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「一帯一路」VS「ユーラシア経済連合」

『プーチン』より

「一帯一路」

 ロシアが米欧諸国によって手痛い制裁措置を食っている肝心要の時期に、ロシアとのあいだで「戦略的パートナー関係」を結んでいるはずの中国が、ロシアを積極的に助けようとする気配をしめそうとしない。いや逆に、米欧・ロシア間の確執を己に有利に利用しようとさえ試みる--。このような北京のマキャベリスティックな思惑を知って、モスクワは大いに失望したに違いない。だが、北京のモスクワにたいする仕打ちは、それだけでは済まなかった。北京は既に、ューラシア地域への拡張をくわだてている巨大経済構想を発表し、少なくとも結果的にはロシアを包囲しようとしていた。

 中国の習近平国家主席は、二〇一三年九月七日、カザフスタンヘの公式訪間中に首都アスタナで巨大経済圏構想「一帯一路」を提案した。シルクロードの現代版と呼ばれる「一帯一路」プロジェクトは、二つの柱からなる。まず陸路の「一帯」は、中国から中央アジア諸国を経てヨーロッパに至る「シルクロード経済ベルト」。鉄道、道路、送電網などを整備する。次に海上の「一路」は、「二十一世紀海上シルクロード」と名づけられ、中国から南シナ海やインド洋を経て、ヨーロッパヘ達する。

 もしこれら二つの柱からなる中国の「一帯一路」構想が実現するならば、ロシアは一体どういう状態になるのか。最悪のケースを想像すると、ロシアは、陸と海の両方で中国が事実上主導権を握る経済支配圏によって囲まれ、挟撃されることになるだろう。具体的にいうと、重要な商取引はロシアの頭越しにバイパスして決定され、実施に移される。これまでロシアの特権地域だった中央アジア諸国などでの権益が大いに侵蝕される羽目になるだろう。ロシアのシベリア鉄道や北極海コースによる運送・運搬活動の重要性も、著しく減少するだろう。ロシア自身が地政学的に「袋の中の鼠」同然の立場へ追い込まれる危険にすら直面するかもしれない。

 習近平主席が「一帯一路」構想を提唱したとき、プーチン指導部は呆然とし、立腹さえしたにちがいない。そのような驚きと腹立ちは、プーチン大統領が同種のアイディアを推進しようとする矢先のことだったために、さらに大きなものになった。というのも、既に「第8章 EEU」で詳しく説明したように、プーチン首相(当時)は、二〇一一年十月、自身のペット・プロジェクト、「ユーラシア連合」のアイディアを既に発表済みだったからである。

 「ユーラシア連合」は、しばらく後になって「ユーラシア経済連合(EEU)」と改名され、結局、新組織、EEUに加盟したのは、ロシアを除くと現時点では僅か四カ国に止まっている。すなわち、ベラルーシ、アルメニアのほかに、中央アジアからはカザフスタン、キルギスの二国のみである。中央アジアは、ロシアが依然として己の「勢力圏」とみなす地域である。中国はそのような地域に侵蝕を企て、EEUを吸収しようとさえしている。ともあれ、プーチン大統領は己のEEUプロジェクトに真正面から対立し、挑戦する「一帯一路」構想の提唱によって、さぞかし虚を突かれ、いやがうえにも警戒心を高めたにちがいない。

「一帯一路」VS「ユーラシア経済連合」

 ところが、二〇一四年三月のクリミア併合をきっかけにしてG7との関係を悪化させると、ロシアは中国シフトを強め、習近平提案のOBORにたいする態度を軟化させることになった。すなわち、中国の構想はプーチンのEEU構想と単に両立できるばかりか、十分協力し合える。こう説くようになった。実際、プーチン大統領が二〇一五年五月に上海を公式訪問したさいに習主席とともに調印した共同声明は、EEUとSREBの「連携」に協力することを謳った。同声明のタイトルは次のように銘打たれている。「ユーラシア経済連合とシルクロード経済ベルト建設の連携に協力することについてのロシア連邦と中華人民共和国の共同声明」。

 プーチン大統領は、二〇一七年六月、同趣旨を次のように繰り返した。「われわれがなさねばならないことは、ユーラシア経済連合とシルクロードという中国イニシアチブを結合することだ。これは可能だと確信する。というのも、われわれの目標は合致しているし、相互補完性をもつからである」。このように(意図的に?)楽観的な考え方をするジェスチャーをしめす同大統領は、同年五月一四-十五日に北京で中国が「一帯一路」構想をテーマとして初めて開催した国際フオーラムにも参加した。

 たしかに、これらの二構想は、事が最高にうまく運ぶ場合、両者間に一種の分業、あるいは「相互補完的な関係(プーチン大統領)が成立するかもしれない。ひとつには、両構想は願望から成っている夢の大風呂敷だからである。したがって、観念上は両者をいくらでも連携させることは可能だろう。ところが、その反面、同様の理由から両者を現実に「ドッキング」させることは、なかなかむずかしい。というのも、双方は巨大経済圏構想という点では表面的な類似性をもつものの、丹念にその趣旨を見てみると、「根本的な矛盾」が存在するからだ。というのも、「ューラシア経済連合」は関税同盟を発展させるという「内向き」志向の地域的な統合プロジェクトである。それにたいして、中国の「一帯一路」は、中央アジア、ヨーロッパ諸国間の自由貿易市場というフレキシブルなネットワークづくりを目指す「外向き」志向の試みだからである。また地理的な方向としては、ロシアが南北に伸びる貿易ルートの拡大・強化を目指しているのに対して、中国プロジェクトは東西間のルート拡大を狙っているからである。そして実際、「ロシアと中国それぞれの巨大経済構想を具体的に結合するための共同作業は未だ開始されていない」。

