三笠宮殿下の薨去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
国民が深い悲しみに包まれるなか、本日朝、産経新聞は「生前退位」を止め、「譲位」を使うと発表した。マスメディアや有識者に用語の変更を求めてきた者の一人として、産経新聞のこの対応を評価する。
一方、「生前退位」を使い続けるとともに、三笠宮殿下の「薨去」については「逝去」「死去」という誤った用語で報道しているメディアに対し、強く抗議する。
さて、政府は、天皇陛下が皇太子殿下に皇位を継承する際の重要な儀礼である大嘗祭を、平成30年11月に執り行う方向で検討に入ったと報じられる。この日程で計画するには、準備に1年近くかかるため、来年(29年)の通常国会で皇室典範の改正を含む法整備を行わねば間に合わないという。10月17日、安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の初会合が首相官邸で開催された。来月から始める専門家からのヒアリングを踏まえ、年明けにも論点をまとめる。政府は有識者会議の提言を受け、必要な法整備を目指すとのことである。
1か月ほど前になるが、私は、9月の中旬から下旬にかけて、本件に関わる講演を、東京都港区、長野県松本市、栃木県下野市で行った。題名は「日本の国柄と天皇の役割」である。その概要を3回に分けて掲載する。
●日本の国柄と天皇の役割
我が国に伝わる伝統的な精神を、日本精神という。日本精神は、人と人、人と自然が調和して生きる人間の生き方である。家庭にあっては親子や夫婦が調和して生きる。また、祖先を敬い、子孫の繁栄を願って生きる。そうした家族が多数集まって、一つの国を形成している。その国の中心には、皇室があり、国民が皇室を中心とした一大家族のような社会を築いている。これが日本の伝統的な国柄である。これは人為的に作ったものとは違う。自然に作られてきたものであり、自然の法則にかなっている。
今上陛下は、第125代の天皇であり、神武天皇以来、男系による継承が今日まで一貫して行なわれてきている。世界に類例を見ない万世一系の皇統である。ここにわが国の比類ない国柄がある。
だが、大東亜戦争の敗戦後、こうした国柄が見失われがちになっている。我が国を占領したGHQは、占領政策の目的を、日本が再び米国及び世界の脅威とならないようにすることにおいた。一言で言えば、日本の弱体化である。最大のポイントとされたのは、天皇の権威を引き下げ、天皇の権限を少なくし、天皇と国民の紐帯を弱めることだった。
その結果、現行憲法において、天皇は「日本国の象徴」にして「日本国民統合の象徴」と規定されている。象徴とは何かについて憲法は規定していない。
もともと我が国は祭政一致を伝統とする。天皇は本来、民族の中心として祭祀を司るとともに、歴史的には親政を行ってきた。貴族や武士に政権を委ねても、最も重要なことは、天皇が裁可した。本来の天皇は、象徴以上のものである。
●皇位に必要なもの~血統・神器・君徳
我が国の天皇は、古来、侵しがたい権威あるものと仰がれてきた。その権威は、天照大神の子孫である神武天皇の血筋を引いており、また天照大神から授けられた三種の神器を持っていることによっている。そして、そのうえに、天皇が天皇にふさわしい徳を備えていることが、国民の崇敬を集めてきた所以である。すなわち、血統・神器・君徳の三つが天皇に求められる要件とされてきた。
(1)血統
初代神武天皇以来、今日の第125代の今上陛下まで、一系の血統で皇位を継承している。「万世一系」とは、単に血筋がつながっているのでなく、男系継承によってのみ可能なことである。男系とは父方を通じて皇室とつながっているということである。一度も途切れることなく皇位が男系で継承されてきたから、「皇統連綿」と言いうる。男系継承を2千年以上、125代にわたって続けてきた人類唯一の家系が、日本の皇室である。このような王朝は、世界のどこにもない。
