羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

寄り添う猫

2007年10月20日 07時56分17秒 | Weblog
 育たなかったのかと思っていた夏うまれの子猫が、生きていた。
 そのことに、何日か前に気づいた。
 
 昨日は、通りかかった女性がなでている姿を二階から目にした。
「野良猫なのに、どうして????????」
 クエスチョンマークがたくさんついた。
 その周りを春うまれの兄弟?姉妹?の一匹が、うろうろしながら様子を伺っていた。

 買い物に出るときに、まだ、近くに子猫がいたので、私も近寄ってみた。
 まったく逃げないのだ。
 もう一匹の夏生まれの子猫もそばにいたので寄っていくと、こちらは素早く身を翻して距離をとった。

 二匹は明らかに動きが違う。元気な子猫は走ってまわるが、人間に抱かれてしまう子猫はもたもたと歩くのみ。からだも小さい。

 買い物から帰ってくると、元気のない子猫のそばで春うまれの猫が寄り添って寝ていた。母猫がそばにいないので、多分父親も同じだと思うが、守っているという風に見える。

 誰か餌をやる人がいるから、お婆さん猫・その娘の母猫・春夏うまれの子猫たちという三代そろっての半野良猫暮らしが成り立っているようだ。
 つまり兄弟・姉妹も、同じ縄張り内にいることを母猫が許しているようだ。

 思いは複雑である。
 野良猫の素早い動きは、サバイバルに直結している。本来、素早い動きができないと生存できないのが野良猫の世界だ! 
 
 見ていると、可愛いものに非情になるのは非常に難しい。
 それなのに痛ましい事件が起こるなんて許せないご時世だ。
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