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空気人形

2009年10月19日 | 映画

10月11日(日) 曇りのち晴れ。

梅田ガーデンシネマで『空気人形』を観ました。
http://www.kuuki-ningyo.com/index.html

ネタばれしてますのでこれから観に行く予定の方はご注意ください。

■空気人形
2009年10月11日(日) 梅田ガーデンシネマ
午後12時45分上映回 入場番号39番

●空気人形 予告編



性欲処理の空気人形がある日心を持ち、ふわふわと街に出て、
心が空っぽな人々と出会う、乱暴に言ってしまうとそんな物語。

空気人形が本当に空っぽとなったあと、美しい結末を迎えます。
ファンタジーなんだけれど深い。
観終わったあと、優しい気持ちになりました。
ラストは本当に素晴らしいと思いました。

この作品は吉野弘の詩「生命は」が重要な鍵となってますが、
ラストシーンは正に詩を体現したものになっています。


私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

「生命は」より


自ら分別ゴミとしてゴミ置き場に横たわった空気人形。
目の前のタンポポを見て、バースデー・ケーキのろうそくだと彼女は思う。
誰にでもこの世に生まれた誕生日がある。
空気人形の彼女は最後にバースデー・パーティーを妄想する。
みんなにお祝いされてろうそくの灯を吹き消すと、次の瞬間タンポポが空に飛び散る。
風にのってふわふわとタンポポは舞う.....

バティ・スミス : ドリーム・オブ・ライフ

2009年09月23日 | 映画

曇り一時雨。

テアトル梅田で『バティ・スミス : ドリーム・オブ・ライフ』を観ました。
http://www.pattismith-movie.com/

■バティ・スミス : ドリーム・オブ・ライフ
2009年9月23日(水・祝) テアトル梅田
午後5時上映回 指定席E-02

1995年、音楽雑誌の仕事でパティ・スミスと出会ったファッション・フォトグラファーのスティーヴン・セブリングが、11年間に渡ってパティを撮影したドキュメンタリー映画。友人ロバート・メイプルソープ、旦那さんのフレッド・ソニック・スミス、よき理解者でツアー・マネージャーだった弟トッドを次々に亡くしたパティの復活とその後の音楽と詩と家族の生活を綴っている。

●映画『パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ』予告



パティ自身が映画のナレーションを担当しているが、ほとんど即興で収録されたという。復帰してライヴ・ツアーを行うところから映画は始まるが、音楽活動のトピックに焦点を当てたドキュメンタリーではない。ライヴでブッシュを糾弾する場面がクローズ・アップされているのだが、そうしたことよりもパティが話したいことを、残しておきたいと思うことを撮影しているように思う。ウィリアム・バロウズへの思い、グレゴリー・コーソのお墓に参るパティ、その中でもアレン・ギンズバーグに捧げた詩を朗読する場面が素晴らしい。

僕はアルバム『Horses』と「Because The Night」、「People Have The Power」ぐらいしか知らないけれど、今までのイメージが覆るほど、この映画の中のパティはチャーミングでかわいらしい。一般的なパティ・スミスのイメージはというと、やはりロバート・メイプルソープが撮影したアルバム『Horses』のジャケット写真に尽きるのではないだろうか。でも、それはロック・ミュージシャン時代のパティ・スミスであって、この映画のパティとは違う。結婚して子どもが生まれパティも母親になった。映画の中で僕が惹かれたのはパティの母親としての顔だった。

さすがに11年も撮られているとカメラのある生活が日常となるのか、思いがけないトイレにまつわる告白なんかも聞けたりする。ほとんどモノトーンの衣装がプラダとコムデギャルソンというのは意外であった。予告編を紹介していて何だけれど映画のほうはもっとまったりとしている。

キャデラック・レコード

2009年09月18日 | 映画

9月13日(日) 晴れ。

梅田ガーデンシネマで映画『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』を観た。
http://www.sonypictures.jp/movies/cadillacrecords/

■キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語
2009年9月13日(日) 梅田ガーデンシネマ
午後2時上映 整理番号37番

1950年代、60年代のアメリカ、シカゴを舞台にした物語。
ミシシッピー出身のマディ・ウォーターズがシカゴに出てきて、
ユダヤ人のレナード・チェスが起した「CHESS RECORDS」と契約し、
エレクトリックを導入したアーバン・ブルースで成功するエピソードからはじまり、
レナード・チェスがレーベルを売却した直後に亡くなるまでを描いている。
「CHESS RECORDS」はブルースとソウルとジャズのレーベルで
リトル・ウォルター、ハウリン・ウルフ、エタ・ジェイムズ、チャック・ベリーがストーリーに登場する。
事実とは違うフィクションの部分もある実話に基づいたドラマ。