 いや、それどころか、ロシアの経済専門家のなかからは、中国の「一帯一路」構想がプーチン提案の「ユーラシア経済連合」を全く台無しにしてしまう結果を伴うことを心配する見解がなされている。たとえば、パーベル・ミナーキルが『エクスペルト』誌(二○一七・五・十五日号)に発表した論文が、その好例である。ミナーキルは、ロシア科学アカデミー会員の経済学博士。同アカデミー付属の極東経済研究所(ハバロフスク)の所長を長年つとめている人物。

 ミナーキルは、同論文で、中国の「一帯一路」経済構想がプーチン大統領提案の「ユーラシア経済連合」構想と真っ向から衝突するばかりか、後者を打ち負かす力にさえなろうとみなして、次のように警告する。「一帯一路」は「侵略的な理念」にもとづき、「ロシアの利害と衝突する可能性」を否定しがたい政策である。それは、「ロシア主導の〝ユーラシア経済連合〟構想を完全には阻害しえないまでも、その発展に大きな困難をもたらす」。たとえば、「ロシアの中央アジア諸国にたいする政治的、経済的な影響力の低下を招来させる」。また、「ロシアのシベリア鉄道やバム鉄道を経由しての『ユーラシア・トランジット』計画を無意味なものにする」。それにもかかわらず、ミナーキルは懸念する。「ロシアには、そのように試みる中国に対抗し、競争するための現実的な力を持だないのだ」、と。

 同じくロシア科学アカデミー付属のもう一つの研究機関、経済研究所(モスクワ)が作成した報告書も、ミナーキル博士とほぼ同様の見方を、次のように記している。「〝一帯一路〟構想は、〝ユーラシア経済連合〟プロジェクトに希望をあたえる類いのものでは全くない。両構想を結合しようと提案されているアイディアは、現時点で明らかに空転している。結果として、〝一帯一路〟が〝ユーラシア経済連合〟内部メンバー間の競争をいたずらに煽るばかりか、ヨーロッパの統合を浸食し、前者の構想が後者のそれを呑み込んでしまう可能性すら否定しえない」。

中央アジアは草刈り場に

 もしモスクワが北京による「一帯一路」構想の実現を許容するならば、ロシアは出口のない状態に追い込まれてしまう危険性なきにしもあらずだろう。というのも、モスクワはとりわけ中央アジアに対する己の既得権益をさらに浸食され、ひいてはヨーロッパヘの通路の一つをふさがれる事態にもなりかねないからである。もし万一そうなれば、それはロシアのサバイバル(生き残り)にとって由々しき一大事になろう。

 中央アジア--。この言葉で総括される地域は、かつてソ連邦を構成する五つの共和国だった。ソ連が明らかに己の「勢力圏」、いな「植民地」とすらみなす地域だった。俗な言葉でいえば、ソ連の「縄張り」ないし「裏庭」にほかならなかった。具体的には、キルギス(クルグスタン)、タジキスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタンの五共和国。ところが、ソ連解体後の一九九〇年代初め頃から、これらの中央アジア諸国にたいして、中国は果敢な攻勢をはじめた。己が天然資源を必要とする事情から止むをえない等の口実を用いて積極的に介入し、少なくとも結果的にロシアの権益を大幅に蚕食するようになった。

 中央アジア諸国の側も、中国からの支援を積極的に受け入れ、中国との関係を深めるようになった。いたずらに手をこまねいているだけでは、これまでどおりロシアに搾取されっづけるだけと考えたからだった。二〇一四年、中国は中央アジア諸国との貿易高を五〇〇億ドル伸ばし、貿易パートナー、ナンバー・ワンの座に躍り出た。他方、ロシアのこれらの諸国との貿易高は一八〇億ドルに留まった。二〇一六年九月時点で、たとえば中国はカザフスタンのエネルギー部門の約二五%の権利を獲得し、トルクメニスタン産の天然ガスの主要な買い手の地位にまでのし上がった。

 最近の中国政府は単にこれだけでは決して満足せずに、中央アジアを越えてさらにヨーロッパヘ通じる回廊すら己に確保する大構想を提唱するようになったのである。これこそが、さきからのべている「一帯一路」にほかならない。ルキヤーノフは、このことを北京による当然の動きとすらみなす。というのも、もしロシアが〝東〟方へ軸足を動かそうとするならば、中国が〝西〟方へ軸足を動かそうと試みて何らの不思議もないからだ。ルキヤーノフは、中国がヨーロッパに関心を抱き、己の勢力を拡大しようとする主たる理由として、次の三点を指摘する。第一に、中国はアジア太平洋地域で米国という手強い相手と対立していること。第二に、中国は己の東部、すなわちアジア太平洋沿岸地域の目覚しい発展の影に隠れて、ややもすると等閑視されがちな自国の西部地域を発展させる必要性に迫られていること。第三に、中国はヨーロッパ市場へ直接進出し、EU諸国とのあいだでの交流を活発化させようと欲すること。米国のロシア通、リチャード・ロウリーも近著『プーチン』(二○一七年)で、全く同様のことを記している。いわく、「ロシアは〝東〟へ軸足を動かし、中国が〝西〟へ進行するならば、両国が中央アジアで衝突するのは当然といわねばならない」。
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