電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

諸田玲子『末世炎上』を読む

2009年03月24日 06時22分13秒 | 読書
『お鳥見女房』シリーズをきっかけに読むようになった諸田玲子さんの作品から、平安時代を舞台としたミステリー『末世炎上』(講談社文庫)を読みました。
当方の若い頃には、お正月など親戚家族が集まった折に、皆で百人一首を楽しんでおりました。祖父が読み、いとこたちも一緒にかるたを楽しんだ思い出は、懐かしいものです。在原業平や小野小町などは、百人一首を通じてお馴染みですが、摂関政治や応天門の変(*1)などという「専門用語」は、世界史選択の理系人間にはちんぷんかんぷん、むしろこうした物語の背景を Wikipedia 等で調べるなどするうちに、晩学の中世日本史がスタートするのかもしれません(^o^)/

橘音近は左衛門府の大志(だいさかん)で、大内裏の御門の警備を勤める役人です。在原風見は、在原業平を先祖に持つ名門在原家の御曹司ですが、若者の常で暇も自分をも持て余し気味。ある日、貧民街に住むが美しい髪と美貌を持つ娘・髪奈女(かみなめ)が、風見の友人で悪たれの伴信人らに拉致陵辱され捨てられているところへ、音近と従者が通りかかります。衝撃のためか記憶をなくした娘は、身なりはみすぼらしいのに言葉や作法は上品で、貴族にゆかりの者のようで、自らを吉子と名乗り、不思議な断片的記憶を語ります。それは、およそ二百年前の、応天門の変につながるものでした。

疫病が蔓延し火付けが横行する末法の世に、怨堕羅夜叉明王を仰ぐ御導師がカルト集団を率い、平安時代の社会転覆を図る陰謀に、音近や風見らが望むともなく挑む構図で、烏羽玉という色っぽい謎の女が絡む物語。平安期の家族の在り方が苦笑を誘い、役人の退廃と犯罪の横行がスラム化を助長する描き方も、近年の中世史の成果なのでしょうか、作家の想像力だけの産物ではなさそうです。文庫で600ページを超える物語は、時代や舞台が新鮮であるだけでなく、たいへんおもしろく読みました。

ところで、古い京の都は水が最大の弱点で、明治初期の琵琶湖疎水の開鑿以前は、現在の山形市周辺の人口に相当する数十万人規模で千年間推移したとのこと。たしかに、河川の水に依存するだけでは水不足が慢性化し、平安期の人口急増に伴う不衛生と疫病の流行は一体のものでしょう。それが末法思想流行の背景になったと考えると、千年の停滞を打破した田辺朔郎らの土木事業(*2)の意味は大きいものがあるとあらためて感じた次第です。

(*1):Wikipediaより「応天門の変」
(*2):『京都インクライン物語』と『日本の川を蘇らせた技師デ・レイケ』~「電網郊外散歩道」より
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