絵をいつも描いているところから、海の方を見た景色。田んぼの一番奥から、田んぼを通して海を見ている。まさか絵を描いていた田んぼで耕作することになるとは思わなかった。田んぼと海と空この兼ね合いが描くには難しい場所だ。
このたんぼ一枚が1反5畝ほどらしい。五段になっている。一段の高さは120センチほどの段差。田んぼの両側に水路がある。西側が排水路である。上部に沢があり、水が少し流れている。出来れば染み出ている山からの水で耕作できればと考えている。石垣島で田んぼをやることになったのだ。
農業は絶対にやらないつもりで石垣島に来たにもかかわらず、田んぼをやることになった。自分の役割と言うこともすこし意識した。もう新しく何かをやることがあるとは考えていなかったのだが、いくらかでも期待されるものがあるなら、答えるのが役割のように思う。もうひと頑張りしてみようと思う。老骨にむち打ってと言うのかな。
正直なところ今回の田んぼは冒険である。夜も眠れないほどの不安がある。石垣の気候や土壌が、まるで違うと言うことである。ここで取り組んできた有機農業が可能なのかどうか。考えれば考えるほど、困難な挑戦になる。二期作というのも初めての挑戦になる。どれだけ腐植を戻せるかが課題だろう。たぶん田んぼでも収奪的な物になりやすいのではないだろうか。余裕が出てきたときには、切り株から再生するひこばえ農法も研究したい。
自給のための有機農業の技術を石垣島での方法を見つけて、伝えたいと思う。自給の技術はこれから価値が出てくる。技術があるかないかが生きるか死ぬかに繋がる。石垣の亜熱帯の気候から来る限界があるのかもしれない。それでも私の考えてきた、自給稲作法で通用するものもあるのではないかと思っている。どこまでやれるか挑戦である。
農業者としての営農としてはこれからはますます難しくなる。自給のための市民が田んぼの田んぼの担い手になる時代が来る。来なければ田んぼがなくなり、日本が終わる。私が田んぼをやってきた、40年間はそういう農業の流れだった。農業者の平均年齢は私の年齢と同じに推移している。すでに70才を超えている。そんな産業はあるだろうか。
石垣島の名蔵湾沿いのシーラ原と言うところで田んぼを始めることになった。具体的な計画を立ててみる。場所はシーラ原で一番高い位置にある田んぼである。面積は一反5畝。沢の取つきにあり、沢からの水を引いてくることも可能な場所である。基盤整備もされていて、安定した水も使うことが出来る。ただ、1月頃の通水は出来ないようである。
シーラ原の一段高いところの奥に水が湧いている。その沢の続きに亜熱帯的な森がありその森に食い込んだような沢を登って行く、段々畑の田んぼの一番上の田んぼである。その沢の田んぼはすべてみやぎ米屋さんが耕作されている。その一番上の田んぼを市民が自給のために行う、有機農業のたんぼとして行う。
シーラ原は名蔵湾沿いにあり、名蔵アンパルから名蔵湾を崎枝の方向に向かう海岸沿いである。石垣島の観光地であるカピラ湾に向かう車が通る、広く開けた場所である。海沿いには道路がある。そして田んぼがあり、さらにその上の一段高いところにパイナップルとサトウキビの畑が数ヘクタール広がっている。石垣島の穀倉地帯と言うことになる。
この状態は赤土の流出が防げて良い農耕地の配置だと思う。気になるのは台風の強い風が直接当たりそうな所だ。特に二期作目では台風の遭遇はあると考えなければならない。台風の対策はあるのかないのか。何しろ、田んぼにイネがなかったと言うほどの風が吹くらしい。
シーラ原は石垣でも一番良いお米が採れるとされているそうだ。海からの風が通り抜けていて、湿気がたまりにくいため、イモチが出にくいそうだ。シーラ原では良く絵を描いていた。絵を描いていてもいつも風が通り抜けていて、夏の炎天下でも暑さをそう感じないですむ田んぼだ。そもそも蚊に刺されることがない。これはイネにとってはウンカが飛んでいってしまうという貴重な場所になる。
山は尾根続きで於茂登岳まで続いている。石垣島の田んぼとしては深い山に続いている場所ではないのだろうか。白水ダム系の良い水が配管されている。沢に流れてきていて、その水を昔は飲んだそうだ。干川さんが42年前開墾生活を始めた頃には水牛で耕作されたそうだ。
まず現状で、気がついたことを列挙してみる。
1,奥側の畦が低くなって崩れかけている。土が必要である。
2,一番奥には沢からの水が染み出ている場所があり、高さ的に水路を塩ビ管で越えさえすれば水が採れそうだ。
3,両側の水路は深く三面張りになっていて、水害の対処が出来ている。
4,道路から田んぼへの入り口当たりに4㎡ほど土を入れて平地を作りたい。
5,田んぼの奥側に道具置き場を作りたい。道具を置いて帰りたい。
6,道具は田んぼ線引き、トンボ、25メートルネット、プラステックポール150センチを25本,シャベル、草刈りかま、草刈り機。堆肥置き場、ブルーシート。コンバイン袋。コロガシ2台。タカの凧を準備。
7,水路の掃除。泥などがあれば、畦の補強に使う。
8,田んぼには稲刈り直後に米ぬかあるいはオカラを入れたい。そういう物がない場合はどうするか検討する。田んぼに撒いた後に、荒起こしをして、代掻きをして貰う。
9,代掻きをして、水張り管理を苗作りの間にしておく。
10,苗が出来たところで、田植えをする。もう一度トラックターで代掻き。
11,線引きで線を引いて、田植え。
12,苗床用のぼかし肥を作る。
13,田んぼの面積の正確な把握。
具体的な耕作計画。
7月半ば
種まき。小田原よりも一週早く生育すると見て。四週間の苗代。
7月中に
稲刈りが終わり次第に稲わらは刻んで散布できるのか。その上にオカラなどを蒔く。すぐ荒起こし、代掻き。
出来れば田んぼの一部に苗代を作る。苗代以外は水張り管理。
8月始め
5葉期二分ゲツになったところで、苗取り、もう一回代掻き、線引き、田植え、米ぬか蒔き。
8月半ば 田植え後一週間でコロガシ開始。繰返し転がす。
11月頃稲刈りか。