
私がリアルタイムでラジオから流れてくる中島みゆきの歌を聴いていた頃、世間では彼女のことを “ニューミュージックの歌姫” などと言ってそっち系にカテゴライズしていたが、当時の私にとって “ニュー” ミュージックの象徴はユーミンであり、中島みゆきの歌の中にそれとは真逆の “懐かしさ” すら感じさせる昭和歌謡的なエッセンスを見出していたこともあって、自分の感性と世評との隔たりがどうにも理解できなかった。あれから50年近い年月を経た今聴くと、古いとか新しいとかいった次元を超越し、中島みゆきの歌は時空を超えて永遠に聴き継がれていくのだということがよくわかる。今回はそんな彼女の80年代前半のヒット曲を集めてみた。
⑦ひとり上手(1980)
「おもいで河」「りばいばる」「かなしみ笑い」といった一連の哀調シングルや、少し前に出たアルバム「生きていてもいいですか」で見られた過剰なまでの感情表現(←山崎ハコと並んで “根暗の極北” みたいな扱いをされてた...)への反動からか、9thシングルの「ひとり上手」は哀愁を感じさせながらもポップで聴きやすい私好みの作品になっており、めちゃくちゃハマって毎日毎日アホみたいに聴きまくっていた。とにかく歌詞と旋律の素晴らしさを極限まで引き出した彼女の歌い方が絶妙で、どうしてもソングライティングの方に話が行ってしまいがちな彼女の “シンガー” としての凄さを満天下に示した1曲であり、そこに非の打ちどころのない萩田光雄の器楽アレンジも相まって、彼女の全シングル中でもトップクラスの完成度を誇るキラー・チューンだ。
ひとり上手
⑧あした天気になれ(1981)
邦楽の世界ではシングル・レコードというのはアルバムに先行してリリースされるのが普通で、彼女もこれまでずっとその慣例を守ってきたのだが、この「あした天気になれ」は珍しいことに既に出ているアルバム「臨月」からのシングル・カット。“です”“ます”調の歌詞とその歌詞をメロディーに乗せていく手法がまるで井上陽水が憑依したかのような面白さで、それまでの彼女になかったシャッフル・リズムを使った曲調も新境地という感じがして好きなのだが、ただ一つ残念なのは星勝のアホバカ・アレンジが彼女の良さを殺してしまっているところ。中でも初めて聴いた時から違和感があったボコーダーが最悪で、今の耳で聴いてもやっぱりダサく響く。おそらく当時一世を風靡していたYMOサウンドを意識したのかもしれないが、中島みゆきの歌にテクノ色は1,000%合わない。そもそもアレンジというのは例えるならフランス料理におけるソースのような存在で、素材(すなわち原曲)の旨味を最大限に引き出すこともあれば、素材の良さを殺してしまうこともありうる “諸刃の剣” みたいなものなのだが、この曲では残念ながら後者になってしまっている。このクソみたいなボコーダーを排した “ネイキッド” ヴァージョンがあったらエエのに...
あした天気になれ
⑨悪女(1981)
アルバム「寒水魚」のリードシングルとしてリリースされたこの曲は、明るいメロディーとギター・アンサンブルが優しく響くポップで親しみ易いサウンドで、スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」のようなほのぼのとした温かみを感じさせるピアノも心地良く響く。出だしの “マリコ” でガッ!と聴き手の心を掴むあたりはさすがだし、それより何よりこの頃の彼女の声は実に艶があって良かった。強がりと素直になれない女性の複雑な心の内を見事に表現した歌詞は見事という他ないし、そんな悲しい女の歌を明るく歌うところが “みゆき流”。長調で軽快なサウンドが逆に辛さを増長させているし、素直な心の声 “行かないで~♪” の歌い方も絶妙なアクセントになっている。意地を張ってるだけの心優しい女性の悲しい歌にあえて「悪女」というタイトルを付け、聴く前と聴いた後でタイトルの印象を逆転させる彼女のセンスにも脱帽だ。尚、アルバム「寒水魚」収録のヴァージョンは後藤次利アレンジのベースが効いた退廃的なサウンドでイメージがかなり違うが、私は船山基紀アレンジのシングル・ヴァージョンの方が好きだ。歌詞、メロディー、演奏、アレンジ、歌唱と、どこをとっても非の打ちどころの無い完璧なポップソングだと思う。
悪女
⑩誘惑(1982)
この曲は彼女のオールナイトニッポンで “さしみ買った さしみ買った メシの続きを始めましょ~♪” という替え歌を聴いて以降、聴くたびにそのフレーズが頭に浮かんでしまってどうにも困っているのだが、曲自体はデビュー曲「アザミ嬢のララバイ」から延々と続いてきた昭和歌謡的哀愁路線の集大成と言っても過言ではない名曲中の名曲だ。風雲急を告げるようなイントロだけでもうつかみはOKという感じで、昭和歌謡の最良のエッセンスをこれでもかとばかりに詰め込んだメロディー展開に涙ちょちょぎれる。原曲の素晴らしさに磨きをかける船山基紀のアレンジも神ってるレベルだ。“あなた 鍵を置いて 私 髪を解いて~♪” の韻の踏み方はさすがという他ないし、“ガラスの靴を女は 隠して持っています 紙飛行機を男は 隠して持っています~♪” の対比の妙にも唸らされるが、私が一番感銘を受けたのは “悲しみをひとひら かじるごとに子供は 悲しいと言えない 大人に育つ~♪” という、凡百のポップソングとは激しく一線を画す名フレーズで、改めて作詞家としての彼女の真骨頂を見た気がした。
誘惑
⑪横恋慕(1982)
二股をかけられた男の今カノに電話をかけるという展開は「愛していると云ってくれ」の冒頭に入っていた「元気ですか」以来だが、両者の雰囲気は全く異なっていて、ここでは敢えてアップテンポな明るい曲調で歌うことによって恋を失った喪失感を一層募らせ、諦めきれない切なく哀しい女心を表現しているところに彼女のストーリーテラーとしての匠の技を感じさせる。それにしても「悪女」「誘惑」そしてこの「横恋慕」と、この人一体どんな恋愛経験をしてきたのだろうと思ってしまうくらい失恋パターン(?)の引き出しが多い。船山基紀のアレンジの冴えも相変わらずだし、一見鏡に写った風に見せかけて、ポーカーフェイスを装った右側の表情と、どこか物憂げな眼差しを向ける左側の表情が微妙に違うという凝ったジャケットの演出にも唸ってしまう。「横恋慕」というタイトルも日本語マイスターの彼女ならではだ。
横恋慕
⑫あの娘(1983)
サビでいろんな女性の名前を速射砲のように列挙していく歌詞(←今や絶滅危惧種といえるくらい見かけなくなった「子」で終わる女性名の連発が昭和世代の私の耳に心地良く響く...)が面白くて聴いていたら2番の歌詞が結構ヘヴィーでビックリ。“あの娘の名前を真似たなら 私を愛してくれますか... あの娘の口癖真似たなら 私を愛してくれますか... あの娘の化粧を真似たなら 私を愛してくれますか...” という If 3連発に続けて “あの娘をたとえば殺しても あなたは私を愛さない~♪” と Even if でストンと落とすところに彼女の天才を感じてしまう。キャッチーなメロディーにさりげなく “殺す” などという物騒な歌詞(←これが流行歌としてラジオから普通に流れていた昭和という時代のおおらかさが大好きだ...)を乗せて、テンポの良い軽妙洒脱なヒット曲に仕上げてしまうみゆき姐さんの鬼才ぶりが如何なく発揮された傑作だ。
あの娘