殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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受付のジョー・1

2019年12月27日 09時40分06秒 | みりこんぐらし
長らく同窓会の役員をしていた関係で


通夜葬儀の受付を数々やってきた。


現地で帳場に立つのはもとより


人数集めや集合時間の連絡、葬儀社との打ち合わせ


初心者への実技指導、不測の事態への対応など


受付の役目は多く


今や、不幸の受付においてはベテランを自負している。



そんな私を人はこう呼ぶ。


「受付のジョー」。


受付嬢と呼ぶには年を取り過ぎているからだ。



先日の通夜葬儀は、正直まいった。


亡くなったのは友人の息子さん。


面識は無い。


この春、社会人になったばかりだったが


突然の交通事故で帰らぬ人となってしまった。



子を持つ親なら誰でも思う。


「明日は我が身」。


逆縁の葬儀はつらいが、頼まれたからには


やるしかないじゃないか。



「遠くからありがとね〜、まだ実感がわかないのよ〜」


早めに通夜の会場へ行くと


友人は昔と変わらずひょうひょうと


微笑みさえ浮かべて言う。


彼女の冷静は私にとって救いだったが


あまりの衝撃に涙すら出ない状態なのか


他に何か別の理由があって平常心を保っているのか


その時はわからなかった。



葬儀社との打ち合わせは、入念だった。


というのも今回の受付は、私にとって初めての形態


「即日返礼様式」だからである。


即日返礼は、四十九日の茶の子を省略するためのシステム。


香典と引き換えに、その場で茶の子を渡してしまうのだ。



通夜葬儀で弔問客が香典を出すと


受付はそれを受け取り、記帳を促す。


ここまでは通常と同じだが、即日返礼はここからが違う。


即日返礼用の記帳カードは3枚複写になっていて


住所氏名電話番号の他に


香典の金額を記入する欄が設けてある。



記帳が終わったら、受付はその場で香典袋を開封するように‥


そう教えられたが、弔問客の目の前で香典袋を開けるのは


なかなかの気まずさ。


開封したら、記帳カードの金額と一致しているかを確認。


これもなかなかの気まずさよ。



金額が合っていれば、1枚目を帳場で保管し


2枚目と3枚目のカードを弔問客に渡す。


これを持って別に設置してある


返礼品専用の受付に行ってもらうよう案内するのだ。



弔問客はそこでカードを提出。


香典の金額に見合った返礼品を受け取る。


2枚目のカードはそこで保管し


3枚目のカードは返礼品に貼り付けて渡す。



わずらわしい茶の子の発送が無いのが人気だそうで


都会ではこのシステムが浸透しつつあるらしい。


最初から香典袋を用意せず


いきなり財布からお金を出す人もけっこういて、驚いた。



遺族が世話無しの分、受付の方は多忙だ。


一つの香典袋に連名で香典を入れてある時なんて


一人分ずつ別々のカードに記帳してもらう必要が生じる。


そんな連名の香典袋をたくさん持って来た場合


記帳を手伝わなければ通夜が始まってしまう。


その際に間違ったら最後、すごく面倒なことになる。



しかも連名で香典に乗っかるような人は


たいてい住所氏名の記入もいい加減。


それをカードに記入するのは、骨が折れる。


昔から、香典の連名は無作法と言われているけど


まったくだ。


連名が無作法というより、無作法な人が連名にするらしい。




即日返礼様式の受付にも慣れてきた頃


一人の中年男性が私の所へ来て言った。


「加害者の父親です。


本日は娘ともども、お悔みにうかがいました」


その口ぶりと態度、顔立ちから


ある程度地位のある、きちんとした家庭の


きちんとしたお父さんであることがうかがえる。



かたわらには優しそうな奥さんと


おとなしそうな若い娘さんが佇んでいた。


どちらもポロポロと涙をこぼしながら、うつむいている。


友人の息子さんと事故を起こしたのは


この女の子らしい。



息子さんは、県外の会社に勤めていた‥


バイクで通勤中、交差点を直進していて右折車と接触した‥


即死だった‥


これらは聞いていたものの


相手が息子さんと同年代の女の子だったのは知らなかった。



よりによって‥


私はそう思わずにいられない。


経験豊富な受付のジョーでも、このケースは初めてよ。


受付は4人並んでいるというのに


何で隣へ行かずに私の所なのよっ?



しかし受付のジョーとしては


ここでひるむわけにいかない。


「ご苦労様です‥御記帳をお願い致します」


努めて平静を装う。



娘さんは父親に促され、記帳用のボールペンを握った。


けれども手が震えていて、なかなか書けない。


あまりにも気の毒で、父親に代筆を要請しようか


それとも自分が代筆しようかと迷った。



が、父親は


「頑張って書きなさい」


と言うかのように、娘さんの背中に手を当てた。


自分で書くことも含めて、弔問だという意思が感じられた。



こっちも明日は我が身。


自分や我が子が加害者になったら


こうして弔問に行かなければならない。


何とつらいことか。




記帳台に置かれたまま震えている娘さんの手を


私は思わず握った。


緊張の極致だろう、氷のようだ。



「手が冷たいね…大丈夫よ…ゆっくりね」


また思わずそう言うと


一文字ずつ折りたたむように書き始めた。


漢字の難しい県と市だ。


さしもの受付のジョーも、代筆は無理だったわい。



「遠くから、よく来たね…えらかったね」


声をかけながら、こっちも泣けて仕方がない。


両親と娘さん、それに私の4人は


その場で号泣するのだった。


《続く》
コメント (7)
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