羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

俎板

2018年07月13日 06時06分12秒 | Weblog
 長年使うものを買い換えるとき、「買うべきか、買わざるべきか」ハムレット的に迷うことが多くなって久しい。
 よーく考える。
 自分の年齢と、ものの耐用年数を比べて、思い切って買ってしまう時と、残念な気持ちを残しつつ諦める時がある。
 売り場をうろうろ行ったり来たり。そんな姿を斜め上から見つめながら、哀しみが漂っているのかな〜、と買うことを諦めて立ち去ることがある。
 年をとるということは、こういうことか。

 先日は、なぜか迷ずわず俎板を買い替えた。
 昨今では、木製を使う人はめっきり減ったのだろう。
 私は、やはり木製にとどまっている。
 これまでの銀杏から青森ヒバに変わった。

 それ以来台所からは、森の香りがしてくる。
 料理にかかる前に、深呼吸をしている自分がいる。
 
 これまでの俎板は、使い続けて自然に生まれた曲線が、かなり深くなっていた。
 以前は、知り合いの大工さんが、俎板にカンナをかけて平らにしてくれていた。
 そうすると寿命が延びた。
 その大工さんも亡くなってしまった。

 年輪がつんでいて重さがあり、真っ平らの俎板の切れ味は抜群である。
 俎板には切れ味とは言わないのかもしれない。
 包丁の切れ味を決めるのも俎板であるわけ。
 ヒノキは固すぎるから、刃こぼれが起こりやすいと聞いたことがある。
 このヒバも固いから、包丁をよく研ぐ必要がありそうだ。
 俎板も包丁も、ともに手入れを怠るな、ってことらしいが、これが不得意。

「お客さん、20年は十分に持ちますよ」
 20年分の宿題をもらった。

 あの時、支払いを済ませていると”やっと売れた”と、もう一人のヒソヒソ声が聞こえてしまったっけなー。
 
コメント
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