昨晩、送り火を焚いた。
東京のお盆さんは終わった。
なんとなく‘お盆’という感じがしない。日本全国のほとんどが旧盆で行われる行事を、東京だけは7月なのだから、しかたがないかもしれない。
それでも盆は盆だ。
今朝は‘お棚’を片付けた。
位牌のほこりを払い仏壇に戻す。なぜか落着く。
そのほか暑さでぐったりした花々をもっと短くして、残った2輪を小さく活けなおす。
香炉だの、線香だの、お鈴だの、すべてを元に戻す。
最後はお盆用の一対の行灯をしまう。
図を見ながら、桐の箱におさめていく。
書かれている通りに行うとピタッとおさまる。上蓋がしまった時には、安堵感と達成感と落着き感が味わえる。
むしろ12のパーツに分かれているものを、組み立てる時の方が楽だ。
それを元通りに箱にいれる作業は、置き方の角度や順番を間違えると箱におさまりきらなくなる。
毎年のことでも一年に一回だと、いつも新鮮なドキドキ感がある。
しかし、それぞれの大きさの比率バランスで、箱のなかのおき場所が、よく考えられている。箱の幅と長さが1センチでも違ったら、おさまりが悪いはずだ。余分に大きい必要はない。かといって5ミリだって違えばおさまらない。少しだけ縦方向が長い箱になっている。
話は前後するが、組み立てられた一対の行灯は、半間の中におさまってくれる。
我が家では、‘お棚’といっても段々に組み立てるものを使っているが、その棚の両サイドに振り分けて置く行灯は、左右の幅を足して半間で収まってくれる。
従って、一間の床の間に、すべてがきちっとはまるので助かっている。
日本の家の間取りにぴったりというわけだ。
そんなわけでほとんどのものが、小一時間で片付いた。
後は、‘迎え火’と‘送り火’を焚いた素焼の焙烙が乾いたらしまえば終わる。
こうして、何となくせわしさを伴った盂蘭盆会は、今年も無事に終わった。
たとえばお盆中の夜に、行灯を灯して、線香を焚き、手を合わせるときばかりは、日常をきれいに忘れられる。
灯明は、命の象徴でもあり、死者の魂でもある。
一年に一回、夏というこの時期に、灯明と対峙することによって、見えないものを観、聞こえない音(声)を聴くことによって、身体の奥にたたまれた思い出が甦る。
盂蘭盆は佛事を超えて、人にやすらぎを与えてくれると思うようになった。
齢六十、還暦を前にして。
焙烙の中で燃える送り火を見つつ、人はいったいどこに行くのか、そう思わずにいられない。
そして、煩悩は火の中にくべるべし、か?
東京のお盆さんは終わった。
なんとなく‘お盆’という感じがしない。日本全国のほとんどが旧盆で行われる行事を、東京だけは7月なのだから、しかたがないかもしれない。
それでも盆は盆だ。
今朝は‘お棚’を片付けた。
位牌のほこりを払い仏壇に戻す。なぜか落着く。
そのほか暑さでぐったりした花々をもっと短くして、残った2輪を小さく活けなおす。
香炉だの、線香だの、お鈴だの、すべてを元に戻す。
最後はお盆用の一対の行灯をしまう。
図を見ながら、桐の箱におさめていく。
書かれている通りに行うとピタッとおさまる。上蓋がしまった時には、安堵感と達成感と落着き感が味わえる。
むしろ12のパーツに分かれているものを、組み立てる時の方が楽だ。
それを元通りに箱にいれる作業は、置き方の角度や順番を間違えると箱におさまりきらなくなる。
毎年のことでも一年に一回だと、いつも新鮮なドキドキ感がある。
しかし、それぞれの大きさの比率バランスで、箱のなかのおき場所が、よく考えられている。箱の幅と長さが1センチでも違ったら、おさまりが悪いはずだ。余分に大きい必要はない。かといって5ミリだって違えばおさまらない。少しだけ縦方向が長い箱になっている。
話は前後するが、組み立てられた一対の行灯は、半間の中におさまってくれる。
我が家では、‘お棚’といっても段々に組み立てるものを使っているが、その棚の両サイドに振り分けて置く行灯は、左右の幅を足して半間で収まってくれる。
従って、一間の床の間に、すべてがきちっとはまるので助かっている。
日本の家の間取りにぴったりというわけだ。
そんなわけでほとんどのものが、小一時間で片付いた。
後は、‘迎え火’と‘送り火’を焚いた素焼の焙烙が乾いたらしまえば終わる。
こうして、何となくせわしさを伴った盂蘭盆会は、今年も無事に終わった。
たとえばお盆中の夜に、行灯を灯して、線香を焚き、手を合わせるときばかりは、日常をきれいに忘れられる。
灯明は、命の象徴でもあり、死者の魂でもある。
一年に一回、夏というこの時期に、灯明と対峙することによって、見えないものを観、聞こえない音(声)を聴くことによって、身体の奥にたたまれた思い出が甦る。
盂蘭盆は佛事を超えて、人にやすらぎを与えてくれると思うようになった。
齢六十、還暦を前にして。
焙烙の中で燃える送り火を見つつ、人はいったいどこに行くのか、そう思わずにいられない。
そして、煩悩は火の中にくべるべし、か?
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