●RIIAとCFRの設立
ヴェルサイユ講和会議に参加した英米の円卓会議のメンバーらは、会議の結果に失望した。そこで「国際問題の科学的研究を促す」ため、イギリスとアメリカに支部を持つ組織を創設することで合意した。その合意のもとに、1920年ロンドンに創られたのが王立国際問題研究所(RIIA:The Royal Institute of International Affairs、チャタム・ハウス)であり、21年ニューヨークに創られたのが外交評議会(CFR:Council on Foreign Relations)である。これらの機関は、第1次世界大戦終結時に世界の指導者が国際連盟を真の世界政府にしようとして失敗したために生まれた組織だったと考えられる。
第1次世界大戦の終結時、円卓会議は、組織を大々的に拡大する必要を生じた。その仕事は、アルフレッド・ミルナーの指導を受けた「ミルナー幼稚園」と呼ばれるグループのリーダー格だったライオネル・カーティスに委ねられた。そのカーティスが中心となって作られたのが、RIIAである。所在地にちなんで、チャタム・ハウスともいう。諸大陸に植民地を所有する大英帝国における国際問題の調査・研究機関である。設立当時の目的は、イギリスの覇権を維持・拡大することにあった。1923年以降、歴代の首相と植民地総督が名誉所長を務め、理事長は王族の一員であるケント公である。また、イギリス女王が後援会総裁の座にある。
RIIAは前線組織であり、その中核は、各地に隠れて存在する円卓会議グループだった。一方、CFRは、RIIAのニューヨーク支部として、1921年にエドワード・マンデル・ハウスが中心となって設立された。そして、円卓会議の指揮のもとに、RIIAとCFRは、英米の外交を動かす表向きの組織として活動していった。
CFRは、外交問題・世界情勢を分析・研究する非営利の会員制組織である。同会の公式見解によると、その目的は「アメリカの政治、経済、金融問題の国際的局面に関して継続的に協議を行うこと」にあるという。しかし、元はイギリスがアメリカを管理下に置き、一大帝国連邦を築くことに目的があった。
CFRの初代会長には、元国務長官エリフ・ルートが就いた。ルートは、モルガン商会とクーン・ローブ商会の弁護士をしていた。モルガン家の実態はロスチャイルド家の代理人であり、クーン・ローブ商会もロスチャイルド家との関係が深いから、ルートはロスチャイルド=モルガン・グループの一員と考えられる。
ただし、CFRは、RIIAの完全な支部ではなく、一定の自立性を持った組織としてスタートした。設立時点では、イギリス円卓会議・ロスチャイルド家の意向が強かっただろうが、段々アメリカ側の主体的な傾向が強くなっていったと考えられる。設立後、CFRは、アメリカの政治、特に外交政策の決定に対し、著しい影響力を振るってきた。現在もCFRは、会員を合衆国市民と永住権獲得者に限っている。外交問題に関し、全米最大のシンクタンクであり続けている。
CFRは超党派の組織であり、共和党・民主党の違いに関わらず、歴代大統領の多くがその会員である。第31代ハーバート・フーヴァーに始まり第45代ドナルド・トランプまでの15人中で9人がそうである。60%に上る。また、CFRは、アメリカ政府の最重要ポストに多数の会員を送り込んできた。この組織に所属するエリートたちが、アメリカの支配集団の主要部分をなすと考えられる。その中には、多くのユダヤ人がいる。
アメリカ合衆国は、伝統的にWASP(ワスプ)すなわちホワイト=アングロ・サクソン=プロテスタントが社会の主流を成してきた。上流階層の社交クラブでは、ユダヤ系アメリカ人の入会が認められない時代が続いた。しかし、CFRは、早くからユダヤ人にも門戸を開いてきた。CFRは、設立当時のメンバーにユダヤ人を含んでいた。ジェイコブ・シフ、ポール・ウォーバーグのほか、実業家のバーナード・バルーク、『世論』で有名になるウォルター・リップマン等がいた。設立の中心となったハウスはユダヤ社会の一員か、それに非常に近い人間だったと思われる。
CFRは、WASPが支配する社会で、ユダヤ人が地位を築き、活躍していくのに、格好の場となった。それを可能にしたのは、ロスチャイルド家等のユダヤ人国際金融資本家たちの資金力だろう。
私は、CFR隆盛の一要因は、アングロ・サクソン系とユダヤ系の人脈的・文化的・経済的結合にあると思われる。CFRの由来はイギリスの円卓会議にあり、円卓会議にはイギリス貴族とともに、その一員としてユダヤ人ロスチャイルド家の者が列席した。そうした円卓会議が前線組織の支部を開いたのがCFRだとすれば、CFRがアングロ・サクソン=ユダヤ連合をアメリカに拡大する機関としても機能してきたのは、当然だろうと私は理解している。
CFRメンバーの中で今日のアメリカの外交政策に最も強い影響を与えているのが、ユダヤ人のヘンリー・キッシンジャーとユダヤ系と言われるズビグニュー・ブレジンスキーである。彼らについては、後にあらためて書く。
