クレディスイスの危機は、中央銀行であるスイス国立銀行のサポートとUBSによる救済合併で収束すると見られています。先週のシリコンバレー・バンク騒ぎに次いで、銀行破綻が連鎖しました。今後も銀行破綻は問題銀行に連鎖する可能性があることをみなさんもしっかり頭に入れておきましょう。
今回の救済スキームは新聞だねとしては終わった感があるのですが、債券の専門家の間では、大きな衝撃を持って余震が続いています。それがタイトルにある「ホントは恐い、社債の危険性」の話です。
私が個人的にアドバイスを差し上げている個人の方々のポートフォリオには、驚くほど多くの社債が含まれています。しかも多くの方はその社債のリスク内容をしっかりと把握していないので、今回はそれを取り上げて警鐘を鳴らします。
その前に、今回の破綻救済スキームの何が問題なのかを、専門家の観点からみてみます。クレディスイスは多くの社債を発行していて、その中に破綻の際だけ帰趨が関係する劣後債の性格を持つ債券が存在していました。
銀行を含む破綻企業の処理では、債権者の権利を守る順番が決まっています。例えば負債総額100億円などと破綻の大きさを表しますが、最初にゼロになるのは株式で、投資家には1円も戻りません。その次は貸付をしている銀行や社債の保有者になりますが、残余財産を比例配分することになります。
社債にも種類があって、いわゆる「劣後債」というカテゴリーの債券の権利は、株式より上ですが普通社債より劣後します。ということは株式同様、負債が大きければ戻りはゼロになる可能性が高いのです。ですのでリスクを取る投資家は普通社債より高い金利ももらえます。私の懸念は、そのリスクを知ってか知らずか、劣後債に投資をされている方がとても多いのです。
この返済順序を頭に入れて、クレディスイスの処理を見ると、とんでもないことが起っています。今回はUBSがクレディスイスの株式を、時価の1.86スイスフランより6割低い0.76スイスフランで買収することが決まりました。ということは、株式価値はゼロにはならずに半分弱返ってくる勘定になります。
ところが今回クレディスイスの発行しているAT・1というタイプの劣後債の価値をゼロにするというのです。しかもその発行額は2兆2,800億円にのぼります。これは先ほどの原則論、まず株式がゼロになるのとは違う処理になったということです。
このように銀行が発行する劣後性債券は、スキーム自体が複雑で破綻処理も単純ではないのです。2.3兆円もの債券の価値がゼロになり、株式投資家が救われるのは、順序がおかしいと感じる専門家が多いのです。
しかも過去にプロの投資アナリストなどが出しているコメントもお門違いだったことになります。金融専門ニュースのプルームバーグに載っている以下のコメントを参考までに引用します。世界的に有名な投資会社アライアンス・バーンスタインのアナリストコメントで、22年2月のHPからの引用です。
タイトル;銀行セクターは劣後債が魅力的
AT1債は一連の信用格付の各ポイントにおいてより高いバリュー(林の注;金利が高い)を示すのみならず、その具現化されたリスクも銀行株式と比べて低い。そして、過去5年間のハイイールド債のデフォルト率が年間3~4%だった一方で、AT1債が株式転換された例はなく、返済が繰り延べられたケースも数えるほどであった。
もちろん、これらの統計データは時と共に変化する。しかし、アライアンス・バーンスタインは、銀行のバランスシートが現在のように健全であることを考えれば、リスクバランスは劣後債に有利であると見ている。
引用終わり
以下は同じHP上の会社の自己宣伝です。
「アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーは、世界有数の資産運用会社です。
世界の機関投資家、富裕層、一般の個人投資家の皆様に、それぞれの国や地域のニーズに即した広範囲な投資運用サービスをご提供しています。
2022年12月末現在、ABの運用資産総額は約85.3兆円(6,464億米ドル)です。株式、債券、マルチアセット、オルタナティブ運用等、幅広い運用商品をご提供しています。」
さて、みなさんはこの立派で巨大な投資会社の分析と、破綻処理結果の齟齬をどう思われますか。
今回の記事のタイトルは、「ホントは恐い、社債の危険性」です。普通社債ならまだしも、劣後債やクレジット・リンク債などは普通社債より若干高い金利をもらえるのですが、シロウトの方には判読不能なスキームが埋め込まれているため、避けるようにしましょう。わずかな利回り欲しさで、証券会社の甘い言葉に引っかからないようにしましょう。
「気を付けよう、甘い言葉と暗い道」
安全な債券は、米国債のみです!
