1974年の頃の僕は、アメリカのマウンテンミュージックやブルーグラスにどっぷりだった。朝は目覚ましの代わりに、タイマーセットのカセットから流れる「フォギーマウンテン・ブレイクダウン」で御目覚めだった。
ごぶさた、のJAZZであったが、秋吉敏子氏はちょっと夢中になった。
それまでのニューヨークで、どうにもならなかった彼女は72年西海岸に居住を移す。
やがて、タバキン氏と16人編成の「ビッグバンド」を結成する。
以降74年辺りから、目覚しい活動を見せるのである。
NHKホールでの彼女に、圧倒された。
人差し指を1本たて、その腕を天井に向ける。
その腕の動きが合図で「エレジー」が圧倒的迫力で迫ってきたのだ。
そのご、我が地元での、ピアノソロのコンサートなどは、自身の来歴やJAZZの話しなどがこれまた素敵だった。
ソロ・トリオなどもあるが、僕ビッグバンドの彼女が好きである。
ベイシーでもない、エリントンでもない、キレと深みは流石!なのである。
日本の旋律や楽器を入れる、それが又、野心ではなく、生まれからくる、さりげない、当然と思わせる力量がすごいのだ。
そういえばこの方、満州からの「引揚者」であった。僕の音楽の先生、岡田京子氏もそうであった。
思えば、我が妻も「満州開拓団の団長」の末裔であった。
どちらも、大陸的な方たちである。
僕は「大陸的」に弱いのかもナあ・・・・・