チャック・ベリーの音楽が黒人と白人の垣根を取り払った
ロックンロール音楽の歴史的な瞬間がチェスの頂点だったのかもしれない。
そのチャック・ベリーは13歳の女の子を相手に淫らな行為をして投獄される。
孤独感に苛まれたリトル・ウォルターはキレやすい性格が仇となりアルコールで自らを滅ぼす。
心にブルースを抱えたのはリトル・ウォルターだけではなかった。
エタ・ジェイムズもまたドラッグに溺れて生死をさまよう。

白人は黒人から音楽と金を搾取してるのだと描かれた後半部。
ひりひりするような胸の痛みの中で
エタ・ジェイムズを演じたビヨンセの歌が素晴らしかった。

サマーウォーズ

2009年08月13日 | 映画

台風9号による豪雨、駿河湾沖を震源とする地震の被害に遭われた方、
お見舞い申し上げます。

8月9日(日) 雨。

梅田ブルク7で映画『サマーウォーズ』を観た。
http://s-wars.jp/index.html

■サマーウォーズ
2009年8月9日(日) 梅田ブルク7 シアター6
http://burg7.com/index.html

14時5分上映 I-9

最近のジブリが面白くなくて。
『崖の上のポニョ』もDVDで観たのだが、
思わせぶりな話の展開のわりに結末が取ってつけたようで、
アニメはどうかなと心配していたのだけど『サマーウォーズ』は面白かった。
達郎さんの主題歌もエンディング・テーマとして聴くとよかった。

細田守監督の前作『時をかける少女』も『サマーウォーズ』も
キャラクター・デザインは貞本義行。エヴァの人らしい。
脚本の奥寺佐渡子も前作から引き続いて担当。
この人は相米慎二監督の『お引越し』の脚本で
毎日映画コンクール賞を受賞しているらしい。
僕とは同世代。
エヴァのことはよく知らないにしても
監督をはじめとして同世代が作ったアニメ作品なので
すんなりと受け入れることができた。

大丸梅田店のカフェラ・ガレリアで休憩。
http://www.ucc.co.jp/cgi-bin/shop/shop.cgi?id=131

カプチーノとティラミスで映画の余韻に浸る。



あやうく買い忘れそうになったパンフ。
達郎さんのコメントが掲載されている。主題歌の歌詞も。



SITEDOIに映画のレビューをアップしています。
ネタばれしていますので
まだ映画をご覧になられてない方はご注意ください。
http://homepage3.nifty.com/sitedoi/


ディア・ドクター

2009年07月07日 | 映画
7月5日(日) 曇り一時雨。

梅田ガーデン・シネマ1で西川美和監督作品『ディア・ドクター』を観た。

■ディア・ドクター
http://deardoctor.jp/

2009年7月5日(日) 梅田ガーデン・シネマ1
13時10分の回 立見入場整理券9番

香川照之がゲスト出演したTBS系トーク番組「A-STUDIO」で撮影秘話を聞き、おもしろそうだと思い観に行くことにした。13時10分の回上映30分前に到着したもののすでに満席。その次の上映まで待つか迷ったが、結局立見で観ることにした。

笑福亭鶴瓶初主演映画。鶴瓶の自然体の演技が素晴らしく、まるで鶴瓶そのものというふうに感じた。余貴美子、香川照之、松重豊、笹野高史といった脇を固める役者の演技も素晴らしかった。どんどん話に引き込まれて気がつくとラスト10分。どんなふうに終わるのかと興味津々だったが、意外なラストシーンが用意されていた。エンディングロールで思いがけず涙が溢れた。

ここからネタばれ。



監督とつるべ師匠のサイン入りポスター。










この『ディア・ドクター』の中で鶴瓶が演じるのは贋ものの医師、伊野治。伊野が突然失踪したことで村中が大騒ぎになり、警察の捜査の過程で贋ものだったことが明らかになってゆく。

西川美和監督は前作『ゆれる』が予想以上の観客に観てもらえたことで、映画監督という大それたポジションにいる自分自身に違和感と居心地の悪さを感じたのだという。そういう据わりの悪さを感じて生きている人は、今の時代、意外に多いのではないかという気がしたそうだ。いかにも本物っぽく働きながら、実は拠りどころのない不安を抱えている人、あるいは家庭に入った途端、いきなり妻や母らしい振る舞いを求められてとまどっている人。

