12月19日、第6回となる九州西国霊場めぐりのために早朝から出発する。やって来たのは、ちょうどこの日に駅舎が新しくなった山陽線の西広島駅。たまたま、いい具合に日が重なった。
橋上駅舎となり、駅の東西を結ぶ自由通路ができたのが大きく変わったところである。
新しい駅は「木漏れ日の駅」というのがコンセプトだそうで、天井や壁にはヒノキがふんだんに使われ、(この時間はまだ暗いので実感できないのだが)大きなガラス張りも採用され、太陽の光がよく入るように造られている。
また自由通路内にセブンイレブン、むすびの「むさし」が出店しており、セブンイレブンでは早速開店セールが行われていた。いずれ、ここで「若鶏むすび」を買うこともあるだろう。
一方、これまでの「みどりの窓口」は閉鎖され、新たに「みどりの券売機プラス」が設置されている。有人窓口を減らそうというJRの流れに沿ってのことである。まあ、私もJR券は「e5489」で事前予約して、「みどりの券売機」で引き換えることがほとんどになったので支障はないが、やはり「窓口」がないと不安という乗客の方もまだまだいるだろう。
そんな駅舎を朝早くから見に来る人もいる中、改札を通ってホームに下りる。まだホームの改修や従来の跨線橋の撤去などがあり、完工までもう少しかかるとのことだ。2030年頃にはアストラムラインも延伸されるというが、果たして・・。
西広島から山陽線で移動し、広島6時47分発の「こだま781号」に乗車する。「バリ得こだま」として購入したが、今回は九州新幹線にも乗るためか、券面は「バリ得つばめ」と表示されていた。
夜が明けてきたが、この週末は今季一番の冷え込みとなっており、外も完全に冬の空である。暗い雲が空を覆っていて、時折パラパラと雨も落ちてくる。しまった、傘を持って来るのを忘れたな・・。
8時15分、博多に到着。次に乗るのは8時39分発の「さくら403号」である。あれ、「さくら」にも乗れるのかな?と思ったが、ネットでの購入時には発着駅、そして出発または到着時刻を入れると発売可能な乗り継ぎが提示され、その中に含まれていたようだ。ただ、この「さくら403号」は博多始発で、車両もJR九州の800系である。山陽新幹線直通の列車は適用外で、それぞれで完結する列車が利用できる仕組みのようだ。
九州新幹線じたい、九州西国霊場めぐりがきっかけで久しぶりに乗ったが、いずれも広島との直通運転のN700系だった。800系に乗るのは、九州新幹線が当初新八代~鹿児島中央間で先行開業した時以来ではないかと思う。
その内装も独特のデザインだが、いわゆる「水戸岡デザイン」である。日本の「和」をコンセプトとして、座席背面にはクスノキ、シートには西陣織、車内の床板やブラインドにも木が用いられており、温かみを感じさせる。「のぞみ」で使われているN700系とは対照的だ。
相変わらず空がどんよりとする中、新鳥栖、久留米と停車して次は熊本だ。途中の筑後船小屋、新大牟田、新玉名は今回も結局素通り。筑後船小屋駅のすぐ近くにホークスのファームの拠点であるタマホームスタジアム筑後が見えた。機会があればこの球場も訪ねてみたいものだ。
9時17分、熊本に到着。前回の九州西国霊場が熊本で終了しているとして、そのつなぎとして今回わざわざ熊本まで来た。もっとも、熊本城などの観光地に行くまでの時間はなく、今回の目的地である大牟田まで折り返すだけだ。しばらく時間があるので構内の「肥後よかモン市場」で熊本土産を購入する。やはり馬肉の加工品は欠かせない。
大牟田へは在来線で移動する。9時52分発の鳥栖行きは2両編成。九州新幹線が開業して10年が経過するが、それまでは特急「つばめ」「有明」などがバンバン走っていた区間も2両編成のローカル列車が行き来するさびしい運転形態となった。札所へはクルマを使うことが大半だが、乗れる鉄道、ローカル列車についてはせっかくの機会なので乗っておきたい。そうこうするうち、2022年には西九州新幹線の長崎~武雄温泉間の開業が予定されているが、この札所めぐりの乗ることになるかどうか、微妙なところだ。
田原坂に到着。一帯は西南戦争の激戦地として知られる。標高差じたいはそれほどでもないのだが、北からの街道が通じているのがここだけということで戦いのポイントとなった。熊本城に入った加藤清正が北の守りとして田原坂を天然の要害にしたという。西南戦争ではここが破られたことで薩摩側が一気に不利となり、鹿児島に押し戻されて敗戦となった。
新幹線の駅は離れたところに造られたが熊本北部の中心的な町である玉名や、金魚の町をPRする長洲を過ぎ、荒尾に到着。世界遺産の一つである万田坑への最寄り駅とのPRもある。
10時39分、大牟田着。荒尾から県境を越えて福岡県に入った。もっとも、荒尾、大牟田両市は県が異なるものの、ともに三井三池炭鉱によって発展した歴史もあってさまざまなところで連携しているそうだ。
列車は鳥栖行きだがほとんどの客が下車し、多くは向かい側ホームに停まっていた小倉行き快速に乗り継ぐ客、連絡通路を通って西鉄に乗り換える客に分かれ、その残りが大牟田の改札を出る。
大牟田は炭鉱の関連で世界遺産の町としてPRしているが、まずは九州西国霊場めぐりである。ちょうど、雲も取れて青空が見えるようになった。この後の時間割をすると結構ハードな動きとなるが、ともかく進めることにしよう・・・。