野中広務氏と鳩山由紀夫氏が、相次いで、尖閣諸島に関して日中首脳間で棚上げにする合意があったかのような発言をした。野中氏は、超党派の元国会議員や現職議員の訪中団の団長として6月3日に北京を訪れた時の発言。野中氏は、記者会見で、日中国交正常化交渉後、研修会で田中角栄首相(当時)から尖閣諸島をめぐり、日中首脳が問題を棚上げするとの共同認識に達したとの趣旨の話を聞いたと主張した。わが国政府の見解とは異なるが、野中氏は「生き証人として、聞いた者として明らかにしておきたかった。なすべきことをなした」と述べた。「聞いた」というのは、証拠がない。いかようにも言える。
鳩山氏は、6月25~26日香港のフェニックステレビの取材に応じた時の発言。野中氏が「聞いた」とする伝聞を、「これは歴史的事実だ」と決めつけた。さらに27日、北京で記者団に対し、「40年前に棚上げすると決めたのだから、メディアも理解しないといけない」と述べ、棚上げの合意があったとの認識を示した。鳩山氏は、先のインタビューで、尖閣の日本領への編入過程についても「中国側から見れば盗んだというふうに思われても仕方がない」と中国の主張に理解を示した。発言のほとんどが、事実誤認によるものである。
野中氏は、自民党政権のときに官房長官、幹事長等を歴任。「影の総理」とまで言われた。鳩山氏は、民主党政権のときの総理大臣、代表等を歴任。現在の元総理待遇を受けている。そういう政治家が、伝聞や事実誤認のレベルで、日中間の重大問題について発言し、中国政府が都合よく利用できる絶好の材料を提供してしまった。
この二人は、どうしようもない。しかし、彼らが発言したことについては、政府が公に一つ一つ事実を明らかにし、また根拠の無いことは根拠なしと指摘していかなければならない。
そうした状況に置いて、元外務省中国課長の田島高志氏は産経新聞の取材に応じ、棚上げについては、「中国側の一方的な思いで、合意はなかった」と述べた。田島氏は、中国側が合意があったとする1978(昭和53)年の会談に中国課長として同席したという。産経新聞6月29日号が田島氏の発言を掲載している。
以下、田島氏の発言を伝える記事。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●産経新聞 平成25年6月29日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130629/chn13062908300000-n1.htm
「尖閣棚上げ合意なかった」 78年の園田・トウ小平会談同席の元中国課長
2013.6.29 08:24
■「一方的思い」
尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐり、中国政府が主張する領有権問題の「棚上げ合意」について、元外務省中国課長の田島高志氏は28日までに産経新聞の取材に応じ、「中国側の一方的な思いで、合意はなかった」と述べた。田島氏は、中国側が合意があったとする1978(昭和53)年の会談に中国課長として同席した。
会談は、日中平和友好条約をめぐり同年8月10日、北京で園田直(すなお)外相(当時)とトウ小平副首相(同)の間で、同条約の批准書交換のため来日したトウ氏と福田赳夫首相(同)との間で10月23、25の両日にそれぞれ行われた。
田島氏によると、8月の会談では、トウ氏が「日中間には釣魚島(尖閣諸島の中国名)や大陸棚の問題があるが、それ以上に共通点がある」と発言。これを受け、園田氏が同年4月に起きた中国漁船団による尖閣諸島周辺の領海侵入事件を念頭に「先般のような事件を二度と起こさないでいただきたい」と主張し、トウ氏が「中国政府としてはこの問題で日中間に問題を起こすことはない。数年、数十年、100年でも脇に置いておけばいい」と応じた。園田氏は聞き置いただけで反論しなかった。日本側は尖閣諸島を実効支配しており、中国側に現状変更の意図がないことが確認できたため、反論は不要と判断したという。
中国側資料には、これに似たトウ氏の発言だけが記録されており、外務省が公開済みの記録には、尖閣関連のやりとり自体が含まれていない。
また、記録公開済みの10月25日の福田・トウ会談では、トウ氏が終了間際に「次の世代は、われわれよりもっと知恵があり、この問題を解決できるだろう」と「独り言のように」(田島氏)発言。福田首相は応答しなかった。トウ氏は会談後の単独記者会見で「国交正常化の際も、平和友好条約を交渉した際も、この問題に触れないことで一致した」と主張した。
田島氏は、一連の会談での合意を否定した上で、中国側が、昨年9月の尖閣諸島購入で「日本側が共通認識(合意)を破壊した」(外務省声明)としていることには「事実に反する言いがかりだ」と批判した。
■72年も合意なし
中国側は、国交正常化交渉が行われた72(昭和47)年9月27日の田中角栄・周恩来両首相の会談でも合意があったとしている。交渉に条約課長として同行した栗山尚一氏は「両首脳の間で棚上げの暗黙の了解が成立した」と指摘する。
