夏の「青春18きっぷ」のシーズン。また今年も鉄道ブームとやらに乗って、全国あちらこちらの路線が老若男女で賑わうことであろう。もう「青春18」利用旅行のハウツーものなど、情報過多ではないかというくらい出回っていることである。
さてそんな中で手にした一冊『週末鉄道紀行』。西村健太郎著、アルファポリス発行。
同社が主催した「アルファポリス旅行記大賞受賞作」という。帯には「サラリーマンによるサラリーマンのための鉄道旅行記」とある。著者は巨人の中継ぎ投手・・・ではなく、IT専門紙記者という「サラリーマン」である。
私もサラリーマンという職業柄、週末には鉄道で出かけることもある。特に東京在住時代は、青春18もあれば「土日きっぷ」、時には「3連休パス」で、東日本地区の路線を回っていたことも多い。ブログのネタにもなったことである。だから「サラリーマン、うん、週末鉄道旅行」というのはよくわかるし、とっつきやすいテーマではある。
しかしながらこの一冊は、そんな「週末に出かけたネタを集めたもの」ではない。そんな軽い気持ちで書いたものでないということが、冒頭の一章からにじみ出ている(誰にでもすぐに出かけられる週末旅行のテクニックネタ集を期待した人にとっては、ちょいと重いかな)。
「月曜日は新しい旅の誕生日である」という一節から始まるが、そこにたどり着くまでのサラリーマンのバイオリズム(週半ばの倦怠も含めて)が描かれている。それがすべて週末の旅行に向けたエネルギーなのだから、純なものを感じる。旅立ちまでの一週間、営業の合間にちょいと寄り道してみたり、サイトのメンテナンスをしたり、時刻表を読みふけってみて、ふと、昔懐かしい鉄道の風景や、時刻表で想像するしかできなかった時代に思いを馳せている。奥さんと赤ちゃんのいる日常生活とかつての光景を行ったり来たりする中で、自身の鉄道への思いを改めて見直しているというストーリーである。
まさか毎週毎週このようなバイオリズムで動くこともないだろうし、週末でふと旅立つ行き先が関東周辺の近場ではなく、廃止間近の「富士・はやぶさ」の寝台券を瞬殺で入手してそのまま出てしまうのも、読むほうからすれば「出来すぎ?」という思いと羨ましい思いが交わる。ただ、ストーリーの展開ぶりというのも面白いし、乗客や車窓の描写なども、写真がなくともその場の雰囲気がよく伝わるところである。帰路のはやぶさ号での中年サラリーマン氏との意外な一夜や、途中で新幹線に乗り換えてビジネスマンの中で現実に引き戻されるなど、「そういえばこういうこともあったな」と懐かしがらせるものがある。
最近の鉄道旅行はどちらかといえば「駅から下車した後」の楽しみにウエイトがあり、ハウツーものでも「途中下車ポイント」を取り上げているのだが、本書の旅行は少しの例外を除き、もっぱら「乗ること」を主眼としている。そのスタイルや、途中の描写などは文体も含めて初期の宮脇俊三に近いものがある。かようにして乗り続けるというのは楽しい反面、途中で疲れてくるもの(私はこれを「鉄道"道"」と勝手に呼んでいるのだが・・・)だけに、今時貴重といえるだろう。
最近の私の旅は・・・といえば、どちらかといえば目的地に行くのが目的で、そのためには鉄道も移動の手段に成り代わったり、鉄道を捨ててクルマで出ることも多い。「本書を携えて」というわけにはいかないが、久しぶりに著者のような、「鉄道に揺られること、さまざまな昔に思いを馳せること」を目的とした放浪に出てみようか・・・・(混雑必至だろうが)。
旅の舞台は冬から春だが、夏草の線路の匂いをも感じさせる一冊。
(7月16日記事再掲載)
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