12月4日(月)晴。
矢野顕子トリオの「さとがえるコンサート2006」を聴きに行った。7時半開演なので短いかもと思っていたが2時間くらいやってくれた。新曲あり、'80年代の名曲あり、弾き語りありで楽しかった(画像は会場で購入したデビュー30周年記念ムック本「えがおのつくりかた all about 矢野顕子」と公演パンフレット)。
かみての前から3列目。目の前にはドラム・キットがあった。クリフ・アーモンド側だった。あの力強いドラム・プレイを目の当たりにするのかと思うと怖気づいてしまった。もしかしたら鼓膜が破れるかもしれない。それは考えすぎかもしれないがアルコールを飲んで気を紛らせることにした。僕はお酒に弱いので、普段は開演前に飲まないことにしている。でも、まぁ今日はいいじゃないか。ベロベロになって頭の中がグルングルン回っていたって、それはそれで面白いかもしれない。何しろ目の前でクリフ・アーモンドが力一杯ドラムを叩いてくれるのだ。そんなわけで開演前にビールをぐびぐび飲んだ。カッーと火照ってきた。これで大丈夫だ。クリフくん、いつものように叩け。何も恐くない(笑)。
ステージは向かって左からグランド・ピアノ、アクリルの仕切り板、中央にアンソニー・ジャクソンがコントラベース・ギターを弾くスペース、そしてドラムキット。会場にはマーヴィン・ゲイの「What's Goin' On」がかかっていた。舞台監督の末永博嗣さんがピアノの上に楽譜(歌詞のファイル?)を置く。ライヴハウスなので舞台セットはシンプルだ。何もない。
しもての袖からクリフ・アーモンド、コントラベース・ギターを抱えたアンソニー・ジャクソン、そして矢野顕子が現れて開演した。最初の曲はトリオで「PRESTO」。僕にとっては2002年以来のトリオ公演だった(その時はギタリストの佐橋佳幸が参加していた)。なんだか久し振りだし(実に4年振り!)、懐かしく思うところもあって、とてもいい感じで楽しめた。「PRESTO」、「電話線」、「David」と続いた。「さとがえるコンサート」10周年ということで、まるで「ベスト・オブ・さとがえる」のような選曲だと思った。
「I Hate It」というEllegardenのカヴァーがあり、ツアーの前日にできたという新曲が披露された。「きよしちゃん」というタイトルで忌野清志郎に捧げた曲だという。矢野顕子は喉頭癌というブルースとつきあって(放射線治療を行って)いるキヨシローのために歌った。
前半の最後はくるりのカヴァーで「青い空」。最近のライヴでは定番となりつつある。そのうちに、くるりよりも矢野顕子ヴァージョンのほうで曲を覚えてしまうだろう。ちなみに1曲目に披露された「PRESTO」は岸田繁との共作だ。「青い空」の後半部はアンソニーとクリフによるソロの応酬があった。演奏が終ると、一旦ふたりはステージから去り、矢野顕子の弾き語りソロ・コーナーへと突入した。
弾き語りソロは「星の王子さま」、「恋は桃色」、「ごはんができたよ」の3曲だった。曲間には脳内出血で倒れてリハビリ中の吉野金次さんのことや、なんでもしてくれるトイレの便座(笑)の話題があった。
「恋は桃色」は細野晴臣の『HOSONO HOUSE』(1973年)に収録されていて、矢野顕子は『Piano Nightly』(1995年)でカヴァーしている。これらのアルバムを録音したのがレコーディング・エンジニアの吉野金次だった。吉野金次は今年の春、脳内出血で倒れて現在リハビリ中だという。彼のために矢野顕子と細野晴臣が中心となって動いて、8月の末にチャリティー・コンサートが行われた。その収益金を治療費に充ててもらうのが目的だった。それが「レコーディング・エンジニア吉野金次の復帰を願う緊急コンサート」だった。
「お金でしあわせは買えないのにお金に愛情を込めることができる」という谷川俊太郎が書いた詩を紹介して、いつかそのコンサートの模様がDVDとして発売された時はどうぞ協力してくださいと矢野顕子は話した。そんな話の後で歌った「ごはんができたよ」は慈悲に満ちていて素晴らしかった。
弾き語りソロに続いて、再びアンソニー・ジャクソンとクリフ・アーモンドを呼び、トリオでの演奏となった。「そこのアイロンに告ぐ」ではアンソニーのソロが披露された。弦が6弦あるコントラベース・ギターの太い音が深いリバーブで会場に響き渡った。実際の話、僕の席からはクリフでアンソニーの姿が隠れていたのだが、グランドピアノの前に仕切りとして置かれていたアクリル板に、反転したアンソニーの姿が映りこんでいた。
'80年代の名曲「Greenfields」がその後に続いて披露された。1番は矢野顕子の弾き語りソロで、2番からクリフがひたひたと入ってくる展開だ。それで最終的には爆音でどかどかと。この時ばかりはクリフに釘付けとなった。僕はもうすっかり酔いが醒めていた。クリフ側なのでこの後はしばらくクリフに注目した。そういえば今までの「さとがえるコンサート」ではクリフ側になったことは一度もなかった。
糸井重里作詞の新曲「蛇の泣く夜」、くるりの「ばらの花」がその後に続いた。「ばらの花」は新しいアレンジになっていた。岸田繁が書いた心象風景のスケッチも矢野顕子が歌うと独自の世界観になるからおもしろい。
クリフの左にはミキシング装置のようなものがあって、彼はそれを操作して、チベットの僧の経文のような音声や、歪んだ音や、レイハラカミのサンプリングみたいな音を出した後、ドラムを叩き始めた。以前にもこんなパフォーマンスがあったが、今回はそれを目の前で見た。ドラム・ソロがひとしきり続いた後ではじまったのが「ラーメンたべたい」だった。僕はパブロフの犬のようにラーメンが食べたくなった(笑)。
僕はもう20年くらい矢野顕子を聴いているのだけど、まだ聴いてないアルバムというのがあって、'80年代前半に出た「ただいま。」もその中の1枚だ。おそらくそれが手に入れてない最後の1枚なのだと思うが、なぜかいつまでも残したままにしている。本編最後に披露されたのはその中に収録されている「Rose Garden」という曲だった。僕は知らなかったので新曲だと思って聴いていた。
アンコールで衣装が変わり、きれいなパープルにスパンコールがキラキラしていた。「うわっー」という歓声が沸き起こった。「ちいさい秋みつけた」はグルーヴがあって会場は一体となり盛り上がった。ラストはいつものように「ひとつだけ」。最近はこのパターンが多い。最後はスタンディング・オベーションだったが、ライヴハウスでこの光景は珍しいと思った。
■矢野顕子 さとがえるコンサート 2006
12月4日(月) なんばHatch
1階 C列33番
矢野顕子(Vocal/Piano/Keyboards)
Anthony Jackson(Bass)
Cliff Almond(Drums)
Set List
01 PRESTO
02 電話線
03 David
04 I Hate It
05 きよしちゃん
06 青い空
07 星の王子さま
08 恋は桃色
09 ごはんができたよ
10 そこのアイロンに告ぐ
11 Greenfields
12 蛇の泣く夜
13 ばらの花
14 ラーメンたべたい
15 Rose Garden
Encore
16 ちいさい秋みつけた
17 ひとつだけ