伊野治の正体は最後まで明らかにされることはない。医師と偽り村から多額の報酬を受け取ったことで、警察は詐欺罪だというのだが、伊野を連れてきたことで非難された村長は、じゃあ警察手帳を見せただけであなたが本物だと証明できるのかと刑事に問うた。

ラストシーンで意外な場所に現れた伊野治。八千草薫が最後に見せる表情に救われた。それにしても伊野治とは一体何者なのだろうか。

それでも恋するバルセロナ

2009年06月30日 | 映画

6月28日(日) 晴れ。

梅田ピカデリー2でウディ・アレン監督作品『それでも恋するバルセロナ』を観た。
この作品での演技が評価されてペネロペ・クルスがアカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得した。
そういうことからなのか、
ウディ・アレン監督作品としてはめずらしく松竹洋画系映画館でのロードショウ公開。
ペネロペちゃんはひじょうにエキセントリックな役。こわかったです(苦笑)。


■それでも恋するバルセロナ
2009年6月28日(日) 梅田ピカデリー2
http://sore-koi.asmik-ace.co.jp/

この作品の中に老詩人が登場する。
彼は世界に復讐するために詩を書く。
彼の詩は決して出版されることはない。
失われた美しい言葉の響きだけが詩なのだ。
人は皆、なくしたものを取り戻そうとするが、
バルセロナの夏は何も返してくれない。
風が運ぶのはスパニッシュ・ギターの調べだけ。

バーン・アフター・リーディング

2009年03月27日 | 映画
3月25日(水)、曇り。
本町の御堂会館で行われたジョエル&イーサン・コーエン監督作品
『バーン・アフター・リーディング』の試写会に行った。
http://burn.gyao.jp/

■バーン・アフター・リーディング
2009年3月25日(水) 午後7時 御堂会館
ヨドバシカメラマルチメディア梅田 presents FM802「DELICIOUS FRIDAY FUNKY THEATER」
http://funky802.com/service/Event/e/frame

●バーン・アフター・リーディング



まだ公開前。ネタばれになるので内容については封印しておきます。
でも、ちょっとだけ(苦笑)。
今回は『ノーカントリー』のように重くなく、『ファーゴ』に似た感じ。
コーエン兄弟らしいブラック・ユーモア。コメディーなので笑えます。
タイトルを直訳すると「読後に燃やせ」。
スパイ映画で「この文章は読み終わったと同時に燃えてなくなります」
というのがありますが、そんな意味なんでしょうか。

アキレスと亀

2008年09月23日 | 映画

9月21日(日) 雨。

テアトル梅田で北野武監督作品『アキレスと亀』を観た。
http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/

■アキレスと亀
テアトル2 11時45分の回 指定席C-01

[あらすじ]
幼い頃から絵を描くのが好きだった真知寿(まちす)。
父の会社の倒産、両親の自殺という辛苦を味わい、
やがて画家になるだけしかない人生を歩むことになる。

青年期には彼は生活のため働いていた印刷工場で
幸子という女性と出会い結婚する。
よき理解者を得た真知寿だが、
世間の評価や成功を得ることはできなかった。

中年になった真知寿。創作は続けるものの、
作品は全く売れず、
常軌を逸した創作姿勢に夫婦の絆も破綻してゆくのだった.....
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タイトルの「アキレスと亀」は、足の速いはずのアキレスが、鈍くても一歩一歩、着実に歩を進める亀を追い越すことができないという数学上の理論「ゼノンのパラドックス」という逆説からで、現実には詭弁であるそうだ。この作品では真剣にアートをやっていれば売れる売れないは別の話で、創作し続けること自体がアートで、それに意味があるし、いちばん大切なことなんじゃないだろうか、という北野武の想いが込められている。

『TAKESHIS'』、『監督・ばんざい!』とこの作品で三部作になるのだという。前の二作で俳優、映画監督としての北野武を自己批判したが、その答えとして『アキレスと亀』では、たとえ興行成績が悪くても、変わらずにこれから先も映画を撮り続けるのだということを表明している。

そういう意味で北野武監督作品の中でも異色で、拍子抜けするようなラストに観終わった後は、果たしてこれでよかったのだろうかと思ってしまったが、次作に繋がるような淡い期待感を胸の内に感じた。そうした希望というのは明らかに前作までの作品にはなかったもので、ある種の戸惑いがあったものの余韻が静かに心を満たしたのも事実であった。

TOKYO!