次回に続く。
ヴェルサイユ講和会議に参加した英米の円卓会議のメンバーらは、会議の結果に失望した。そこで「国際問題の科学的研究を促す」ため、イギリスとアメリカに支部を持つ組織を創設することで合意した。その合意のもとに、1920年ロンドンに創られたのが王立国際問題研究所(RIIA:The Royal Institute of International Affairs、チャタム・ハウス)であり、21年ニューヨークに創られたのが外交評議会(CFR:Council on Foreign Relations)である。これらの機関は、第1次世界大戦終結時に世界の指導者が国際連盟を真の世界政府にしようとして失敗したために生まれた組織だったと考えられる。
第1次世界大戦の終結時、円卓会議は、組織を大々的に拡大する必要を生じた。その仕事は、アルフレッド・ミルナーの指導を受けた「ミルナー幼稚園」と呼ばれるグループのリーダー格だったライオネル・カーティスに委ねられた。そのカーティスが中心となって作られたのが、RIIAである。所在地にちなんで、チャタム・ハウスともいう。諸大陸に植民地を所有する大英帝国における国際問題の調査・研究機関である。設立当時の目的は、イギリスの覇権を維持・拡大することにあった。1923年以降、歴代の首相と植民地総督が名誉所長を務め、理事長は王族の一員であるケント公である。また、イギリス女王が後援会総裁の座にある。
RIIAは前線組織であり、その中核は、各地に隠れて存在する円卓会議グループだった。一方、CFRは、RIIAのニューヨーク支部として、1921年にエドワード・マンデル・ハウスが中心となって設立された。そして、円卓会議の指揮のもとに、RIIAとCFRは、英米の外交を動かす表向きの組織として活動していった。
CFRは、外交問題・世界情勢を分析・研究する非営利の会員制組織である。同会の公式見解によると、その目的は「アメリカの政治、経済、金融問題の国際的局面に関して継続的に協議を行うこと」にあるという。しかし、元はイギリスがアメリカを管理下に置き、一大帝国連邦を築くことに目的があった。
CFRの初代会長には、元国務長官エリフ・ルートが就いた。ルートは、モルガン商会とクーン・ローブ商会の弁護士をしていた。モルガン家の実態はロスチャイルド家の代理人であり、クーン・ローブ商会もロスチャイルド家との関係が深いから、ルートはロスチャイルド=モルガン・グループの一員と考えられる。
ただし、CFRは、RIIAの完全な支部ではなく、一定の自立性を持った組織としてスタートした。設立時点では、イギリス円卓会議・ロスチャイルド家の意向が強かっただろうが、段々アメリカ側の主体的な傾向が強くなっていったと考えられる。設立後、CFRは、アメリカの政治、特に外交政策の決定に対し、著しい影響力を振るってきた。現在もCFRは、会員を合衆国市民と永住権獲得者に限っている。外交問題に関し、全米最大のシンクタンクであり続けている。
CFRは超党派の組織であり、共和党・民主党の違いに関わらず、歴代大統領の多くがその会員である。第31代ハーバート・フーヴァーに始まり第45代ドナルド・トランプまでの15人中で9人がそうである。60%に上る。また、CFRは、アメリカ政府の最重要ポストに多数の会員を送り込んできた。この組織に所属するエリートたちが、アメリカの支配集団の主要部分をなすと考えられる。その中には、多くのユダヤ人がいる。
アメリカ合衆国は、伝統的にWASP(ワスプ)すなわちホワイト=アングロ・サクソン=プロテスタントが社会の主流を成してきた。上流階層の社交クラブでは、ユダヤ系アメリカ人の入会が認められない時代が続いた。しかし、CFRは、早くからユダヤ人にも門戸を開いてきた。CFRは、設立当時のメンバーにユダヤ人を含んでいた。ジェイコブ・シフ、ポール・ウォーバーグのほか、実業家のバーナード・バルーク、『世論』で有名になるウォルター・リップマン等がいた。設立の中心となったハウスはユダヤ社会の一員か、それに非常に近い人間だったと思われる。
CFRは、WASPが支配する社会で、ユダヤ人が地位を築き、活躍していくのに、格好の場となった。それを可能にしたのは、ロスチャイルド家等のユダヤ人国際金融資本家たちの資金力だろう。
私は、CFR隆盛の一要因は、アングロ・サクソン系とユダヤ系の人脈的・文化的・経済的結合にあると思われる。CFRの由来はイギリスの円卓会議にあり、円卓会議にはイギリス貴族とともに、その一員としてユダヤ人ロスチャイルド家の者が列席した。そうした円卓会議が前線組織の支部を開いたのがCFRだとすれば、CFRがアングロ・サクソン=ユダヤ連合をアメリカに拡大する機関としても機能してきたのは、当然だろうと私は理解している。
CFRメンバーの中で今日のアメリカの外交政策に最も強い影響を与えているのが、ユダヤ人のヘンリー・キッシンジャーとユダヤ系と言われるズビグニュー・ブレジンスキーである。彼らについては、後にあらためて書く。
次回に続く。