●世界人権宣言の起草過程
私は、人権の基礎づけの検討に当たって、世界人権宣言が、どのように起草されたか、を点検することが有益だと考える。世界人権宣言は、今日の人権論が直接間接に拠って立つものだからである。人権論は、具体的な事例と歴史的な経緯を基に論じないと、抽象論に陥る。
政治学者のマイケル・イグナティエフは、人権を正当化する根拠は必要ないというプラグマティックな考え方を取る。その考え方は、ミラーの挙げる人権正当化の第一の戦略、「実践に基づく戦略」に当たるが、イグナティエフの主張は、世界人権宣言の起草過程を踏まえたものである点で注目される。イグナティエフは、著書『人権の政治学』に次のように書いている。
「世界人権宣言の起草に際しては、西洋的伝統だけでなく、それ以外の多くの伝統からも代表が送り込まれた。中国人、中東のキリスト教徒、そしてまたマルクス主義者、ヒンズー教徒、ラテンアメリカ人、イスラム教徒である。そして、起草委員会のメンバーたちは、自分たちの任務は西洋が持つ確信を宣言としてまとめさえすればよいのではなく、メンバーたちの非常に多様な宗教的、政治的、民族的、哲学的背景の内部から、ある限られた範囲での道徳上の普遍を定義しようと試みることである、とはっきりと理解していた。
このことから、この文書の前文がなぜ神に言及していないのかの説明がつく。共産主義国の代表は、いかなるものであっても、神に言及することは拒否しただろう。また神の被造物であるという私たちに共通した実存のあり方から人権を導き出すような言葉づかいをすれば、反目し合っている宗教的伝統の間で意見が一致することなどとうていありえなかっただろう。それゆえ、この文書の素地が非宗教的なものであるのは、それがヨーロッパによる文化的支配であることのしるしなどではなく、むしろこの文書が、文化的及び政治的見解の幅広い違いを越えて合意を可能にするために構想された、プラグマティックな共通分母であることのしるしなのである」と。ただし、「もちろん西洋の発想――そして西洋の法律家たちーーが、この文書の起草において主導的な役割を果たしたという事実に変わりはない」と、イグナティエフは付け加えている。
宣言の特徴を、イグナティエフは明確に指摘する。「世界人権宣言の第1条は人権を正当化する論拠には全く言及することなく、端的にこう断言する。『すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳及び権利において平等である。人間は、理性及び良心を授けられており、互いに同胞愛の精神をもって行動しなければならない』。世界人権宣言は権利を謳い上げる。しかし、なぜ人々が権利を持っているのかは説明しない」と。
そして、次のように解説している。「世界人権宣言の起草をめぐる物語は、この沈黙が熟議にもとづくものであることを明らかにしている。1947年2月、エレノア・ルーズベルトがワシントン・スクエア・アパートメントに初めて起草委員会を招集した時、ある中国人の儒家とレバノンのトマス主義者が、権利の哲学的かつ形而上学的な基礎をめぐって議論を始め、お互いに一歩も引かなかった。ルーズベルト夫人は、議論を先に進めるためには、西洋と東洋とでは意見が一致しないということで意見を一致させるしかない、という結論に到達したのである」「それゆえ人権文化の核には熟議に基づく沈黙が存在している」「世界人権宣言は、権利が存在するのは当然のことであるとしたうえで、さらにそれを詳しく述べる方向へと進んでいくのである」と。
イグナティエフは、このように世界人権宣言の起草過程を踏まえて、人権の基礎づけの必要性を否定する。これに対し、政治学者のエイミー・ガットマンは、イグナティエフを批判する。ガットマンは、世界人権宣言第1条が複数の理由を挙げていることを述べ、根拠は一つではなく、複数認めるのがよいという意見を表明する。ガットマンの見解もまたミラーのいう「実践に基づく戦略」によるものである。
ガットマンの指摘するところでは、宣言における人権の基礎づけは、列挙的な方法となる。文化・宗教・思想の違う起草委員の間で合意のされたものが、宣言の条文には、複数列挙されている。第1条に盛られた自由かつ平等な人格、平等な尊厳、平等な被造物あるいは天賦の資質、同胞愛、人間としての理性・良心による主体的能力という要素を、ガットマンは人権の複数の根拠とするのである。イグナティエフとの違いは、第1条の文言に人権の根拠を認め、それらをそのまま根拠とする点である。複数の根拠の間の関係や、さらにそれらの基になっている人間については、考察していない。