2008年09月16日 | 映画

9月15日(月・祝) 曇り時々雨。
映画『TOKYO!』を梅田スカイビル・タワーイースト4Fの
梅田ガーデンシネマ1で観た。

■TOKYO!
http://www.tokyo-movie.jp/

梅田ガーデンシネマ1
12時10分からの回 整理番号18番

東京を舞台にした短編映画3作品のオムニバス。
ミシェル・ゴンドリー監督の『インテリア・デザイン』、
レオス・カラックス監督の『メルド』、
ポン・ジュノ監督の『シェイキング東京』の3作品からなる。
主題歌はHASYMOの「Tokyo Town Pages」。

ミシェル・ゴンドリー監督の『インテリア・デザイン』は
藤谷文子、加瀬亮、伊藤歩、大森南朋、妻夫木聡、でんでんの出演。
不思議な世界だった。途中から全く予測不可能となった。
短編映画ならではの作品。

この映画を観たのは、レオス・カラックス監督が1999年の
『ポーラX』以来9年ぶりにメガホンを取ったと聞いたから。
主演はドゥニ・ラヴァン。レオス・カラックスとは
『ポンヌフの恋人』以来16年ぶりのコラボレーション。
ずいぶんと期待していたのだが、裏切られた印象。
タイトルの『メルド』はフランス語で「糞」の意味。
推して量るべし内容といおうか。残念だ。

ポン・ジュノ監督の『シェイキング東京』は
香川照之、蒼井優、竹中直人が出演。このキャストで悪いはずがない。
3作品の中でいちばんおもしろかった。
タイトルの「シェイキング」は「ゆれる」の意味。
地震で揺れる、恋に心がゆれるのダブル・ミーニング。
最後のゆれが最も大きいのはもちろん「恋」だからだろう。
「ピザ屋の彼女」蒼井優がよかった。

The ショートフィルムズ

2008年07月28日 | 映画

■The ショートフィルムズ
2008年7月21日(月・祝) ABCホール
15時の回

晴れ。

朝日放送新社屋完成記念イベントのショートフィルム・フェスティバルを観に行った。
http://www.asahi.co.jp/new/
http://www.asahi.co.jp/new/shortfilm/index.html



ネットで観客募集していたので崔洋一監督作品『ダイコン ~ダイニングテーブルのコンテンポラリー』の舞台挨拶がある午後3時からの回に応募。舞台挨拶は崔洋一監督、小泉今日子さん、樹木希林さんの予定だったが、崔監督は沖縄での撮影のため来られず、小泉今日子さんと樹木希林さんだけで舞台挨拶。舞台挨拶というよりトークショーという感じで上映前に30分くらいやりました。司会はアナウンサーの三代澤康司さん。

何を隠そう僕はかつてKYON2のファンだった。熱烈なファンではなかったけれど、カレンダーとか雑誌とか購入したりしていた。でもご本人を見るのははじめて。もうね、顔が小さくてすらりとしていてきれいでした。あのオーラはなんでしょう。背筋をピンと伸ばして黒い夏服を着て、髪をひっつめていました。希林さんは和服。あぁ、もちろん希林さんもはじめてでした。

話題は細野晴臣さんのことから。『ダイコン ~ダイニングテーブルのコンテンポラリー』に出演しています。そうそう今回は『ダイコン ~ダイニングテーブルのコンテンポラリー』だけではなくてショートフィルム5作品全て観られる上映会でした。僕だけじゃなくて勘違いしてる人がほとんど。このフェスティバルの趣旨がうまく伝わってなかったみたいです。



崔洋一監督の劇場用映画デビュー作『十階のモスキート』(1983年)が小泉今日子さんの映画初出演作だったとか。しかし主演の内田裕也さんや安岡力也さんといった出演者の印象が強くて監督のことはあまり覚えてないという。そういうことは裕也さんが喜ぶので伝えておくと樹木希林さん。現在崔洋一監督は日本映画監督協会理事長で、小泉今日子さんは監督とお会いする度に激励の言葉をかけられて感謝しているそうだ。

希林さんと小泉今日子さんは久世光彦さんのドラマで共演があるものの本格的な共演は今までほとんどなかったとか。「女の一生」というテレビの時代劇で共演したくらいだとか。