ところで、10年ほど前、女性天皇を可能にしようとする動きがあった。悠仁親王殿下が誕生されたので、その動きは下火になった。悠仁様がおられるのに、愛子内親王を天皇にするという考えはありえない。しかし、共産党は男女平等だから女性も天皇になれるようにすべきだと主張し、学校でもそのように教えているところがあるようだ。
天皇や皇室に関することは、皇室典範に定めている。明治時代に皇室典範に天皇は男子が継承すると決め、現在の皇室典範もそのように定めている。歴史的には、女性天皇は8方10代の例がある。男系男子による継承を原則として、適当な男子がいない時に、つなぎとして女性天皇を立てたものだった。
今後もし、また女性天皇を可能にという動きが起った場合、女性天皇には皇室廃絶の危険性があることを知らねばならない。女性天皇は在位中は結婚しないのが慣習である。だが、もし女性天皇に結婚してよいと変え、子供が生まれるとその子は女系となる。女系の子が継ぐと、配偶者(皇配)の系統となりそこで王朝が替わってしまう。つまり、神武天皇以来の皇室がそこで断絶し、別の王朝になってしまう。配偶者が佐藤家なら佐藤王朝、その子も女性で鈴木という配偶者と結婚すれば鈴木王朝ということになる。こういうことがないように、元皇族の系統の方々に皇族に戻っていただくなどして、皇族の人数を増やし、皇室が繁栄していけるようにする必要がある。
(2)神器
天皇は、単に血統によるだけでなく、三種の神器を保持していることを求められる。三種の神器は、古代から天皇の位を象徴するものとして、歴代天皇に継承されてきた。
記紀によると、皇室の祖先神とされる天照大神は、天孫ニニギノミコトを、葦原中国(あしはらのなかつくに)すなわちこの日本国に遣わす際、「三種の神器」を授けたとされる。つまり八咫鏡(やたのかがみ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)の三種である。
鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、それぞれ祀られている。八坂瓊曲玉だけは神璽(しんじ)として宮中に安置されてきた。また、分霊された鏡が宮中の天照大神を祀る賢所(かしこどころ)に奉安されている。剣の分身と曲玉は、天皇のお側近くに常に安置されている。
これら三種の神器は、代々の天皇により皇位の証として継承され、天皇が一日以上の行事に出かけられる時は、剣璽御動座(けんじごどうざ)といって剣と曲玉が陛下と共に渡御(とぎょ)される。
(3)君徳
天皇に必要なものは、血統と神器だけではない。天皇にふさわしい徳、君徳を備えていることが求められる。
わが国の天皇には、国民に「仁」の心を持つという伝統がある。日本書紀には、初代天皇とされる神武天皇が、「民」を「おおみたから」と呼んだことが記されている。神武天皇にとって、国民は皇祖・天照大神から託された大切な宝物だった。そして、神武天皇は、日本を建国するに当たり、国民を大切にすることを統治の根本とした。
その後の天皇には、こういう思想が受け継がれている。最も有名なのは、第16代仁徳天皇である。仁徳天皇は、国民が貧しい生活をしていることに気づくと、3年間年貢などを免除した。そして、3年後、高台に立って、炊事の煙があちこちに上がっているのを見て、「自分は、すでに富んだ」と喜んだと伝えられる。
こうした仁の伝統は、現代の皇室にまで脈々と受け継がれている。天皇・皇后両陛下は即位後、大規模な自然災害が起きるたび、可能な限り速やかに現地を訪問されてきた。平成7年(1995)の阪神淡路大震災では、震災後約2週間で兵庫県に入られた。深い哀悼の意を表される両陛下のお姿は、現地の人々に感動を与えた。また一人一人に温かい声をかけられる両陛下のお心は、被災者の人々に大きな励ましとなった。平成23年(2011)3月11日、東日本大震災が起こった際には、震災発生から5日後、3月16日、国民にビデオメッセージを賜った。陛下がビデオでお気持を述べられるのは、初めてのことだった。