ただ、産経新聞の取材に「あったのは暗黙の了解で、中国側が『合意があった』と言うのは言い過ぎだ」とも話した。田島氏も「条約交渉当時、田中・周会談で棚上げの合意があったという認識はなかった」と72年の合意説を否定した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鳩山氏は、6月25~26日香港のフェニックステレビの取材に応じた時の発言。野中氏が「聞いた」とする伝聞を、「これは歴史的事実だ」と決めつけた。さらに27日、北京で記者団に対し、「40年前に棚上げすると決めたのだから、メディアも理解しないといけない」と述べ、棚上げの合意があったとの認識を示した。鳩山氏は、先のインタビューで、尖閣の日本領への編入過程についても「中国側から見れば盗んだというふうに思われても仕方がない」と中国の主張に理解を示した。発言のほとんどが、事実誤認によるものである。
野中氏は、自民党政権のときに官房長官、幹事長等を歴任。「影の総理」とまで言われた。鳩山氏は、民主党政権のときの総理大臣、代表等を歴任。現在の元総理待遇を受けている。そういう政治家が、伝聞や事実誤認のレベルで、日中間の重大問題について発言し、中国政府が都合よく利用できる絶好の材料を提供してしまった。
この二人は、どうしようもない。しかし、彼らが発言したことについては、政府が公に一つ一つ事実を明らかにし、また根拠の無いことは根拠なしと指摘していかなければならない。
そうした状況に置いて、元外務省中国課長の田島高志氏は産経新聞の取材に応じ、棚上げについては、「中国側の一方的な思いで、合意はなかった」と述べた。田島氏は、中国側が合意があったとする1978(昭和53)年の会談に中国課長として同席したという。産経新聞6月29日号が田島氏の発言を掲載している。
以下、田島氏の発言を伝える記事。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●産経新聞 平成25年6月29日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130629/chn13062908300000-n1.htm
「尖閣棚上げ合意なかった」 78年の園田・トウ小平会談同席の元中国課長
2013.6.29 08:24
■「一方的思い」
尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐり、中国政府が主張する領有権問題の「棚上げ合意」について、元外務省中国課長の田島高志氏は28日までに産経新聞の取材に応じ、「中国側の一方的な思いで、合意はなかった」と述べた。田島氏は、中国側が合意があったとする1978(昭和53)年の会談に中国課長として同席した。
会談は、日中平和友好条約をめぐり同年8月10日、北京で園田直(すなお)外相(当時)とトウ小平副首相(同)の間で、同条約の批准書交換のため来日したトウ氏と福田赳夫首相(同)との間で10月23、25の両日にそれぞれ行われた。
田島氏によると、8月の会談では、トウ氏が「日中間には釣魚島(尖閣諸島の中国名)や大陸棚の問題があるが、それ以上に共通点がある」と発言。これを受け、園田氏が同年4月に起きた中国漁船団による尖閣諸島周辺の領海侵入事件を念頭に「先般のような事件を二度と起こさないでいただきたい」と主張し、トウ氏が「中国政府としてはこの問題で日中間に問題を起こすことはない。数年、数十年、100年でも脇に置いておけばいい」と応じた。園田氏は聞き置いただけで反論しなかった。日本側は尖閣諸島を実効支配しており、中国側に現状変更の意図がないことが確認できたため、反論は不要と判断したという。
中国側資料には、これに似たトウ氏の発言だけが記録されており、外務省が公開済みの記録には、尖閣関連のやりとり自体が含まれていない。
また、記録公開済みの10月25日の福田・トウ会談では、トウ氏が終了間際に「次の世代は、われわれよりもっと知恵があり、この問題を解決できるだろう」と「独り言のように」(田島氏)発言。福田首相は応答しなかった。トウ氏は会談後の単独記者会見で「国交正常化の際も、平和友好条約を交渉した際も、この問題に触れないことで一致した」と主張した。
田島氏は、一連の会談での合意を否定した上で、中国側が、昨年9月の尖閣諸島購入で「日本側が共通認識(合意)を破壊した」(外務省声明)としていることには「事実に反する言いがかりだ」と批判した。
■72年も合意なし
中国側は、国交正常化交渉が行われた72(昭和47)年9月27日の田中角栄・周恩来両首相の会談でも合意があったとしている。交渉に条約課長として同行した栗山尚一氏は「両首脳の間で棚上げの暗黙の了解が成立した」と指摘する。
ただ、産経新聞の取材に「あったのは暗黙の了解で、中国側が『合意があった』と言うのは言い過ぎだ」とも話した。田島氏も「条約交渉当時、田中・周会談で棚上げの合意があったという認識はなかった」と72年の合意説を否定した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――