羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

祥月命日

2006年03月12日 10時32分07秒 | Weblog
 前日にお願いしてあった大画面のプラズマテレビが、部屋に運び込まれた。
 しばらくすると佐治嘉隆さんと朝日カルチャーの担当の方で、無事に接続が終わった。その間に、私も板書を終えた。

 3時30分にいつも通りレッスンをはじめた。
 話しながら、その日の参加者がほとんど集まる時間を見計らって、いよいよビデオ上映。上映作品は、『野口三千三授業記録 辞世 自然直伝』である。
 このビデオは、野口先生が亡くなった年、1998年11月、先生のお誕生日に合わせて、再編集したものだ。 プラズマテレビ画面には、レッスンをされる先生の姿が映し出され、スピーカーからは話される声がしっかりと流れる7分50秒は、あっという間の時間だった。
 見終わって、はじめてご覧になった方に挙手をお願いした。
 その結果に、思わず佐治さんと目を合わせてしまった。ほとんどの方が手を挙げられたからだった。
 佐治さんの目には、一つの思いが宿っていた。私も同じ思いだった。
……八年という歳月の長さ。今、集ってくださっている方々が、ほとんど没後のご縁による驚き。そして、そこまで続けてこられたことへの感慨と嬉しさがこみ上げた瞬間だった……

―この野口三千三先生最後の授業記録を、私たちは先生の「辞世」として受け止めています。このときの先生の体調は万全ではありませんでしたが、話される言葉は生き生きとしてすばらしい授業でした。ラストの「上体のぶらさげ」は、先生がおっしゃった「年をとればとるほど柔らかくなる」という記録といえます。- 冊子には、こんな風に記した。
(☞佐治さんがブログ「芭璃庵」に、写真を載せてくださったのでご覧ください。)
 
 それからの後のレッスンでは、皆さんの動きの雰囲気がガラリと変わった。インパクトの強さのほどがビンビンと伝わってきた。そのまま後半は、一気に「腕立てバウンドとそのバリエーション」に突入した。これぞ柔らかさの極みにたどり着くことが出来る「本当の力」のありようを探る一連の動きである。
 
 いよいよ、三月二十九日が近づいた。
 野口三千三先生の八回目の祥月命日を迎える。
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