電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

森博嗣『すべてがFになる』を読む

2009年03月18日 06時12分26秒 | 読書
"The Perfect Insider" という副題を持つミステリー(*1)『すべてがFになる』を読みました。Unixやプログラミングを題材とした作品ということで、最近になって購入した講談社文庫です。

第1章「白い面会」。犀川助教授と学生の萠絵が、天才プログラマにして両親の殺害者でもあるという伝説の存在、真賀田四季博士に会いに行くことになります。
第2章「蒼い再訪」。犀川と萠絵は、妃真加島にある真賀田研究所を訪れます。ところが、密室から自動カートに乗って、ウェディングドレスを着た女性の遺体が出てくる場面に遭遇してしまいます。
第3章「赤い魔法」。研究所内の人間が紹介されます。ネットワークで接続され、管理・制御された特異な環境のため、完全な密室殺人であることが明らかになります(*2)。
第4章「褐色の過去」。ヘリコプターで真賀田博士の妹を連れて来た、医師であり叔父でもある研究所の新藤所長死体が発見されます。第二の殺人です。真賀田博士の部屋の中には、ロボットのミチルとおもちゃのレゴブロックなどがあり、ワークステーションは shutdown されていました。起動すると、真賀田博士が書いた研究所のシステムソフトウェアの新バージョンがあり、スケジュールには「すべてがFになる」とだけ書いてありました。すべてがFに?一瞬「 FFFFFF なら白だな」と考えてしまった私は、HTML に毒されているのでしょうか(^o^)/
第5章「灰色の境界」。犀川助教授と萠絵は、一緒にキャンプに来ていた研究室の学生たちを船で帰すことにします。二人は研究所に残り、映像記録の中からエレベータの階表示に異変があったことを見つけます。
第6章「虹色の目撃」。真賀田四季博士の密室で、犀川と萠絵は再び探索を開始します。書棚の本は全部途中の15巻までしかなく、この部屋に15年いたことを示していました。古くからの所員に事情を聴取するうちに、萠絵はヴァーチャルリアリティのシステムで真賀田四季博士と会話をします。やっぱり!
第7章「琥珀色の夢」。犀川は、どうやら真相がつかめたみたい。真賀田四季博士が作った研究所のシステムが停止し、ふつうのUnixが動作するようになります。
第8章「紺色の秩序」。ようやく外とのネットワーク接続が回復します。犀川は「telnetで!(*3)」大学のシステムにリモート・ログインし、メールチェックなどをします。萠絵の保護者である、愛知県警の本部長が自ら乗り込み、警察は大人数で殺人事件の捜査を開始します。雑誌記者の儀同世津子が犀川になれなれしいものだから、萠絵は嫉妬します。でも、副所長の死体~第三の殺人~が発見され、それどころではありません。
第9章「黄色いドア」。犀川の時計とシステムの時計のずれ。ビデオ映像に残された階表示の異変。これを考え合わせ、トリックが明らかになります。ヴァーチャル・リアリティに再び登場した真賀田四季博士は、果たしてどこにいるのか。一連の事件の犯人は誰か。ここまで来ると、事件の状況はおぼろげながら浮かんで来ます。そして、なぜ叔父である新藤所長が医師の職を捨て、天才とはいえ姪のために孤島の研究所の所長などという生活に入ったのか、という疑問も、今さらながら大きくなって来ます。
第10章「銀色の真実」、そして第11章「無色の週末」。すべての謎が明らかになりますが、せっかくのミステリーですので、あらすじは省略いたします。



本作品は、1996年の刊行です。執筆されたのはそれよりも前でしょうから、ああなるほど、それで telnet なんだな、と納得しました。当時、ワークステーションのお値段は高かった。富士通でOEM生産していたサンのワークステーションs-4なども、百万円以上したはず。IBMのディープ・ブルーがチェスの世界チャンピオンであったカスパロフ氏を初めて破り、ジョブズがアップルに復帰した年、娘が「るろうに剣心」にはまっていた頃です。最先端を気取っていても思わず時代を感じさせてしまう部分はありつつ、ユニークな題材と想定を楽しみました。

ただし、作品の本質とは関係ない話ですが、ちょいと不満もあります。風邪をひくと激しく咳込む苦しさは、なかなかわかってもらえないものです。昔、抜け出すことができない会議中の喫煙に悩まされた身には、作品中でタバコが意味ありげに描かれる物語は、(少なくともその部分は)どうもあまり良い印象を持てません。面白さも割り引かれるようです。

(*1):著者はミステリィと表記しています。技術系文書で、コンデンサーではなくコンデンサ、コンピューターではなくコンピュータ、フロッピー・ディスクをフロッピィ・ディスク等と表記するように、ミステリィに統一しているようです。
(*2):実は、この時点で、この遺体は本当に真賀田四季博士なのだろうか、と疑いを持ちました。当然ですね。これだけ天才だ、すごいプログラマだ、と持ち上げておいて、作者がこんなに早くあっさりと死なせるわけがないですから。
(*3):犀川助教授は、研究室のワークステーションにtelnetでリモートログインしています。認証時のやりとりが暗号化されず平文で行われるtelnetを、信頼がおけるかどうかわからないネットワークシステムから平然と使える神経は、ずいぶん図太いというか無神経というか、本書で想定された主人公の性格とはちょいと合わない感じがします。
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