羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

白川 静氏 ご冥福を祈ります

2006年11月02日 13時32分41秒 | Weblog
びっくりした。まさか30日未明にお亡くなりになったとは、まったく知らず。
偶然にも昨日11月1日付けのブログに「漢字暦2006」の写真と、白川文字学について書かせていただいた。

古代文字を合理的に現代的に解釈するのではなく、「神」「鬼神」うごめくおどろおどろしい世界で読み解くことで、文字学に命を吹き込んだ真の学者だった。
青銅器文化の「饕餮文様」は、白川説でなければその真価はわからない。

野口体操の教室で、野口三千三先生から「白川文字学」の話を伺って、国立博物館へ出かけ、「中国青銅器展」を見られたことは、幸運だった。その後、あれだけの規模の展示にお目にかかっていない。

画数の多い漢字が、身近に感じられるようになったのも、白川説によるところが大きい。甲骨文字や金文に遡れば、文字が意味するところが理解できて、「これでなければならない」と納得するのである。

簡略化することは、漢字の命を殺ぐことになる、ということも教えられた。
「象・音・義」をひとつの文字の中に顕す漢字の力を教えられた。
それ以上に、その時代の息遣いを知らなければ、文字を理解することにならないことも教えられたことは、貴重な体験だった。

野口体操を続けられたのも、漢字の世界が大きかった。もし、野口先生があのようなレッスンをなさっていなかったら、私は、すぐにも止めていただろう。
今の、自分はいない。

早朝は、ブログにいただいたコメント読み、慌てて新聞を取りに行った。
そうだったのか。実は31日に、書きたかったテーマを、11月1日まで待った。偶然とはいえ、シンクロする自分に驚きを隠せない。

「言霊」と「文字霊」を合体したところで、はじめて言葉が力を持つことを、漢字を通して世界に知らしめた学者の死は、哀しい。
「白川文字学」は、これから真の評価を受けるだろう。

哀悼とは、こうした気持ちを表す言葉なのかもしれない。
ご冥福をお祈りしている。
コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 霜月朔日ー11 月1日に | トップ | 文化の日 »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
びっくり (ブリッジリバー)
2006-11-02 19:46:03
11月1日の「漢字暦」のテーマは白川静さんの訃報に関連してのことだったのかと、今朝のニュースを見てから思っていました。旅をしていたのでニュースから遠ざかっていました。すでに、報道があったのかと思いました。でも、ひょっとして羽鳥先生の「共時性」のパワーかなと本日のブログを楽しみにしていました。やっぱり、偶然だったのですね。野口先生のお導きでしょうか?
返信する

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事