共演者の細野晴臣さんとは顔が似ているのだと希林さん。お互い周りから似ていると言われていて、細野さんが全く嫌がってないので希林さんも嫌ではないと話していた(ということは本当はあまりうれしくないということでしょうか)。希林さん自身は故宮沢喜一元首相と似ているって前から思っていたそうだ。映画初出演の細野さんの演技については飄々としているように見えて目が真剣だったというようなことを話していた。

今回のショートフィルム全作は「こども」が共通のテーマなのでそうした話題もあった。内田也哉子さんとは2世帯住宅で同居しているとか。実は小泉今日子さんとはご近所さんでお互いにお宅訪問をしたことがあるらしい。希林さんの部屋には庭の緑が見えるお風呂があるそうだ。

小泉今日子さんは賃貸マンションにずっと住んでいるとか。ご自身は三姉妹で上の姉とは8歳違い。小学校の頃はその姉を母親だと錯覚していたという。母上はかわいらしい人でまるで妹みたいな存在だとか。

希林さんが今公開されてる『歩いても歩いても』で共演したYOUさんと小泉今日子さんは仲が良くて、一緒にいることが多いという。大抵YOUさんから「今日子いる?」と電話がかかってきてお酒を飲むのだとか。「あたしらこれからどうすんのよ?」と話しながら飲んでいるという。

希林さんは浅田美代子さんと仲が良いらしく、会うといつも整形の話をするそうだ。誰がどこを整形したとかそういう話。「あなた、やってみなさいよ」とそういう話を加藤治子さんを交えてすることもあるという。

これからについては小泉今日子さんは「寝て暮らせたらいいんですけどそうもいかないので来る仕事を拒まずに続けます」と話していたが、希林さんは浮き沈みの激しいこの世界で小泉今日子さんがこれだけ長く生き残れたのは本人に自覚があったからだと絶賛。希林さん自身はもう年金もらってますからと話していた。

『展望台』、『TO THE FUTRE』、『イエスタデイワンスモア』、『タガタメ』、『ダイコン ~ダイニングテーブルのコンテンポラリー』の順番で5作の短編映画が上映された。全作品に共通するテーマは「こども」。それぞれ20分くらいずつで、監督の主観によって短編映画の撮り方が違っていた。

上映後にアンケートで「どの作品が1番よかったか?」という問いがあり、僕は李相日(Lee Sang-il)監督の『タガタメ』を選んだ。胸を打つストーリーが決め手となった。とはいえストーリー自体に重きを置いてない作品もあり、「この続きを観てみたい」と思わせるものもあった。そういう意味では「作品に優劣を付けてどうするのか」という受け手側からの問いがあった。全体で1時間40分弱の尺ならその中で楽しんだらいいのではないだろうか。

舞台挨拶があった『ダイコン ~ダイニングテーブルのコンテンポラリー』については、細野さんの役を坂本龍一さんにやらせたらおもしろかったのにと思った。はまり役だと思う。小泉今日子さんはほとんどノーメイク。バブルの頃のフラッシュバックがあって、そのシーンでは髪型とか化粧とか服装とかにリアリティーがあった。案外小泉さんはそうしたところにこだわる。たぶん、それが女優小泉今日子の本質なんだろうなと思った。

ノーカントリー

2008年04月24日 | 映画

4月6日(日) 晴れ。

TOHOシネマズ梅田シアター10で『ノーカントリー』を観た。
http://www.nocountry.jp/

■ノーカントリー
ジョエル&イーサン・コーエン監督作品。
第80回アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞(コーエン兄弟)、最優秀脚色賞(コーエン兄弟)、最優秀助演男優賞(ハビエル・バルデム)、4部門受賞作品。

[STORY]
1980年代のテキサス、メキシコ国境近くの荒野で、ベトナム帰還兵のモスは死体の山に囲まれたピックアップトラックを発見した。麻薬取引のもつれから銃撃戦となったようで現場には大量のヘロインと200万ドルが入ったバッグが残されていた。危険な金だと知りながらモスは出来心でバッグを奪ってしまった。金を奪われた麻薬組織は殺し屋シガーを雇い現場から逃げた男を捜がしていた。そこで置き去りにされたモスの車を発見し、モスはシガーから追跡されることになってしまった...

