殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

イソップ君・5

2018年08月08日 08時36分27秒 | みりこんぐらし
資材とダンプの調達が暗礁に乗り上げ

大ピンチの永井部長に、田辺君から電話が‥。

「部長、困ったことになりました。

後から割り込んでおいて挨拶が無いと、C興業の社長がご立腹です」

永井部長がおねだり商法で割り込んだ仕事に

もう一つ、別の会社が絡んでいたのをご記憶だろうか。

その土木施工会社『C興業』は、本社から遠くて不便な山奥にある。


C興業との連携は、永井部長が直接取る‥

田辺君とは、そういう約束だった。

約束通り、永井部長はC興業へアポを取ろうとしたが

復旧で多忙な時である。

向こうのスケジュールが合わないうちに

資材やダンプが確保できないという問題が起き

遠いのもあって、C興業への訪問は保留になっていた。


C興業を片田舎の土建屋と思い込み

後回しになっても問題は無いと考える永井部長に

田辺君は優しく教えるのだった。

C興業はその昔、広い敷地を求めて都会から移転したこと‥

社長は田舎住まいの素朴なおじさんではなく、任侠出身であること‥

「だから、スジは通しておいた方がいいと思いますけど

もう手遅れかもしれませんね」


永井部長は、震え上がった。

それからどうしたか。

急に忙しくなった。

忙しくて行けそうにないということで、部下にC興業の訪問を命じる。

指名されたのは夫が可愛がっている本社の若き営業マン、野島君。

目ぼしいのは彼しかいないので、当然ではある。


野島君はC興業へ行き、挨拶と打ち合わせを済ませた。

部下が無事に帰って来たのを確認した永井部長は

「そろそろ君にも、責任ある仕事を与えないとな」

そう言って、この仕事を野島君に丸投げした。


危うくなったら「後進の育成」と称して部下に押し付けるのは

永井部長の得意技。

資材とダンプの確保という初動で、完全に行き詰っている今回は

ここで逃げるのが得策であった。


状況次第では、一旦部下に振った仕事を再び取り上げ

自分の手柄にするのも得意技ではあるが

田辺君が吹き込んだC興業の社長のプロフィールに

恐れおののいているため、その心配は無さそうだった。


永井部長は、なぜこんなに腐っているのか。

その理由を説明しておこう。


彼は長らく、本社の母体である生コンクリート部門の営業に携わってきた。

町でミキサー車を見かけたことがあるだろうか。

あの中に詰まっているのが生コンクリートである。


生コン業界は、我々と同じ建設業界の仲間ではあるが

システムが異なる。

どこが異なるかというと、組合方式で運営されている点だ。


農協組合、生協組合など、組合というイメージを思い起こしてもらいたい。

組合員の出資金で営まれ、強い結束のもと

みんなで助け合い、みんなで分け合う‥

組合には、そんな印象があるのではなかろうか。


生コン組合も同じで、仕事や利益を組合員が分かち合う。

極端に言うと、たとえ営業の成果が上がらなくても

会社が組合に入っていれば、ある程度の仕事と利益は回ってくる。

食いっぱぐれのリスクが少ないため、こちらの業界よりもユルくて上品。

食うか食われるかの我々とは、緊張感が違うのだ。


もちろん生コン業界にも優秀な営業マンはいて

会社と組合全体のために奮闘している。

我々のボスである河野常務もその一人。

けれども共産思考の弊害と言おうか

やり手の陰に潜んで、自分も営業をした錯覚に陥る者も出現する。


こういうのが年を取ってくると、実力の代わりに悪知恵がつく。

嘘とおべんちゃらが磨かれ

働いたフリ、援護射撃をしたフリがうまくなった月給泥棒‥

それが永井部長。


ついでに合併当時、営業課長として本社から我が社に差し向けられ

失敗続きのあげく別の生コン工場へ飛ばされた松木氏も