先日は大変お世話になりました。
一時期ドル建て社債を検討していた時期
があり、今回のクレディスイスの件は
背筋が寒くなりました。
その一方で米国債は利回りが急低下して
いますね。これが質への逃避なので
しょうか。
よかったですね、社債を避けて。
もう少し早く警告を出すべきでしたが、このような例がないと説得力を持ちませんので、この機会をとらえての警告になりました。
林先生が記述されている通り、会社が破綻したりした場合の債権者の資産保護優先順位は①普通債券 ②劣後債 ③株式 だと考えておりました。
しかし、今回の処理では劣後債の保有者が一番痛い目をみることになっています。この優先順位は会社の恣意的な判断で勝手に前後させることができるものなのですか?金融関係の法律で縛られたりしていないのでしょうか?
ご質問の件ですが、
>この優先順位は会社の恣意的な判断で勝手に前後させることができるものなのですか?
もちろん不可です。
破綻処理の順序はブログや、名無しの権兵衛さんが書いているとおりです。
一方、劣後債には転換権のついたものや、コーラブル(期限前償還可能)であるものも多く存在します。そうしたスキームは会社、この場合は銀行が発行する際に決め、投資家は納得の上で投資します。
今回の処理スキームは、スイス中央銀行が介入しています。
私の推測は、中銀は納税者負担を避けるためクレディスイスを単純に破綻させられない。そこでUBSを説得して買収させた。その条件としてクレディスイスの劣後債投資家に負担を負わせて巨額の負債処理をし、UBSは現金を使わずに株式交換で買収するとした。
UBSは、株式は希薄化するが、それだけでクレディスイスを手に入れることができるので中銀に妥協した、ということだと思われます。
他のケースにこのような逆転した破綻処理が可能だとは思えません。巨大銀行であり、破綻のインパクトが大きすぎる故の処置でしょう。
社債の件ですが、先生のご助言に背き、既にいくつか劣後社債を購入しておりました。正直5〜6%の利回りに誘惑されました。三菱UFJ、JPモルガン、インテル等の有名どころだから大丈夫、と素人的に判断してしまいましたね。もちろん、米国債8割と主力にしておりますが、こういうことがあるのですね。今後は気をつけなければいけません。
劣後債を購入されていましたか。
今後は是非やめるようにしてください。
劣後債は今回のような極端なリスクを持つものもあれば、比較的マイルドなリスクを持つものもあります。普通社債=シニア債ともいいますが、破綻時に劣後債はシニア債より返済順位が劣後するだけでなく、もっと複雑な条件を持つ債券が数多くあります。
期限前償還条項の付いたものや、クレジット・リンク債などです。
劣後債でなくとも、特に「絶対に買ってはいけない債券」としては、クレジット・リンク債です。
日本の事業法人で様々な仕組みのついた債券を大量発行している企業は例えばソフトバンクと系列会社、楽天と系列会社などがあり、クレジットリンク債を見かけます。
それらの債券のリスクを判断するには、債券発行の目論見書を取り寄せて読みこむことが必要ですが、読んでもプロでない限り理解することはできません。
例えば「デフォルト」とは企業が単純に倒産することだと思っている方が大半ですが、クレジット・リンク債の条件に書かれているデフォルトには様々な形のデフォルトが書かれていています。それにより返済順位に差が生じるものがあります。
さらに問題なのは、この債券はヤバそうなので売りたいと思ったときに、足元を見られて大きなディスカウント(2~3割引き)でしか売れないことが容易に生じます。それが私が著書でも「まえがき」に書いている「流動性の欠如」です。
こうした痛い目にあわないためにも、劣後債や仕組債は絶対に避けましょう。
このあと、私が2016年3月にアップした社債投資の心得を本文に再掲しますので、参考にしてください。