久しぶりに金を出して観たいと思った映画。見終わった後の何とも言えない重い気分。映画館を出てしばらく歩いて、iPodで佐野元春の「コヨーテ、海へ」を聴いたが、重い空気を追い払うことはできなかった。血と暴力が苦手だという人は見ないほうがいい。北野武監督のように殺人シーンは省略されているとはいえ、かなりキツい。上映中、女の人がひとり出て行ってしまった。一体何人死んだんだろう。

原作はコーマック・マッカーシーの『血と暴力の国』。コーエン兄弟はほぼ原作通りに映画を撮った。ただ映画は唐突なラストが不可解さと居心地の悪さを残す。一体、トミー・リー・ジョーンズの保安官はどうしてしまったのだろうと。

原作ではラストが丹念に描かれているそうで、僕は映画のパンフレットを読んでようやくこの映画の意味が理解できた。原作者のマッカーシーは「死の問題と取り組まない作家はシリアスな作家ではない」と言う。シガーという殺し屋には彼なりのルールがあり、それに沿って人の命を奪う。それは「突然の不条理な死」ともいえるが、人生にはそもそも「死」があらかじめ用意されていて、人は誰も自分の死を予期することはできない。それ故にシガーは形骸化した「死」を現実化させる存在だともいえる。

一方でラストのトミー・リー・ジョーンズの保安官が見た夢の物語は原作では「希望」として描かれているそうだ。映画ではその部分がわかりにくい。「突然の不条理な死」だけが大きくクローズアップされた形で、それが不可解さと居心地の悪さを残したのだと思う。

タロットカード殺人事件

2007年11月24日 | 映画

11月18日(日) 曇り。

大阪市長選挙の投票に地元の小学校へ出かけた。その後、ウディ・アレン監督作品『タロットカード殺人事件』をシネ・リーブル梅田で観た。

タロットカード殺人事件
2007年11月18日(日)
シネ・リーブル梅田 シアター1
整理番号65番(12:30の回)
ウディ・アレン監督作品
スカーレット・ヨハンセン、ヒュー・ジャックマン、ウディ・アレン

[STORY]
アメリカ人学生サンドラ・ブランスキーは大学でジャーナリズムを専攻している。夏の休暇でロンドンに住む友人のヴィヴィアンの邸宅を訪ねていた。

ある日、サンドラはヴィヴィアンに誘われるまま、下町の劇場でマジック・ショーを観賞中、お喋りなマジシャン、スプレンディーニに指名され、箱に入った人間が消えてまた現れるというチャイニーズ・ボックスの中に押し込められる。

箱の中の暗闇でサンドラは三日前に急死したジョーという敏腕新聞記者の幽霊と遭遇。ジョーは三途の川の船上で掴んだ特ダネをサンドラに託すのだった。現在、ロンドンを騒がせている連続殺人事件「タロット殺人事件」の犯人が、高名な貴族ライモン卿の息子で、新進政治家のピーター・ライモンだというのだ。

半信半疑のサンドラはその夜、インターネットで事件と新聞記者ジョー、そしてピーター・ライモンのことを調べる。スクープをものにしたいサンドラは、翌日、マジシャンのスプレンディーニに、もう一度チャイニーズ・ボックスの中に入りたいとかけあう。箱の中でジョーの幽霊に会ったことを話すのだが、スプレンディーニは全く相手にしない。そこにまたジョーの幽霊が現れ、「ピーター・ライモンが犯人だという証拠を探せ」と告げるのだった...
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ウディ・アレンが仕事現場をイギリスに移し、ロンドンを舞台として撮影した監督作品の二作目。『マッチポイント』に続いてスカーレット・ヨハンセンを起用している。スカーレットはダイアン・キートン、ミア・ファーロ同様、ウディのミューズとなり、今年製作されたウディ・アレン・スパニッシュ・プロジェクトにも出演しているそうだ。

今回は『僕のニューヨークライフ』以来2作ぶりのウディ出演作で、ウディはマジシャンのスプレンディーニを演じている。最初から犯人がわかっていて、証拠を集め追及するドラマを業界用語で「倒叙」というらしいが、物語はコメディーの要素が入ったミステリーとして進んでゆく。名探偵ポワロとマープルで有名なアガサ・クリスティー小説のオマージュとなる探偵物語だ。

スカーレット演じるサンドラは変装こそしないが、ジャーナリズムを専攻する大学生で普段はめがねをかけてる。めがねをはずすとブロンドのセクシーな美女になり、ヒュー・ジャックマン演じるピーター・ライモンのハートを射止める。二人の出会いとなるプールの場面で、スカーレットは赤いセパレートの水着で濡れた肢体をさらすのだが、男ならイチコロとなるようなスタイルの良さで、ウディの演出にやられてしまう。実際、この場面は伏線として後で登場するので、そういう意味でも鮮烈な印象を残して置きたかったのだろう。

