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平成史 ポスト工業化

『平成史』より 工業化時代の想像力

情報技術が進歩し、グローバル化が進む。精密な設計図をメールで送付できるようになると、工場が国内にある必要も、作り手が熟練工である必要もなくなる。熟練工を長期雇用しておく必要はなくなり、企画を立てる少数の中核社員のほかは、デザインなど専門業務は外注となって、現場の単純業務は短期雇用の非正規労働者ですむ。製造業は先進国の高賃金と組織労働者を敬遠して、発展途上国へ出て行く。

IT技術は生産ラインの小規模化と随時変更を容易にし、在庫や配送のデータ処理も容易になって、多品種少量生産と個別配送を実現する。大きな広告は必要性が下がり、ダイレクトメールやホームページが取って代わる。データ処理や配送業やファーストフードなど、新しい業種が台頭する。一部の中核エリートは高収入のチャンスが得られるが、より増加するのは「マックジョブ」(マクドナルドの非正規販売職)と総称される低賃金不安定労働である。

こうして流通や販売のコストが下がり、販売網と製品の多様化とあいまって、消費者に安く多様な商品が提供される。選択可能性と自由度が飛躍的に上昇し、画一的な「新しい流行」はなくなり、それへのアンチとしての「対抗文化」も意味を失って多様性の一つになる。

しかし同時に、福祉の財源であり前提だった正規雇用が減少し、労組も衰退するので、福祉の切り下げと格差の増大が生じる。低学歴では「マックジョブ」に就くしかないので、大学進学率が上昇する。子供に学歴をつけさせるため収入が必要になるが、男性の雇用と賃金が不安定化しているので専業主婦ではやっていけなくなり、女性の労働力率が上昇する。家族の形態がゆらぐのと、選択可能性の増大が男女関係にもおよぶことなどで、離婚率が上がる。

失業と非正規雇用は全体に増えるが、とくに若年者で増加する。すでに在籍している年長正規雇用労働者の雇用維持が優先されること、スキルのない若者より経験者が雇用されやすいことなどのためだ。限られた正規雇用や中核エリートの座をめぐって、就職活動が激化する。収入と雇用が不安定なため結婚が困難となり、親元同居が長期化し、晩婚化と少子化が進む。自由度の増大とともに、服装や雇用形態などが多様化し、アイデンティティの模索の時期が二〇代前半で終わらないため、「青年期の長期化」が生じる。不安定性とリスク感の増大のため、うつ病なども増加する。

一方で、かつてのようなブルーカラー労働の均質性にもとづいた労働者階級文化は衰滅する。表面的には階級差はめだたず、階級意識も消滅してくる。そのため不満が政治的シンボルに結自由度も増しているので、二〇歳前後での満足度は高い。しかし統計的には、明らかに低階層出身の子弟のほうが進学率も正規雇用率も収入も低く、女性のほうが男性より低い。

労働者階級や地域共同体は実体を失い、それに基盤をおいていた左派政党や保守政党も支持基盤が流動化する。革命や福祉や伝統といったかつての政治的シンボルは意味を失い、テレビに出て有名であることが重要になる。支持が集まるのも早いが、基盤がなく流動的なので、支持がなくなるのも早い。

パソコンのクリックひとつで相手を選べる時代は、多様な選択の可能性が増大するが、自分も選択される側になる。相手とずっとつきあう必要はなくなるが、ずっとつきあってくれる保証もない。そのスピードは増大し、過去の蓄積はすぐに陳腐化する。雇用も、組織も、取引も男女も、家族も、教育も、地域も、政治も、国家も、この選択可能性にまきこまれ、自由とチャンスと格差が増大していく。
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