殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

10年越しのランチ

2020年07月06日 12時53分56秒 | みりこんぐらし
大雨で九州地方は大変なことになっていますね。

皆様がお住まいの地方は大丈夫でしょうか?

どうか早めの避難を心がけ

くれぐれも気をつけてお過ごしください。



さて10年ほど前に知り合った、一つ年下の女性がいる。

知り合うも何も、彼女はヤクルトレディとして

うちへ飛び込みセールスに来たベッピンさんだ。

レベルとしては、市毛良枝さんあたりの古風で可愛い感じ。


美しいカナエさんとは、なぜか最初から気が合い

週に一度の配達日におしゃべりをするのが習慣になった。

「今度、一緒にランチに行きましょう」

2人はいつもそう言い合う。

が、独り身の彼女はヤクルトの他にも仕事を持っていたので忙しい。

私も入院中だった義父の弁当を作ったり

家に居る義母に夕飯を配達していたため

たまに古手の友人と遊ぶので精一杯。

新たな交友関係を結ぶ余裕が無かった。


やがて我々一家は、同じ町内にある夫の実家で生活するようになったが

彼女は以前から、その実家にも配達に来ていたので付き合いは続いた。

やはりランチに行こうと言い合うが、彼女は相変わらずのダブルワーク。

私のほうは病気の義父母の世話に加え

倒産が秒読みになった義父の会社のことでバタバタしていたため

いつか、いつかと言いながら実現しなかった。


そのうちにカナエさんは、我が家との微妙な縁を告白。

以前、義父の会社に勤めていたA君は離婚した亭主であること…

彼女の母親の実家は、義父の両親が住んでいた家の隣であること…

私と似た境遇で育ったこと…

意外だったので、驚いた。

やはり一度、ゆっくりランチにと言い合ったが

彼女も私も、玄関脇の居間で聞き耳を立てている義母に遠慮して

日程を決めるに至らないまま数年が経過。


そして去年、彼女はヤクルトを辞めた。

ヤクルトの商品と仕事を心から愛していたが

自分の車で配達をするヤクルトレディは自営業の扱いで

車の経費が全て自分持ちのため

昔よりガソリン代が高くなった今、収入は減るばかりだという。

年齢的にダブルワークがきつくなったこともあり

もう一つの仕事に専念することに決めたのだった。


彼女は退職を機に、私とLINEのやり取りをするようになった。

そこでもやっぱりランチの話が出て、とうとう一度、日取りを決めた。

しかしその前夜、彼女の孫が病気になり

急遽、県外に住む娘の所へ手伝いに行くことになったので

取りやめとなった。


それから約1年後の先日、やっとのことでランチを決行。

立案から10年。

長かった。


ランチは、カナエさんが迎えに来てくれて

彼女の行きたい店へ行くことになった。

「お洒落ではないけど、穴場です」

とだけ聞いているが、いったいどこへ連れて行ってくれるのか

言わないし聞きもしない。

生い立ちが似ているからか、どっちも方向性は違うものの

少々変わっているところがあるからか

姉妹のような、あうんの呼吸が私たちにはあった。


そして迎えた当日。

カナエさんの赤い軽自動車に乗り込んで、出発だ。

それにしても、カナエさんの私服を見たのは初めて。

甘口な顔立ちとは裏腹に、キャップとパンツはミリタリー調よ。

それでいて、胸の開いたTシャツからのぞく鎖骨が色っぽいわ。

ヤクルトのイモな制服姿しか知らなかったから

ファッショナブルでちょっと驚き。


小柄だからこそ、ボーイッシュで可愛いミリタリー…

細いからこそ、出現する鎖骨…

大柄な私には夢よ。

こんな格好したら私、兵士になってしまうわ。

ついでに言うけど私、毛皮を着たらマタギよ。


ペチャクチャしゃべりっぱなしで、走ること1時間。

車はひたすら山間部へ向かっている。

お洒落ではないけど穴場って、こんな山奥にあったかしらん。

テキトー人間の私も、さすがに聞いた。

「どこ行くん?」


そう言っていると、目的地に着いた。

野菜販売所以上、道の駅未満…

つまり地元の住民がやっている、食堂兼農産物売り場。

確かにお洒落ではない。

時節柄もあろうが、お昼どきでも閑散としている。

確かに穴場かも。


ヨレヨレのおばあちゃんが3人で運営する食堂は

自販機でチケットを買うスタイル。

カレーや麺類、カツ丼もあったが

私たちはこの施設の名前が付いた定食を選んだ。

880円也。

小さなちらし寿司、小さなサラダに鶏のから揚げ2個

小さなヒジキの煮付け、小さな野菜の天ぷら3個

キュウリのぬか漬けが2枚

そして大きな天ぷらうどんのセットだ。


安いのか高いのか、よくわからない。

おいしいのかどうかも、実はよくわからない。

ただ全てが手作りで、おばあちゃんたちの誠意を感じる。

一人暮らしの長いカナエさんにとっては、正真正銘の穴場だ。

手作りという誠意が栄養になり、満足感になると思われる。


帰り道、カナエさんは言った。

「この次に会う時、もしよかったら

◯◯市にある△△寺へ一緒に行ってもらえませんか?」

理由をたずねると

「昔、ある人に、あなたの守護霊は薬師如来(やくしにょらい)だと言われたんです。

で、△△寺は薬師如来をまつってあると聞いたんで

一回、行ってみたいと思ってて…。

こんなこと言ったら笑われるから、他の人には言えないけど

みりこんさんなら笑わないでしょ?」


え…笑おうと思ったんだけど、笑いにくいじゃん。

薬師如来なんて大物が、そこいらの凡人にくっつくわけがなかろう。

まぁ信じるのは勝手だし、こういう錯覚がきっかけになって

その後の人生の過ごし方が変わることだってある。

そしたら最初にわかるだろう。

人に、薬師如来が守護霊なんて簡単に言うヤツは

ロクなもんじゃないってことがよ。


私は言った。

「薬師如来のお寺なら、うちらの町内にあるで」

「えっ?」

カナエさんは驚いていた。

「そこのお寺の娘さんは、うちの旦那の同級生。

遠くの寺に憧れるより、まず足元からよ。

どうせ帰り道なんだから、今から寄ってみる?

その人の言ったことが本当なら、何か感じるものがあるんじゃないかね?」

「ぜひ!」


そして私たちは問題の寺へ行った。

薬師如来の仏像を前に、私は問う。

「ねえ、どう?何か感じる?」

「…いいえ、別に何も…」

「懐かしいとか、温かいとか、何かさ」

「全然…」

カナエさんは残念そうだった。


その後、家まで送ってもらい、楽しいランチは終了。

また、人の夢を打ち砕いてしまった。

反省している。
コメント (8)
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