元禄2年の今日、
5月16日(旧暦3月27日)、
松尾芭蕉は「奥の細道」への旅に出た。
いまから330年も前のことである。
弟子の曽良をともない、
江戸の深川を出立。
日光、松島、平泉をまわって、
「あらたふと青葉若葉の日の光」とよみ、
山形を通って新潟から金沢へ。
「五月雨の降りのこしてや光堂」
「五月雨をあつめて早し最上川」
折からの梅雨と重なって雨に降られた模様。
宿は農家に泊めてもらったり、
安宿に泊まることもあった。
「一家(ひとつや)に遊女もねたり 萩と月」
「蚤虱(のみしらみ)馬の尿(しと)する枕元」
やがて大垣から伊勢へと向かうところで
病をえて、旅は終わり。
ぜんぶで5ヶ月、150日、600里にもなる
過酷な旅である。
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
辞世の句といわれている。
5月16日(旧暦3月27日)、
松尾芭蕉は「奥の細道」への旅に出た。
いまから330年も前のことである。
弟子の曽良をともない、
江戸の深川を出立。
日光、松島、平泉をまわって、
「あらたふと青葉若葉の日の光」とよみ、
山形を通って新潟から金沢へ。
「五月雨の降りのこしてや光堂」
「五月雨をあつめて早し最上川」
折からの梅雨と重なって雨に降られた模様。
宿は農家に泊めてもらったり、
安宿に泊まることもあった。
「一家(ひとつや)に遊女もねたり 萩と月」
「蚤虱(のみしらみ)馬の尿(しと)する枕元」
やがて大垣から伊勢へと向かうところで
病をえて、旅は終わり。
ぜんぶで5ヶ月、150日、600里にもなる
過酷な旅である。
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
辞世の句といわれている。
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