今西錦司は、日本の社会人類学、生態学の草分けです。霊長類研究の指導者としても有名です。今西は、ダーウィンの進化論に異議を唱え、独創的な「棲み分け理論」を展開しています。
ダーウィンの進化理論は、自然淘汰説として知られています。彼は、『種の起源』に以下のように記しています。
「もしもある生物にとって有用な変異が起こるとすれば、このような形質を持つ個体は確かに、生活のための闘争において保存される最良の機会を持つことになろう。そして、遺伝の強力な原理に基づき、それらは同等な形質を持つ子孫を生じる傾向を示すであろう。このような保存の原理を、簡単に言うため、私は『自然淘汰』と呼んだ」
つまり、生存競争の結果、最適者だけが生き残るということです。
ダーウィンの自然観察は、ガラパゴス諸島と、イギリスの自宅の庭先に限られていました。その狭い範囲での観察に基づいてこのような理論を提起したにすぎません。
これに対し、今西は、人生の大半を世界各地の自然観察に費やし、その結果、自然はダーウィンの言うような生存競争の場ではないと論じたのです。
今西によれば、生物の進化とは、少数の種の生物が、数百万の種に分化しながら、それぞれ多様な環境に適応して特殊化してきた歴史です。
「 すべての生物がこのようにして、それぞれ特殊な環境に適応し、その主人公になったならば、そこに成りたつ生物の世界は『棲み分け』によるすべての生物の平和共存の世界である」
ここに今西の進化理論、「棲み分け理論」のエッセンスがあります。競争よりも共存だというのです。
今西が、「棲み分け理論」を思いついたきっかけは、カゲロウの研究でした。京都・加茂川に棲むカゲロウの幼虫を観察するうちに、今西は異なった種が川の中で棲み分けている事実に気づきました。生物は、個体間の競争の結果、最適者のみが生存しているのではありません。むしろ地球上には数百万を超える様々な生物が「種」として存在し、それぞれ「棲み分け」をし合いながら共存共栄していると考えられます。そこで、今西は、ダーウィンが個体のレベルで進化の過程を考えたのに対し、種のレベルで進化をとらえることを提唱しました。
進化論で未解決の問題に、キリンの首はなぜ長くなったのかという問いがあります。ダーウィン説は、首の長いほうが生存に適しているので、首が長くなる方向に進化したと説明します。ところが今日まで、中間的な長さの首を持つキリンの化石は、一つも発見されていません。それどころか、化石が示しているのは、ある時、突然のようにキリンの首が長くなったことです。キリンだけではありません。ほとんどの生物の場合、進化過程における中間段階の化石は、見つかっていないのです。それゆえ、進化における変化は、種の全体に突然のように起こったと考えられます。
今西は、このことを次のように言い表します。「種は変わるべくして変わる」のだと。より理論的に表現すれば、「進化とは、種社会の棲み分けの密度化であり、個体から始まるのではなく、種社会を構成している種個体の全体が、変わるべき時が来たら、皆いっせいに変わるのである」ということになります。
この発想は、自然とは「自(おの)ずから成るもの」という自然観を持つ日本人には、直感的に理解できるものでしょう。自然には、人間の知恵では理解し得ない、深遠な原理があり、それによって生態系の進化が起こっているのです。その原理を究めることはまだ人間にはできませんが、次のことは言えます。
生物の社会は、個体間に弱肉強食の競争原理が支配しているようでいて、その奥には種の間の共存原理が働いているということです。ある種から新しい種が生まれても、強い種だけが生き残るのではなく、弱い種や古い種も一緒に共存していくのです。これは、最初は種の少なかった地球の生物社会に、魚類が登場し、両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類という風に、どんどん種が増え、それらが水中・地上・空中など様々な環境に棲み分けて、豊かな生命世界を創っていることを見れば明らかです。今西が「進化とは、種社会の棲み分けの密度化」であるという所以です。
このように考えると、ダーウィンの進化理論が競争原理という一面的な理論であるのに対し、今西の理論は共存原理によって、生物社会の全体像をとらえようとする、より高次の理論ということができます。「棲み分け」理論は、これまでの西洋的な発想による進化論に対し、有力な反論を提起したものであり、日本人による世界的な業績です。
19世紀半ば以降、ダーウィンの理論の影響を受け、国家・民族・階級の関係をも競争原理によって見る見方が広がりました。今西の理論は、その見方の偏りを正し、人類社会を共存共栄へと転換する原理への示唆を与えるものともいえましょう。
参考資料
・今西錦司著『私の進化論』(思索社)、『生物社会の論理』(平凡社)、『主体性の進化論』(中公新書)
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