昔は別の生コン会社の営業。

彼は仕事ができない代わりに、幹部たちが好むタバコを常時持ち歩き

サッと差し出して慣れた手つきで火を点けてやっていた。

宴会で彼の上着をハンガーに掛けてやったことがあるが

同席している取締役のタバコがポケットというポケットに入っていた。

ひたすら上に媚びるという一点集中主義に、舌を巻いたものだ。


永井部長に松木氏、彼らが歩んだ後には

多くの犠牲者が累々と積み重なる。

その根拠を考えた時、両者とも生コンの営業という共通点は無視できない。



さて、永井部長の尻拭いをすることになった野島君。

資材とダンプの確保を難なく済ませ、仕事は順調に進んでいる。

資材は田辺君の会社から仕入れ、ダンプは我が社が集めるのだから

順調なのは当たり前だ。


田辺君の会社は、永井部長に売る資材は不足しているが

他の人に売る品物は、たくさんある。

我が社も、永井部長に回すダンプはタイヤ1本見つからないが

野島君に回すダンプは、何としてもつかまえる。


田辺君、夫、野島君の3人は最初からグルだった。

3人だけではない。

最初に倍の価格を提示した資材卸業のB社も

災害特別価格を要求したダンプ屋も

アポが取れなかったC興業も同じく。

「僕に直接何かしたら、その時はやる」

そう言っていた通り、これは田辺君の罠なのだ。


格下の相手が無理を言ってきた時は、まず一歩引いて相手の要求を呑む。

そして、簡単にこなせそうな条件をつける。

相手は喜んで承諾するが、その条件が満たされることは無い。

裏で工作して、動きを封じるからだ。


展開によっては、もっと広範囲に網を張る。

惑わせ、困らせ、時に手を差し伸べ

至近距離まで近寄らせておいて、目の前で扉を閉じる。

この繰り返しで、どこまでも追い詰める。


これは単なる意地悪や懲らしめではない。

簡単な約束すら守らなかった事実は

縁切りの理由として誰もが納得する公正なものだ。

公正な理由を手に入れたら最後、次からは容赦しない。

それが田辺君のやり方である。


復旧の仕事はこれだけではない。

復旧とは無関係の仕事も出てくる。

田辺君は永井部長の行く先々に手を回し、彼の動きをことごとく封じた。


これで永井部長は思い知ったか。

全然。

何につけうまくコトが運ばないのは田辺君が原因‥

そう気がついた永井部長は、田辺君でなく我が社を憎み始めた。

「〇〇建設と△△産業の仕事は断るように」

昼あんどんの藤村を通じて、我が社にそう伝えたのだ。

どちらも田辺君の紹介で、今回の災害復旧から取引が始まった

手堅い会社である。

永井部長は、田辺君と我が社を切り離す策に出たのだった。


断る理由として、本社の予診が通らない‥

つまり支払いが悪そうという予測が述べられ

「変な所と勝手に付き合わないように。

新規はまず営業部に報告して、許可を得てください」

との伝言も添えられた。


これは厳密に言えば越権行為。

立場上、我が社の取引先を選別する権限は河野常務しか持っていない。

この二社と取引が始まったことを河野常務が喜んだのは

つい最近のことである。

「うちの営業が何回行っても門前払いの会社だ。

よく入れたもんだ!」

河野常務はご満悦であった。

永井部長がこれに嫉妬したのは明白である。


よって我々は無視する所存だが

この伝言をそのまま田辺君にしゃべるかどうかは、家族で思案中。

自分が紹介した会社を「変な所」と言われ

支払いを懸念されたと知ったら、田辺君は何をするかわからない。

イソップ寓話のオチには、わずかながら救いがあるものの

田辺君にそれは無い。

寓話でなく、サスペンスになる。


これが昨日までの経過。

面白いことになったら、またお話するとして

今回はここまでで終わらせていただこう。

《完》
コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする