殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

松に夢中

2012年11月17日 14時46分19秒 | みりこんぐらし
現在、松に夢中である。

松の木は、庭に3本ある。

秋から冬にかけてのこの季節は、古い葉をむしって剪定する時期だ。

夫の両親の世話、家事、仕事の毎日で

どこにそんな暇があるのかと自分でも思うが

とにかく松の葉っぱをむしるのが、大好きになってしまった。


原因は、以前登場した早川氏。

両親の入院が相次いだこの2年、庭の木々は放置され、生い茂ってしまった。

手が付けられなくなったのをバッサバッサと刈りまくってくれた、恩人である。


「楽しいから、やってごらん」

先日、早川氏はうちに来て、松のむしり方を教えてくれた。

最初は、内心ありがた迷惑だった。

いっそ全部やってくれと言ったら、腱鞘炎になったから無理だと言う。

なにしろ恩人なので、帰れとも言えず、シブシブやった。

適当にやり過ごして、残りは6月に松だけ剪定してもらった近所のおじいちゃんに

またアルバイトを頼もうと考えていた。


が、やり始めたら面白くなってしまった。

無心に没頭…この心境は多分、荷物の梱包の時に使うプチプチを潰したり

パチンコをしている人と同じ気分なのではないかと思う。

こんな楽しいことを人にやらせるのは、もったいないとすら思う。

わずかな暇を見つけては、脚立にのぼって

ひたすら松、松、松の日々である。



私には、もう1つ夢中になっている松がある。

会社にいる松木氏。

もう、家族で夢中なの。


この秋から、大手企業の子会社として再出発した我が社の建物は

うちの名字をつけた株式会社と、親会社の営業所とを兼ねている。

業務内容は、これまでとほとんど変わらない。

変わったのは、経理が夫の姉カンジワ・ルイーゼから私に交代したことくらい。


一応は営業所なので、親会社は一人の男性を雇った。

これが松木氏である。

松木氏は、夫より1つ年上の56才。

数年前まで、隣市にある建築関係の会社の役員だったという。

リストラ後、しばらく畑違いのアルバイトをしていたそうだが

このたび幸運な再就職をはたした。

横柄…いや貫禄のある言動は、さすが元役員である。


若い頃は間違いなく、パンチパーマにセカンドバッグ

金具付きのエナメルシューズと、ゴールドネックレス愛用者だったと思う。

この業界では人口比率の高い“プチやさぐれ”だ。

このタイプはルイーゼの好物であるが、今となっては会う機会も無い。


営業課長として迎えられたからには、松木氏の主な仕事は営業である。

加えて、遠方の親会社と我が社との連絡係やサポート係も兼ねることになった。

入社時、年間1億の売り上げ目標を豪語していたものの

着任して3ヶ月、営業成績ゼロ。

最初は「徐々に、でいいですよ」と言っていた本社も、厳しくなってきた。


「月間800万…800万…」

採用当初「年間1億…」と口癖のようにつぶやいていた松木氏だが

いつしか1億は、12ヶ月で割った数になった。

他の業種ではいざ知らず、年間目標を月割りにする時点で

単価の高いこの業界の営業職に向かないのは顕著だ。

我が社に不足しているのは営業力だと見て、親会社は彼を送り込んだわけだが

そんなみみっちい計算をする男に、大間のマグロは食いつかん。


松木氏は、焦っていた。

年齢的に、ここを辞めたら就職は無さそうだ。

焦るのは勝手だが、本分である営業をあきらめ

チクリ…いや連絡係と、邪魔…いやサポート係を頑張るようになっていった。


追い詰められた人間の多くは、自分が浮かぶよりも

他者の足を引っ張って沈めるほうを考えるものだ。

まさかと思うようなネタでも、その気になれば使えるらしく

あることを脚色し、無いことをねつ造しては

言った言わないで親会社とモメさせようと画策する。

こちらの仕事を何とか自分の成績に転じようと暗躍し

失敗に終われば「利幅の少ない、つまらぬ仕事」とケチをつける。

だからといって、自分が利幅の多い理想的な仕事を取って来ることは無い。


人に対して失礼な言葉を吐くのがジョークだと思い込んでおり

人のやる気をそぎ、人の落ち度を探し回る。

そんな彼が会社にいる時は、公私共にピタリと来客が無くなる。

この感じ、誰かに似ている…。

どこか、懐かしい…。


彼がルイーゼそっくりだと気づいたのは、しばらく経ってからだった。

自滅とはいえ、せっかく排除できたのに

どうなっても、一人はこういうのがまぎれ込む運命らしい。


やるべきことを一心不乱にやっていれば、恐れることはない。

「あれよりは、他人な分だけマシ…お別れの可能性があるから」

我々はそう言い合うのだった。

しかしまた「こうでなくっちゃ!」というワクワク感もある。

出ては叩かれ、叩かれてはまた出る…

次は何をしでかすか…そうか、そう来たか…

長年慣れ親しんだこのリズム、我々に必要なのかもしれない。


共通の敵は、結束を深める。

毎晩、松木氏の悪口で盛り上がるのだ。

この会話には、義母ヨシコも加わる。

「んまあ!書類や社印をこっそり隠したって?!最低!」

「うちのヒロシが役立たずだって?!

 自分のことは棚にあげて、サボリーマンのくせに!」

ヨシコは烈しく怒り、一家団欒はさらに盛り上がる。


あなたの娘さんと同じことしてるだけですよ…

我々は声なき言葉を目で交わし合い、もっと盛り上がる。

昼は植物の松、夜は人間の松、存分に楽しい晩秋の日々である。
コメント (24)
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