貴族といえども人間には変わりなく、欲望が破滅へと導くのだが、どんでん返しがあって、その部分はひっかかりがある。というかうまく騙されたわけなんだが、ネタバレになるので今はここで書かない。後から考えると本当にすぐれたシナリオなんだなと思った。最後に「アメリカ映画ならハッピーエンドなんだが」という台詞がありオチとなっている。いかにもシニカルなウディらしい一撃だった。

夕凪の街 桜の国

2007年08月20日 | 映画

夕凪の街 桜の国
2007年8月14日(火) 晴れ。
シネ・リーブル梅田シアター1で『夕凪の街 桜の国』を観た。

あらすじ
・夕凪の街
原爆投下から13年経った広島。平野皆実は母と二人で暮らしている。水戸に疎開した弟の旭は、疎開先の友達と離れがたく、広島には戻らず、叔母夫妻の養子になった。原爆は家族を奪ってしまった。皆実にはあの日に亡くなった妹・翠の声が今も聞こえる。自分だけ生き残ったことが彼女を苦しめ続ける。そのことを誰にも言い出せなかった。なぜなら周りの人たちは誰一人として原爆のことを話さなかったからだ。

ある日、皆実は会社の同僚打越から愛を告白された。うれしかったが、原爆の悪夢が彼女を襲い、「私一人だけが幸せになっていいのか」と打越に問うた。彼女の苦しみすべてを聞いた打越は「生きとってくれて、ありがとう」と言うのだった。その言葉は皆実を勇気付けた。原爆の悪夢はどこかに消えていきそうだった。

しかし、次の日、皆実は体調を崩してしまう。原爆症を発症したのだった。髪の毛が抜け、どす黒い血を吐いた。血の中に塊のようなものがあった。内臓の一部が溶けて出たのだ。皆実の身体に黒い斑点が出た頃、弟の旭が見舞いにやってきた。

旭は彼が赤ん坊の頃に撮られた家族写真を皆実に見せた。写真を毎日見ていたから、亡くなった父も翠のことも知ってるのだと旭は言うのだった。「私のことも忘れんといてね」と言う皆実。その日、皆実は息を引き取った...

・桜の国
平成十九年、夏の東京。石川七波は最近、父・旭の様子がおかしいと感じていた。弟・凪生に相談するが、その間に父は黙って家を飛び出した。それに気がついた七波は父を尾行することにした。

駅に向かった父は電車に乗り遠くまで行くようだった。お金の持ち合わせがなかった七波だったが、偶然、小学校時代の同級生だった東子と出会う。彼女の協力を得て東京駅まで後をつけて来たが、父はそこから夜行バスに乗り広島に向かうようだった。尾行はここまでだと思った七波だったが、なんと東子は広島まで付き合うと言い出す。そうして尾行はまだ続くのだった。

夜行バスの中で東子との会話から小学校の時に住んでいた桜並木の街の団地生活を思い出す七波だったが、それはあまり思い出したくない過去だった。その街で七波は祖母の平野フジミと母を失った。祖母は八十過ぎまで生きたが、晩年は記憶が混濁し、七波を娘の翠の友だちだと思い込んでいた。

母は四十代前半で亡くなった。母の突然の死について誰も何も教えてくれなかった。だが、七波は母が広島出身だということが死因と何か関係があるんじゃないかと思っていた。

朝になり広島に着いた。父の後をつける七波と東子。父は年老いた女から何かを受け取り、その女性が持ってきた洋服を見て涙を流した。不審に思う七波。東子は飽きてしまったのか、せっかく広島に来たのだから、原爆ドームに行ってくると、ケータイの番号を書いた紙切れを七波に手渡して行ってしまった。

その紙切れは弟・凪生が東子に宛てて書いた手紙のようだった。東子の両親は凪生との交際を快く思ってなくて別れるように言ってるらしく、凪生は東子の両親の言い分に理解を示していた。戦後62年、広島の戦争は終わってなかった...
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原作はこうの史代の漫画。監督は『チルソクの夏』、『出口のない海』の佐々部清。主演は田中麗奈、麻生久美子。

昨年観た『紙屋悦子の青春』のことを思い出した。前半の『夕凪の街』はもう涙、涙だった。アソクミが素晴らしい。何度も何度も泣いてしまった。原爆で亡くなった妹・翠のくだりは胸が締め付けられた。皆実、旭の母役の藤村志保も良かった。
『桜の国』ではプリプリの「ダイアモンズ」が劇中で上手く使われていた。佐々部監督は『チルソクの夏』ではピンクレディーの歌を上手く使っていた。
クライマックスの部分は漫画らしい展開なのだが、旭役のマチャアキの最後の台詞にはやられた。最後の涙は、でも、苦しかった。

監督・ばんざい!