次回に続く。
私は、人権の基礎づけの検討に当たって、世界人権宣言が、どのように起草されたか、を点検することが有益だと考える。世界人権宣言は、今日の人権論が直接間接に拠って立つものだからである。人権論は、具体的な事例と歴史的な経緯を基に論じないと、抽象論に陥る。
政治学者のマイケル・イグナティエフは、人権を正当化する根拠は必要ないというプラグマティックな考え方を取る。その考え方は、ミラーの挙げる人権正当化の第一の戦略、「実践に基づく戦略」に当たるが、イグナティエフの主張は、世界人権宣言の起草過程を踏まえたものである点で注目される。イグナティエフは、著書『人権の政治学』に次のように書いている。
「世界人権宣言の起草に際しては、西洋的伝統だけでなく、それ以外の多くの伝統からも代表が送り込まれた。中国人、中東のキリスト教徒、そしてまたマルクス主義者、ヒンズー教徒、ラテンアメリカ人、イスラム教徒である。そして、起草委員会のメンバーたちは、自分たちの任務は西洋が持つ確信を宣言としてまとめさえすればよいのではなく、メンバーたちの非常に多様な宗教的、政治的、民族的、哲学的背景の内部から、ある限られた範囲での道徳上の普遍を定義しようと試みることである、とはっきりと理解していた。
このことから、この文書の前文がなぜ神に言及していないのかの説明がつく。共産主義国の代表は、いかなるものであっても、神に言及することは拒否しただろう。また神の被造物であるという私たちに共通した実存のあり方から人権を導き出すような言葉づかいをすれば、反目し合っている宗教的伝統の間で意見が一致することなどとうていありえなかっただろう。それゆえ、この文書の素地が非宗教的なものであるのは、それがヨーロッパによる文化的支配であることのしるしなどではなく、むしろこの文書が、文化的及び政治的見解の幅広い違いを越えて合意を可能にするために構想された、プラグマティックな共通分母であることのしるしなのである」と。ただし、「もちろん西洋の発想――そして西洋の法律家たちーーが、この文書の起草において主導的な役割を果たしたという事実に変わりはない」と、イグナティエフは付け加えている。
宣言の特徴を、イグナティエフは明確に指摘する。「世界人権宣言の第1条は人権を正当化する論拠には全く言及することなく、端的にこう断言する。『すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳及び権利において平等である。人間は、理性及び良心を授けられており、互いに同胞愛の精神をもって行動しなければならない』。世界人権宣言は権利を謳い上げる。しかし、なぜ人々が権利を持っているのかは説明しない」と。
そして、次のように解説している。「世界人権宣言の起草をめぐる物語は、この沈黙が熟議にもとづくものであることを明らかにしている。1947年2月、エレノア・ルーズベルトがワシントン・スクエア・アパートメントに初めて起草委員会を招集した時、ある中国人の儒家とレバノンのトマス主義者が、権利の哲学的かつ形而上学的な基礎をめぐって議論を始め、お互いに一歩も引かなかった。ルーズベルト夫人は、議論を先に進めるためには、西洋と東洋とでは意見が一致しないということで意見を一致させるしかない、という結論に到達したのである」「それゆえ人権文化の核には熟議に基づく沈黙が存在している」「世界人権宣言は、権利が存在するのは当然のことであるとしたうえで、さらにそれを詳しく述べる方向へと進んでいくのである」と。
イグナティエフは、このように世界人権宣言の起草過程を踏まえて、人権の基礎づけの必要性を否定する。これに対し、政治学者のエイミー・ガットマンは、イグナティエフを批判する。ガットマンは、世界人権宣言第1条が複数の理由を挙げていることを述べ、根拠は一つではなく、複数認めるのがよいという意見を表明する。ガットマンの見解もまたミラーのいう「実践に基づく戦略」によるものである。
ガットマンの指摘するところでは、宣言における人権の基礎づけは、列挙的な方法となる。文化・宗教・思想の違う起草委員の間で合意のされたものが、宣言の条文には、複数列挙されている。第1条に盛られた自由かつ平等な人格、平等な尊厳、平等な被造物あるいは天賦の資質、同胞愛、人間としての理性・良心による主体的能力という要素を、ガットマンは人権の複数の根拠とするのである。イグナティエフとの違いは、第1条の文言に人権の根拠を認め、それらをそのまま根拠とする点である。複数の根拠の間の関係や、さらにそれらの基になっている人間については、考察していない。
次回に続く。