殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

薬膳忘年会

2014年12月31日 22時10分06秒 | みりこんぐらし
暮れも押し迫ったある日。

本社の経理部長ダイちゃんから電話があった。

「忘年会のことだけど…」


やるんかいっ?!

我々一家は驚愕した。


今年は無事お誘いも無く、終われると思っていた。

昨年のように高速ではるばる遠い都会へ赴き

本社の経営する気取った店でモヤシを食わされる恐れは

もう無いとタカをくくっていたのだ。


「今年はそっちの町でやろうと思うんだ。

あさっての土曜日なら河野常務も空いてるから

どこか取っといてくれる?」

ダイちゃんは気軽におっしゃる。

再び驚愕する我々。

いくら田舎だって、年末の土曜日だ。


信仰する邪教が悪いのか、加齢のせいなのか

今年の初めあたりから、彼の忘れっぽさは重症化している。

超多忙かつ律儀な河野常務の性格からして

空いている日を早くから伝えられていたのに

ダイちゃんが忘れていたに違いない。

ハッと思い出した時には、3軒ある本社の店は満席だったのだ。


よその店を使ってお茶を濁そうものなら

勘の鋭い常務にどやされるのは必至。

でもそこはダイちゃん、持ち前の機転で乗り切る。

開催する町を変え、こっちにゲタを預ければ

彼の信用だけは保持できるのだ。

思えば、このパターンで振り回された1年であった。


我々は困惑し、話し合った。

空いてりゃどこでもいいわけではない。

パリッとスーツで来るのに

破れ障子やすすけた畳の居酒屋では困る。

癌から生還した河野常務の胃腸への配慮も必要だ。


こういう時、我々には強い味方がいた。

「おっさん」である。

おっさんとは、おじさんの意味ではない。

和尚さんの略だと思うが、この辺りでは僧侶のことを

そう呼ぶのだ。

おじさんのおっさんとは異なり、最初の“お“にアクセントがくる。


おっさんは、夫の同級生。

由緒ある寺の跡取りだが、気取らず、偉ぶらず

芭蕉や山頭火を連想させるひょうひょうとした人柄は

檀家や同級生の崇拝を集めている。


「お内儀に」と、しょっちゅうお供え物や贈答品をくれる。

全国各地から届く寺への貢ぎ物は、品質がすごい。

本当にうまい物は寺に集まるらしい。

美味な果物やお菓子にすっかり魅せられた私は

義父アツシの葬式は、彼にお願いしようと決めている。

宗派が違うしお経は長いが、少々は我慢だ。


夫から話を聞いたおっさんは

「では薬膳がよかろう」

と、薬膳しゃぶしゃぶの店に予約を入れてくれた。

頑固な店主のこだわりの店で

この時期にイチゲンの我々が電話したら

まず断られること間違いなし。

だがここは、おっさんの檀家である。


おっさんの紹介ということで、サービスもたくさん付くらしい。

さすがおっさん!と喜ぶ我々であった。

かくして忘年会は、薬膳しゃぶしゃぶの店で行われることになった。


今年の忘年会は、我が社の営業課長、松木氏が抜けた。

営業成績ゼロ更新のままなので、我が社の職は解かれ

遠くの生コン会社だけの勤務になったのだ。

河野常務の使い走りとして、こちらへはたまに顔を出すだけだ。


こうなるとおかしなもので

松木氏をあれほど忌み嫌っていた夫は、すっかり彼と打ち解けた。

夫は、松木氏が変わったと言う。


松木氏もこの1年、苦労したのだ。

会社の新年会で「今年は結果を出す年にします!」

と宣言したばっかりに

「結果はまだか」「いつ結果を出すんだ」

ことあるごとに上層部から言われ続け、ほとほと参っていた。

続けるか退職するか悩んだあげく

河野常務に可愛がられている夫に歩み寄る方針が

最善と気づいたらしい。

背伸びをして小利口を装う者より、結局はバカが勝つのだ。


さて、忘年会は盛況であった。

健康志向の都会人達は、薬膳の配慮を喜んだが

最も賞賛されのは、デザートに出されたイチゴである。

見た目は硬そうでマズそうなのに

びっくりするほど甘い不思議なイチゴは

都会人のハートをわしづかみだった。


上機嫌の河野常務は、皆をカラオケに誘う。

町で唯一のカラオケボックスへ案内すると

その裏ぶれぶりにうろたえたが

遊び慣れているだけあって、歌はうまかった。

日頃、カラオケ上手を主張していたダイちゃんは

口ほどではないことが判明。


常務からトリを譲られた息子達は

鳥羽一郎の「兄弟船」を歌った。

兄と弟で頑張る姿…河野常務のツボを心得ているのだ。

彼らは最後まで、忘年会でなく接待をするつもりらしい。


2人の歌を聞きながら、涙ぐむ常務。

3番あたりになると、ほぼ号泣。

♩たった一人のおふくろさんに~ 楽な暮らしがさせたくて~♩

「そうか、そうか、お母さんを大事にして、えらいな」

歌詞をそのまま子供達に当てはめている。


♩熱いこの血はよぉ~ 親父譲りだぜ~♩

「うん、うん、親父譲りなのか、そうか、そうか」

メガネをはずし、涙を拭く常務。


歌い終えて、長男が言った。

「僕らの熱い血は、母譲りです」

ワハハと笑う常務。

泣いたり笑ったり忙しい人である。


大満足の河野常務とダイちゃんを自宅まで送り届け

忘年会はやっと終わった。

来年はやりたくないと祈る、我ら一家であった。


皆様、今年も本当にお世話になりました。

良い年をお迎えください。
コメント (12)
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