いなものと好きなものが一致するということは、そこに同志のような連帯感が生まれます。
そして、私はヘーゲルが問題にした、我々なる我、我なる我々ということに、少し、糸口を見つけたような気分になりました。
もちろん、ヘーゲルの著作は難しいし、浅学菲才の私には、正確に理解することなど不可能です。
哲学上の難問はとりあえず置くとして、私は同居人との間に、我々なる我、我なる我々というものが存在していると、予感するようになりました。
そして同志愛でしかなかったものが、いわゆる恋に昇華していったものと思われます。
その恋は、同志愛的な要素を濃密に漂わせながら、少しづつ、深められていきました。
ただし、私には浮気性なところがあって、同居人との恋も、やがて雲散霧消していくのだろうなと思っていました。
ところが、入籍して24年間、喧嘩一つすることなく、我々なる我、我なる我々という言葉が、染み入るようになりました。
結局、私は同居人に救われたということでしょうか。
この静かな恋は、激しさを伴わないがゆえ、今も続いていると感じます。
日々の仕事は憂鬱で、ため息ばかりついてますが、私たちはどこまでも我々なる我、我なる我々という言葉を、曲解でも構いませんから、胸に刻んで生き続けたいと願っています。
大型連休に入っていますが、私はカレンダーどおりなので、月曜日は出勤です。
出勤、そして仕事というのは、誰にとっても大きなストレスだと思います。
私は若いころ、サラリーマン生活も年を取ればどこかで頓悟し、気持ちが楽になるのだろうと思っていました。
しかし30年を過ぎても、頓悟するどころか、ますます不安は増し、プレッシャーに押し潰されそうになることがよくあります。
そんな時、過去の成功体験は何の役にも立ちません。
経験による知恵も、無駄です。
いつも明日のこと、明後日のことが不安でなりません。
私はうつを抑える薬や、逆に躁を抑える薬など、多くの精神病薬を飲んで、やっと平静を保っている状態です。
その中で、即効性があるのは、抗不安薬という種類の薬です。
昔は精神安定剤と呼ばれていたと聞きました。
これを飲むと、ゆるーく効いて、まったりとした気分になります。
しかし不安の種を摘み取る薬ではありませんし、そもそもそんな薬は存在しません。
目の前にある不安の種=困難な仕事をなし遂げなければ、平穏は訪れません。
ただし、目の前にある不安の種を解決したところで、間を置かずに次の不安が押し寄せます。
まるでイタチごっこです。
もしかしたら不安こそ、人間精神の本質なのではないかと思います。
不安は仕事を完璧にこなしたい、という欲望の裏側。
楽しみと痛みは裏と表でついて回ります。
仕事をして飯を得るということを何十年も続けて、やっと老後を迎えたら、体のあちこちに不具合を生じ、最後は冷たい石の下というわけですから、人生なんて素っ気ないものです。
あるいはこの心境が頓悟でしょうか。
不安はあって当たり前、人生は苦しくて当然、そう心の底から思えた時、という。
しかしそれでも、人間というもの、楽を求めます。
思えば今まで、異動により色んな職場を経験し、ある程度職階も上がりましたが、ただの一度も気楽な部署というのはありませんでした。
異動しなければしないで、職場が変われば変わったで、種類の違う地獄を味わうことになります。
血の池だったり、賽の河原だったり、針の山だったり。
これでは何のために生きているのだか分かりません。
満男が寅さんに「人間何のために生きているんだろう?」と、根源的な問いを浴びせた時、寅さんは「人間何遍か、あぁ生まれてきて良かったと思うことがあるじゃない。そのために生きてんじゃないか」と応えます。
一種の人生哲学ですね。
これを頓悟と呼ぶのだとしたら、人生はまさに不安と苦しみの中で嘆き苦しみながら、時折感じる至高体験を求める、みたいな切ないことになってしまいますね。
当分、私は不安、苦痛、恐怖から逃れることはできないようです。
今日からゴールデンウィーク。
2日と6日に休暇をとれば10連休になりますが、今の部署に移ってまだ一か月の私には、そんな余裕はありません。
暦どおりのお休みです。
面白くはありませんが、やむを得ざる仕儀と言うべきでしょう。
私は私の小さな問題を片づける能力しかありません。
いや、それすら無いのかもしれません。
まして遠い異国の争いなど、ただ傍観するだけです。
酷いことになってはいますが、私にはどうすることもできません。
人間というもの、よほど争い事が好きなようです。
自分を救うことさえ出来ないとは、私は私を呪うしかありません。
先週で新しいでの仕事が二週間を超えました。
今のところ、大過なく過ごしています。
昨日は4週間に一度の精神科の診察があり、大いに励まされました。
薬の量は変わらないんですけどね。
この調子で、新しい職場に順応していければと思います。
今日は久しぶりにホラー映画を鑑賞しました。
Jホラーの佳作、「犬鳴村」です。
かつて犬をさばいて食いつないできたという犬鳴村。
今はダムの底に沈んでいますが、その怨霊に苦しめられるお話。
本格心霊ホラーに仕上がっていて、震え上がりました。
ホラー映画を観たいと思うこと自体、私の精神が上がってきている証拠。
近頃コメディばかり観ていましたが、やっぱりホラー映画は良いですねぇ。
義母、今までは要支援1でした。
それが一気に要介護3の認定を受けました。
要支援3ではありません。
要介護3です。
医者から歩行器を使って少しでも歩くように言われても、リハビリを勧められても、辛いから嫌だの一点張り。
今、介護施設に入っていますが、他の入所者の衣類と一緒に洗濯されるのは我慢ならないとかで、同居人を呼びつけて洗濯物を渡し、我が家で洗濯しています。
今日も同居人は午前中、義母の病院通いの介護をし、午後は休日出勤をしました。
義母の介護のため、しょっちゅう休暇を取るので、休日出勤しないと追いつかないそうです。
義母より先に同居人が過労死するのではないかと心配です。
老人一人のために、我が家は壊滅的な状況に追い込まれています。
せめて施設での洗濯くらいは我慢してほしいものだと思います。
一方で、私一人の稼ぎではしんどいため、介護離職すらさせてやれない自分を恥ずかしく思います。
人が老いるということ、生半可なものではありません。
それをまざまざと見せつけられているようで、将来の私たちがどのような末路をたどるのか心配です。
あと30年もすれば、私たちも今の義母と同じくらいの年になります。
お互い運動を好まないため、今から少しは体を動かすようにしなければと思います。
義母が何事にも興味を失い、歩くことすら拒否する精神性を、主治医は老人性のうつではないかと疑っています。
もちろん義母は断固認めません。
そもそも主治医は内科医で、精神科医ではありませんし。
このままでは義母は寝たきりになってしまいかねません。
誰もが望むぴんぴんころり。
しかし、現実はそうもいきません。
義母の生活が少しでも向上してくれないかと、心から願います。
今日は寒い一日でした。
おかげで家から一歩も出ずに過ごしました。
そんな風にして過ごしていると、碌なことを考えません。
明日からの一週間を恐れて、職場なぞ火事で焼け落ちてしまえばいいのに、とか。
テスト前の中学生のようです。
考えてみると、3歳で幼稚園に通うようになってから、50年ちかく、平日はどこかに通って、拘束される生活をおくっています。
私がどれほどこれを嫌ったことか。
三つ子の魂百まで、と言いますが本当にそうです。
今宵もわずかな酒で、一瞬、忘れるのでしょうね。
昨日から令和4年度が始まりました。
新しい部署での1日目。
新しい部下から指示を求められるのはともかく、古巣の部下からも相談、質問にやってきて、難儀しました。
しばらくはこういう日々が続くのでしょうね。
残るも地獄、移るも地獄。
結局どこの部署に行っても地獄は続くというわけです。
それがお金をもらうということ。
世の中は厳しく出来ています。
就職して31年目に突入。
食うためとはいえ、よくぞ続いたものです。
今は定年を楽しみにしながら、粛々と仕事を続けるだけです。
昨夜は「コンフィデンスマンJP プリンセス編」を鑑賞しました。
なかなかに面白いコンゲームでしたが、前作の「ロマンス編」に比べると、クールさが足りないというか、騙し騙されの要素が少ないような印象を受けました。
それでも十分楽しめましたので、今度は「英雄編」っを観たいと思っています。
4月から別の部署に異動が決まったことは、すでにこのブログでお知らせしました。
現在の部署には2年間しか在籍しませんでした。
短くても3年はいるのが普通なので、異例の人事です。
その不安に押しつぶされそうになり、昨日は懸案事項を少しでも片づけようと、休日出勤しました。
予定していた仕事の最小限まではやりましたが、まだまだ引継ぎができるような状況ではありません。
2日続けての休日出勤は辛抱できないので、今日は自宅でのんびり過ごしています。
前は休日と言えば、必ず散歩をしたりお出かけをしたりしていたのですが、コロナ禍ですっかり外出しなくなりました。
そしてそれに慣れてしまいました。
オンライン会議の導入で、仕事の仕方は大きく変わりました。
これはコロナ後も続くんでしょうね。
なにしろ楽ですから。
コロナ後の世界、どうなってしまうんでしょうね。
50過ぎのおっさんは付いていくのがやっとです。
長く続いているこの不安、いつ解消されるんでしょうか。
昨日、都内で桜の開花が宣言されました。
これから一気に咲き乱れ、散り乱れるんでしょうね。
この季節、多くの勤め人がそうであるように、私も苦手です。
桜の美しさや儚さが、年度末の猛烈な忙しさと相まって、春愁の気配を感じさせ、憂愁に囚われるのです。
春を迎えるというのに、私の心は冷えっ来ています。
あたかも今日はお彼岸。
実家の寺にも行きません。
そんな気分ではありません。
そういえば、毎年休暇を取ってでも墓参りに行っていた父の命日である3月5日、休日勤務のため、お参りしませんでした。
実家には不義理をはたらいています。
毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは
正岡子規の句です。
これを私は、実際に寒いのではなく、俳人の心象風景が、寒々しい季節を見せているのだと思っています。
これから一か月ほど、年度末そして新年度と、多忙を極めるわけですが、その時の私の心象風景も、寒々しいものだと予想しています。
今日は昼飯を食いに蕎麦屋に行った以外は、家でのんびり過ごしました。
その間、私の頭を去来するのは、4月からの新しい部署のこと。
あんな仕事をしなきゃいけない、こんな仕事もしなきゃいけないと、頭がぐるぐるまわって、気持ちが安らぎません。
人事異動はサラリーマンの宿命。
辞令一枚でどんなことでもやらなければいけません。
辛いです。
新しい部署は激務で知られています。
果たして私に務まるんでしょうか。
不安しかありません。
30年も勤めても、心が平穏になることは無いようです。
最近すっかり春めいてきました。
春は人事異動の季節。
昨日、4月1日異動がオープンになりました。
今の部署に2年しかいない私は関係ないだろうと思っていましたが、意外にも内示をもらいました。
職階は変わりませんが、部下の数が増えました。
今までは3人だけの小じんまりとした部署でのほほんとやっていましたが、今度の部署では部下が13人になります。
これらの管理は困難でしょうね。
女性も多いので、女同士のどろどろに苦労したと前任者が言っていました。
この部署には昔在籍したことがあります。
それだけに、何月にはこれをやり、何月にはあれをやり、と言ったことを知り尽くしており、それらを束ねなければならないのは、予期不安に襲われます。
今年の春は比較的平穏に過ごせるだろうと思っていたのに、誠に残念です。
今日はマンションの消防設備の点検と排水管の清掃のため、休暇を取りました。
一昨日はワクチン接種の副反応で休んでいるので、今週は職場に通うのがわずか三日です。
年度末を乗り切れるんでしょうか。
甚だ不安です。
消防設備の点検も排水管の清掃も午前中に終わり、午後はコメディ映画を借りてきて、鑑賞しました。
きっついホラー映画やサイコ野郎が登場するサスペンスばかり観ていたのが、近頃はコメディばかり。
私はどうなっちゃったんでしょうね。
観たのは、広瀬すずと堤真一が親子を演じる「一度死んでみた」です。
堤真一演じる製薬会社の社長。
彼は家族を省みないワーカホリックです。
妻の死に際にも実験を続ける、製薬ヲタク。
そんな父を毛嫌いする娘。
親子関係を軸に、物語は進みます。
製薬会社では、画期的な新薬、若返りの研究を進めています。
その新薬を狙って、合併を狙う大手製薬会社。
新薬を開発する途中で、1度死んで、二日後に生き返るという薬が副産物として生まれます。
それを試すために飲んだ社長が、本当に死んでしまいます。
それを良いことに、大手製薬会社は一気に合併話を進めます。
しかし、二日で生き返るらしいことを知った大手製薬会社は、二日経つ前に火葬にしてしまおうと画策します。
火葬を阻止しようとする若手社員と娘。
ドタバタ喜劇が疾走感をもって描かれます。
でも、どこか楽しめませんでした。
死ぬ死ぬという言葉が連呼され、ドタバタぶりもやりすぎ感が漂います。
喜劇にも静かさが必要なようです。
観終わって、急に明日以降の仕事が気になり始めました。
就職して30回目の年度末。
年度末のしんどさだけは、何度経験しても慣れるということがありません。
やれやれ。







![一度死んでみた [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/516XR9V87fL._SL160_.jpg)