************************************
ダーウィンの進化理論は、自然淘汰説として知られています。彼は、『種の起源』に以下のように記しています。
「もしもある生物にとって有用な変異が起こるとすれば、このような形質を持つ個体は確かに、生活のための闘争において保存される最良の機会を持つことになろう。そして、遺伝の強力な原理に基づき、それらは同等な形質を持つ子孫を生じる傾向を示すであろう。このような保存の原理を、簡単に言うため、私は『自然淘汰』と呼んだ」
つまり、生存競争の結果、最適者だけが生き残るということです。
ダーウィンの自然観察は、ガラパゴス諸島と、イギリスの自宅の庭先に限られていました。その狭い範囲での観察に基づいてこのような理論を提起したにすぎません。
これに対し、今西は、人生の大半を世界各地の自然観察に費やし、その結果、自然はダーウィンの言うような生存競争の場ではないと論じたのです。
今西によれば、生物の進化とは、少数の種の生物が、数百万の種に分化しながら、それぞれ多様な環境に適応して特殊化してきた歴史です。
「 すべての生物がこのようにして、それぞれ特殊な環境に適応し、その主人公になったならば、そこに成りたつ生物の世界は『棲み分け』によるすべての生物の平和共存の世界である」
ここに今西の進化理論、「棲み分け理論」のエッセンスがあります。競争よりも共存だというのです。
今西が、「棲み分け理論」を思いついたきっかけは、カゲロウの研究でした。京都・加茂川に棲むカゲロウの幼虫を観察するうちに、今西は異なった種が川の中で棲み分けている事実に気づきました。生物は、個体間の競争の結果、最適者のみが生存しているのではありません。むしろ地球上には数百万を超える様々な生物が「種」として存在し、それぞれ「棲み分け」をし合いながら共存共栄していると考えられます。そこで、今西は、ダーウィンが個体のレベルで進化の過程を考えたのに対し、種のレベルで進化をとらえることを提唱しました。
進化論で未解決の問題に、キリンの首はなぜ長くなったのかという問いがあります。ダーウィン説は、首の長いほうが生存に適しているので、首が長くなる方向に進化したと説明します。ところが今日まで、中間的な長さの首を持つキリンの化石は、一つも発見されていません。それどころか、化石が示しているのは、ある時、突然のようにキリンの首が長くなったことです。キリンだけではありません。ほとんどの生物の場合、進化過程における中間段階の化石は、見つかっていないのです。それゆえ、進化における変化は、種の全体に突然のように起こったと考えられます。
今西は、このことを次のように言い表します。「種は変わるべくして変わる」のだと。より理論的に表現すれば、「進化とは、種社会の棲み分けの密度化であり、個体から始まるのではなく、種社会を構成している種個体の全体が、変わるべき時が来たら、皆いっせいに変わるのである」ということになります。
この発想は、自然とは「自(おの)ずから成るもの」という自然観を持つ日本人には、直感的に理解できるものでしょう。自然には、人間の知恵では理解し得ない、深遠な原理があり、それによって生態系の進化が起こっているのです。その原理を究めることはまだ人間にはできませんが、次のことは言えます。
生物の社会は、個体間に弱肉強食の競争原理が支配しているようでいて、その奥には種の間の共存原理が働いているということです。ある種から新しい種が生まれても、強い種だけが生き残るのではなく、弱い種や古い種も一緒に共存していくのです。これは、最初は種の少なかった地球の生物社会に、魚類が登場し、両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類という風に、どんどん種が増え、それらが水中・地上・空中など様々な環境に棲み分けて、豊かな生命世界を創っていることを見れば明らかです。今西が「進化とは、種社会の棲み分けの密度化」であるという所以です。
このように考えると、ダーウィンの進化理論が競争原理という一面的な理論であるのに対し、今西の理論は共存原理によって、生物社会の全体像をとらえようとする、より高次の理論ということができます。「棲み分け」理論は、これまでの西洋的な発想による進化論に対し、有力な反論を提起したものであり、日本人による世界的な業績です。
19世紀半ば以降、ダーウィンの理論の影響を受け、国家・民族・階級の関係をも競争原理によって見る見方が広がりました。今西の理論は、その見方の偏りを正し、人類社会を共存共栄へと転換する原理への示唆を与えるものともいえましょう。
参考資料
・今西錦司著『私の進化論』(思索社)、『生物社会の論理』(平凡社)、『主体性の進化論』(中公新書)
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
************************************