次回に続く。
国民が深い悲しみに包まれるなか、本日朝、産経新聞は「生前退位」を止め、「譲位」を使うと発表した。マスメディアや有識者に用語の変更を求めてきた者の一人として、産経新聞のこの対応を評価する。
一方、「生前退位」を使い続けるとともに、三笠宮殿下の「薨去」については「逝去」「死去」という誤った用語で報道しているメディアに対し、強く抗議する。
さて、政府は、天皇陛下が皇太子殿下に皇位を継承する際の重要な儀礼である大嘗祭を、平成30年11月に執り行う方向で検討に入ったと報じられる。この日程で計画するには、準備に1年近くかかるため、来年(29年)の通常国会で皇室典範の改正を含む法整備を行わねば間に合わないという。10月17日、安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の初会合が首相官邸で開催された。来月から始める専門家からのヒアリングを踏まえ、年明けにも論点をまとめる。政府は有識者会議の提言を受け、必要な法整備を目指すとのことである。
1か月ほど前になるが、私は、9月の中旬から下旬にかけて、本件に関わる講演を、東京都港区、長野県松本市、栃木県下野市で行った。題名は「日本の国柄と天皇の役割」である。その概要を3回に分けて掲載する。
●日本の国柄と天皇の役割
我が国に伝わる伝統的な精神を、日本精神という。日本精神は、人と人、人と自然が調和して生きる人間の生き方である。家庭にあっては親子や夫婦が調和して生きる。また、祖先を敬い、子孫の繁栄を願って生きる。そうした家族が多数集まって、一つの国を形成している。その国の中心には、皇室があり、国民が皇室を中心とした一大家族のような社会を築いている。これが日本の伝統的な国柄である。これは人為的に作ったものとは違う。自然に作られてきたものであり、自然の法則にかなっている。
今上陛下は、第125代の天皇であり、神武天皇以来、男系による継承が今日まで一貫して行なわれてきている。世界に類例を見ない万世一系の皇統である。ここにわが国の比類ない国柄がある。
だが、大東亜戦争の敗戦後、こうした国柄が見失われがちになっている。我が国を占領したGHQは、占領政策の目的を、日本が再び米国及び世界の脅威とならないようにすることにおいた。一言で言えば、日本の弱体化である。最大のポイントとされたのは、天皇の権威を引き下げ、天皇の権限を少なくし、天皇と国民の紐帯を弱めることだった。
その結果、現行憲法において、天皇は「日本国の象徴」にして「日本国民統合の象徴」と規定されている。象徴とは何かについて憲法は規定していない。
もともと我が国は祭政一致を伝統とする。天皇は本来、民族の中心として祭祀を司るとともに、歴史的には親政を行ってきた。貴族や武士に政権を委ねても、最も重要なことは、天皇が裁可した。本来の天皇は、象徴以上のものである。
●皇位に必要なもの~血統・神器・君徳
我が国の天皇は、古来、侵しがたい権威あるものと仰がれてきた。その権威は、天照大神の子孫である神武天皇の血筋を引いており、また天照大神から授けられた三種の神器を持っていることによっている。そして、そのうえに、天皇が天皇にふさわしい徳を備えていることが、国民の崇敬を集めてきた所以である。すなわち、血統・神器・君徳の三つが天皇に求められる要件とされてきた。
(1)血統
初代神武天皇以来、今日の第125代の今上陛下まで、一系の血統で皇位を継承している。「万世一系」とは、単に血筋がつながっているのでなく、男系継承によってのみ可能なことである。男系とは父方を通じて皇室とつながっているということである。一度も途切れることなく皇位が男系で継承されてきたから、「皇統連綿」と言いうる。男系継承を2千年以上、125代にわたって続けてきた人類唯一の家系が、日本の皇室である。このような王朝は、世界のどこにもない。
