ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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人権266~旧ソ連とロシアの人権状況

2016-02-12 08:51:47 | 人権
●ソ連の体制と人権の抑圧

 共産主義は、西方キリスト教の西洋文明を脱キリスト教化し、近代化・合理化を進める思想・運動の一つである。だが、共産主義は西欧ではなく、ロシアで定着・発展した。共産主義は、ロシアで支配的な共同体家族の権威・平等の価値観と親和性があったためである。レーニン、スターリンは、人権という無階級的な概念を批判し、これに労働者の権利や被抑圧民族の権利を対置した。しかし、旧ソ連の実態は、労働者の国家ではなく、共産党官僚が労働者や農民を支配する官僚専制国家だった。マルクス主義は、階級闘争を説き、プロレタリア独裁を目指すので、人間一般の権利を認めない。世界人権宣言の採択の際、ソ連と東欧5か国(ベラルーシ、ウクライナ、ポーランド、ユーゴスラヴィア、チェコスロバキア)は棄権した。当時の共産主義者は、人権の思想はブルジョワ的とし、人権の尊重は階級闘争を阻害するものとした。
 ソ連は、第2次大戦において米英等によって民主主義勢力とされ、戦勝後は「国連=連合国」の安保理常任理事国という特権的な地位を得た。また共産主義を東欧・アジア等に広げた。ソ連は1956年(昭和31年)のハンガリー動乱を鎮圧し、1968年(昭和43年)チェコスロバキアの「プラハの春」を戦車で蹂躙した。安保理で拒否権を持つソ連に対し、国連は無力だった。東欧の衛星国は、ソ連の植民地に近い状態に置かれていた。
 冷戦体制下では、人権保障をめぐる議論は、ともすると東西両陣営及び南北諸国のイデオロギー対立の影響を免れることはできなかった。国連の人権活動のあり方や条約・制度の実施のあり方についても、人権はしばしば外交とイデオロギー闘争の手段となった。共産主義諸国は大規模あるいは系統的な人権侵害の批判を受けると、しばしば内政干渉と非難した。そのため、国際的な人権保障制度は、実際の人権問題に直面してたびたび機能マヒに陥った。
 世界人権宣言の思想は、共産主義の階級闘争的・民族闘争的な権利論に対して、自由主義の階級融和的・民族協調的な思想で対抗するという一面があった。冷戦期における人権の強調は、共産主義に対する自由主義の思想・宣伝・文化戦略の一環だった。共産党の支配下では、表現の自由、思想・信条の自由、集会・結社の自由等が厳しく制限された。労働者の国家を標榜していながら、ソ連の労働者は自由主義圏の労働者が享受する権利を制限または剥奪されていた。「宣言」における社会権の保障には、共産主義革命を防ぎ、漸進的な社会改良を進めようという欧米諸国の意図がうかがえる。経済的には、ソ連は計画経済を試みた。一見合理的なようだが、市場メカニズムを欠くことで、イノベーションの不全、消費者心理の無視、労働意欲の減衰、非効率等の欠点を生んだ。生産性が向上せず、経済は停滞した。軍需中心で民生軽視の経済で国民生活は疲弊した。自由と権利を強く制限され、生活も苦しいのでは、人々の不満は募る一方となる。
 自由主義側の対共産主義戦略は成功し、1991年12月、ソ連の共産主義政権は崩壊した。連邦は解体し、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、グルジア、カザフスタン等、15の共和国が独立し、民主化・自由化が進められた。これらの国々のうち、12か国は独立国家共同体(CIS)を結成し、ゆるやかな国家連合体をなしている。
 共産主義体制の崩壊後、旧ソ連圏では人権状況がかなり大きく変化した。旧体制との相違を示すために、ロシア、東欧諸国の新政権は個人通報手続をはじめ、人権条約の実施及び国連の人権活動に対して、積極性を見せるようになった。

●ロシアにおける人権状況

 アメリカとソ連の対立は、ハンチントンの文明学的な分類では、西洋文明とロシア文明の中核国家の対立だった。宗教的には同じキリスト教圏の文明だが、カトリック・プロテスタントとロシア正教との違いがある。トッドの家族形態論で言えば、旧ソ連は共同体家族が支配的な社会であり、権威/平等を価値観とする。この価値観は、アメリカの絶対核家族に基づく自由/不平等の価値観とは、大きく異なる。家族型的な価値観の違いによって、人間観が異なり、自由と権利に対する考え方も異なっていた。ソ連解体後は、ロシアがロシア正教文明の中核国家となっており、ロシアは文明学的にも家族形態論的にも旧ソ連の特徴を引き継いでいる。
 ロシアは、脱共産化によって生まれた国家ゆえ、一定の民主化が行われてはいる。しかし、欧米や日本に比べると、国民の権利は規制されている。旧KGB出身のプーチンは、大統領職、首相職、再び大統領職を歴任して、強権的な政治を行い、政権に批判的な政治家、ジャーナリスト、財界人等を逮捕したり、拘束したりしている。彼らの暗殺を行っているという批判もある。
 旧ソ連の場合は、社会主義共和国連邦と称したが、各自治共和国は民族や文化が異なっており、それを共産党が支配する連邦制の国家だった。ロシア民族が人口の5割を占めた。スターリンによって、ロシア民族による少数民族への支配・搾取が行われた。その代表的な例が、チェチェン民族に対するものである。チェチェン人は、スターリンからナチス・ドイツに協力したと決めつけられ、民族ごと強制移住させられたという苦難の経験を持つ。
 1991年11月、チェチェン独立派が、崩壊寸前のソ連からの独立を宣言し、以後独立運動が続けられている。これに対し、94年にロシア軍がチェチェンに武力侵攻を行い、二次にわたる紛争が起こった。チェチェンは石油、天然ガス、鉄鉱石などの地下資源が豊富であり、ロシアは独立を認めようとしない。ロシアは無差別かつ大規模な民間人への攻撃を行い、チェチェン人口の約10分の1が死亡し、5万人のチェチェン人が国外で難民となっている。チェチェン人過激派はモスクワ等で無差別テロを行い、泥沼化している。チェチェン人はイスラーム教徒が多い。ロシア正教文明とは異なるイスラーム文明に属する。チェチェン人への対処は、独立国家共同体(CIS)に加盟するイスラーム系共和国との関係に影響する。それだけに、ロシアは武力でチェチェン人の独立を防ぎ、他に波及しないように画策している。このような国が国連では安保理常任理事国の地位にある。
 2014年2月、ロシアは、ウクライナのクリミア共和国を併合した。この出来事は、冷戦終焉後、初めての現状変更であり、世界の緊張が高まった。米欧日はロシアに経済制裁やG8から除く等の対処をしたが、プーチン大統領によってクリミア併合は既成事実化された。ウクライナ東部では、ウクライナ政府軍と親ロ派による内戦状態になり、ようやく2015年2月に停戦合意がされたものの、なお不安定な状態が続いている。こうした事実上の領土併合、武力による制圧、内戦等は、単なる外交・安全保障の問題ではなく、人々の生存・生活を揺るがす点で、同時に人権問題でもある。国家の主権をめぐる紛争が生じている状況では、個人の権利より、主権の問題が優先される。個人の権利は集団の権利あってのものである。集団の権利が確保され、安定していないと、個人の権利の保障はできない。

 次回に続く。

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