2007年07月24日 | 映画

2007年6月10日(日) 曇りときどき雨。
テアトル梅田2で北野武監督作品『監督・ばんざい!』を観た。60席のミニシアター。上映30分前に行ったが指定席が取れた。結局その回は満員となった。入れ替えの時に客層を見たが意外に20代が多かった。北野映画のファン層ってこんなに若かったかな。お笑い映画としては大笑いするシーンが少なかった。毒気もそれほど感じられず。後半のスピード感、矢継ぎ早の展開が芸人としてのセンスですかね。

映画監督キタノ・タケシの代表作はギャング映画だったが、「もう暴力映画は二度と撮らない」と宣言してしまい、次の作品について思い悩むことになった。それでもヒット作を世に送り出そうと、これまで手を付けてこなかったタイプの映画に挑み、片っ端から撮影することにした。

小津安二郎風人情劇の『定年』、恋愛映画の『追憶の扉』、昭和30年代を舞台にした『コールタールの力道山』、最大のヒット作となった時代劇の続編ともいえる『青い鴉 忍 Part.2』、ホラー映画の『能楽堂』。しかし、どれもありえない理由で中断。最終的にはSFスペクタクル作品を撮りはじめるが、ストーリーは次から次へと脱線していくことになる...

劇中映画が中断する度にタケシ人形が出てきて死んでいく。キタノ・タケシはタケシ人形に責任を取らせて自殺させるわけだが、それはビートたけし自身が起こしたバイク事故の時に、事故現場でズタズタになった人形を見たという臨死体験の話を思い出させた。

前作の『TAKESHI S'』でもそうであったが、この作品でもタケシを殺す北野武がいる。しかし、ここでは前向きな変化があり、死んだタケシは何度も蘇えって、その度に強くなっていくのだ。最終的なオチはどうであれ、その点がこの映画の真価だと思った。

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

2007年03月30日 | 映画

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
Kampo presents 特別試写会 2007年3月25日(日)

リリー・フランキーのロング・ベスト・セラー「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」が劇場用映画になり、4月14日から公開される。3月25日(日)、Kampoの特別試写会が天満橋のエル・おおさかであり、運良く当選したので、一足早く観に行ってきた。

オカンとオトンが別居して、ちくほうのオカンの実家で過ごした少年時代から、ほぼ時系列に進行する。フラッシュバックの手法を使って過去に遡るといった演出があり、ボクが現在いるのは、窓から東京タワーが見える病室で、オカンを見舞いながら仕事をしているのだとわかる。

劇場映画版では、この現在に至るストーリーに伏線を張りつつ、実はそんなに重要視していない。鼻メガネのシーンは外せないものの、ここは敢えてポイントを抑える程度で見せ場はほとんどない。そのせいか前半は淡々とした印象があった。

しかし、この劇場版作品の本当の素晴らしさは窓から東京タワーが見える病室でオカンとボクが過ごした時間の中にある。現実を前にして、どうしようもなく無力なボクと、癌と戦うオカンの苦しみに、胸がキリキリと締め付けられる。目頭が熱くなり、頭がジンジンして、喉の奥はヒリヒリする。

劇場版では実は二度泣いてしまった。最初はオカンが意識朦朧とした中でうわごとを言うシーン。あのシーンは本当に苦しかった。息が詰まりそうになった。二度目はオダギリジョーが泣く場面。まぁ僕は人が泣いてる場面が苦手で、以前から心が動かされてしまうのだが、オダギリジョーの涙を見てもらい泣きするとは思わなかった。

最後にリリー・フランキーについて話したい。僕はあまり好きな人ではなかった。だから原作も読まなかった。でも最近は、この人はとても優しい人ではないのかと思いはじめている。この間、坂本龍一のポッドキャスティングを聞いてると、ゲストにリリー・フランキーが出てきた。番組の冒頭で坂本龍一は「会う前はあまり好きじゃなかったんですよね、実は(笑)。でも会うと好きになっちゃうんだよな」なんて話していた。どうも誤解されてるところがある人みたいだ。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」はいつか読んでみようと思う。試写会は7,8割が女の人だった。それも若い人はあまりいなくて。そんな人たちに支持されるようになるとは...