ところで、10年ほど前、女性天皇を可能にしようとする動きがあった。悠仁親王殿下が誕生されたので、その動きは下火になった。悠仁様がおられるのに、愛子内親王を天皇にするという考えはありえない。しかし、共産党は男女平等だから女性も天皇になれるようにすべきだと主張し、学校でもそのように教えているところがあるようだ。
天皇や皇室に関することは、皇室典範に定めている。明治時代に皇室典範に天皇は男子が継承すると決め、現在の皇室典範もそのように定めている。歴史的には、女性天皇は8方10代の例がある。男系男子による継承を原則として、適当な男子がいない時に、つなぎとして女性天皇を立てたものだった。
今後もし、また女性天皇を可能にという動きが起った場合、女性天皇には皇室廃絶の危険性があることを知らねばならない。女性天皇は在位中は結婚しないのが慣習である。だが、もし女性天皇に結婚してよいと変え、子供が生まれるとその子は女系となる。女系の子が継ぐと、配偶者(皇配)の系統となりそこで王朝が替わってしまう。つまり、神武天皇以来の皇室がそこで断絶し、別の王朝になってしまう。配偶者が佐藤家なら佐藤王朝、その子も女性で鈴木という配偶者と結婚すれば鈴木王朝ということになる。こういうことがないように、元皇族の系統の方々に皇族に戻っていただくなどして、皇族の人数を増やし、皇室が繁栄していけるようにする必要がある。
(2)神器
天皇は、単に血統によるだけでなく、三種の神器を保持していることを求められる。三種の神器は、古代から天皇の位を象徴するものとして、歴代天皇に継承されてきた。
記紀によると、皇室の祖先神とされる天照大神は、天孫ニニギノミコトを、葦原中国(あしはらのなかつくに)すなわちこの日本国に遣わす際、「三種の神器」を授けたとされる。つまり八咫鏡(やたのかがみ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)の三種である。
鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、それぞれ祀られている。八坂瓊曲玉だけは神璽(しんじ)として宮中に安置されてきた。また、分霊された鏡が宮中の天照大神を祀る賢所(かしこどころ)に奉安されている。剣の分身と曲玉は、天皇のお側近くに常に安置されている。
これら三種の神器は、代々の天皇により皇位の証として継承され、天皇が一日以上の行事に出かけられる時は、剣璽御動座(けんじごどうざ)といって剣と曲玉が陛下と共に渡御(とぎょ)される。
(3)君徳
天皇に必要なものは、血統と神器だけではない。天皇にふさわしい徳、君徳を備えていることが求められる。
わが国の天皇には、国民に「仁」の心を持つという伝統がある。日本書紀には、初代天皇とされる神武天皇が、「民」を「おおみたから」と呼んだことが記されている。神武天皇にとって、国民は皇祖・天照大神から託された大切な宝物だった。そして、神武天皇は、日本を建国するに当たり、国民を大切にすることを統治の根本とした。
その後の天皇には、こういう思想が受け継がれている。最も有名なのは、第16代仁徳天皇である。仁徳天皇は、国民が貧しい生活をしていることに気づくと、3年間年貢などを免除した。そして、3年後、高台に立って、炊事の煙があちこちに上がっているのを見て、「自分は、すでに富んだ」と喜んだと伝えられる。
こうした仁の伝統は、現代の皇室にまで脈々と受け継がれている。天皇・皇后両陛下は即位後、大規模な自然災害が起きるたび、可能な限り速やかに現地を訪問されてきた。平成7年(1995)の阪神淡路大震災では、震災後約2週間で兵庫県に入られた。深い哀悼の意を表される両陛下のお姿は、現地の人々に感動を与えた。また一人一人に温かい声をかけられる両陛下のお心は、被災者の人々に大きな励ましとなった。平成23年(2011)3月11日、東日本大震災が起こった際には、震災発生から5日後、3月16日、国民にビデオメッセージを賜った。陛下がビデオでお気持を述べられるのは、初めてのことだった。
次回に続く。