羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

『道化の民俗学』山口昌男と現代について

2018年07月01日 07時22分21秒 | Weblog
 第3回「早蕨塾」のことは、先日のブログで報告をした。
 この時、講演者の新井英夫さんが、いちばん最初の自己紹介で、「トリックスター」ということを仰った。
 懐かしい言葉に出会った。
 私が野口体操を始めた1970年代に、注目された「文化人類学」を思い出した。
 中村雄二郎『感性の覚醒』山口昌男著作の数々、感動しながら読んだ記憶がある。
 小泉文夫さんの世界の民族音楽も懐かしい。

 今や、住まいのある東京・高円寺は、生きた文化人類(学)の宝庫で、色々な民族が暮らしている。
 商店街を歩いていると、聞きなれない言葉が飛び交って、どこのお国の人かなーと、考えてもわからないことが多い。 

 で、懐かしさにつられて、蔵に入って本を探した。
 ゴタゴタ状態から、ようやく一冊取り出したのが『道化の民俗学』山口昌男著だった。
 野口三千三と山口昌男さんのNHK「ビッグ対談」の撮影から放送、放送後の色々を楽しく思い出した。
 最近ご無沙汰しているディレクターの深堀雄一さんは、お元気だろうか、などと思いは過去に引き戻された。

 昨日の朝カルレッスンでは、「早蕨塾」に参加された方も多かったし、新井さんも出席だったので、この本からかいつまんで板書した。
 現代的な、今日的な問題もからめて話させてもらった。例えば、現在進行中の「サッカーW杯」日本の試合。
 高円寺は、大道芸祭りがあって、駅前の広場では、プロレスが行われる。女子プロレスもある。この時の熱気は凄い。このプロレスのヒール役も道化の範疇にいれてもらいたい。

 目を開くと道化やトリックスターは、いつの時代にも、どの社会にも、どの文化にも、存在する。
 その存在が活力を生み、時代を前に進める力を潜めている、という話をした。

 備忘録として、箇条書きをここに貼り付けておきます。

******

◆ 第三回「早蕨塾」 無事に終了しました。新井英夫さんで、思い出したこと。1970年は、文化人類学が注目された時代だった。

◆ 西洋文だけが唯一の価値ではなく、文化を相対的にみる視点を日本でも持つようになった。バリ文化再考。絵画・演劇的要素・ガムラン音楽等。

◆ 世界中の文化に、道化・ピエロ、が存在する。ヨーロッパ 演劇空間。カーニバル、サーカス。祝祭と祭には、道化は欠かせない。王様のそばにかならずいる存在。

◆ 身体表現、楽器(打楽器・笛)などを使用。

◆ 道化的空間:1、正常ではない行為で、緊張を解かれた状態。公的に演じられる場合、緊張を解く要因がある。白痴、精神異常、子供的な仕草。

◆ 道化的空間:2、個人と第三者とのコミュニケーションの形態を前提として成立している。

◆ 道化的空間:3、日常生活を構成する正常な行為「かたち」に対して、異常な(非日常的な)行為の「かたち」。そこから呪術的な祝福が伝達される。

◆ 日常の規範的な行為から外れて、道化が演技として成り立たせる条件がいる。行為を、距離を置いて受け止めることができるという条件、その異常性からくる衝撃を「笑い」という反応によって受け止めさせる余裕を与えること。

◆ 「夏の夜の夢」パック、義経と弁慶、ファウストとメフィストフェレス、ドンキホーテとサンチョ、アマテラスとスサノオ。

◆ 「瓜子姫とあまんじゃく」、「ゲゲゲの鬼太郎」ねずみ男。

◆ アイデンティティーの様々なレベルにおける分散と統合。

◆ 反社会的・反体制的なイメージが投影された存在。異形の者。

◆ マージナルな存在。タブーに挑戦する存在。カオス状態を作り出す存在等々。

ここからは、Wikiより一部掲載。

◆ トリックスター (英: trickster) とは、神話や物語の中で神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者である。往々にしていたずら好きとして描かれる。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である。
この語は、ポール・ラディンがインディアン民話の研究から命名した類型である。カール・グスタフ・ユングの『元型論』で取り上げられたことでも知られる。
シェークスピアの喜劇『夏の夜の夢』に登場する妖精パックなどが有名。ギリシア神話のオデュッセウスや北欧神話のロキもこの性格をもつ。
特徴[編集]
トリックスターは、時に悪意や瞋恚を持って行動したり、盗みやいたずらを行うが、最終的には良い結果になるというパターンが多い。抜け目ないキャラクターとして描かれることもあれば、乱暴者や愚か者として描かれる場合もあり、両方の性格を併せ持つ者もある。文化的に重要な役割を果たしているとき(例えば、火を盗むなど)や神聖な役割のときでさえ、おどけてみせたりもする。文化英雄であると同時に既存概念や社会規範の破壊者であり、あるいは賢者であるが悪しき要素を持つなど、一面的な定型に納まらない存在である。文化圏によってはコヨーテやワタリガラスと関連づけられる。
多くの文化では、トリックスターと文化英雄は結びつけられることが多い。例えば、ギリシア神話のプロメーテウスは、人間に火を与えるために神の元から火を盗んだが、彼はトリックスターとしてよりも文化英雄としての性格の方が有名である。一方、北アメリカネイティヴアメリカンの伝承では、コヨーテの精霊が神(もしくは星や太陽とも)から火を盗むが、こちらはトリックスターとしての性格の方が大きく現れている。これは、他の話においては、プロメーテウスは知性のある巨人だが、コヨーテは単なるいたずら者と見なされる場合が多いことから来ている。

 以上です。

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