クレディスイスのAT1債の内容が、次第にあきらかになってきましたね。
3月23日の吉田さんからのコメントにたいして私は以下のように返答しています。まずコメントの一部から。
>社債の件ですが、先生のご助言に背き、既にいくつか劣後社債を購入しておりました。正直5〜6%の利回りに誘惑されました。
そして私の返答の一部を引用します。
>劣後債を購入されていましたか。
今後は是非やめるようにしてください。
劣後債は今回のような極端なリスクを持つものもあれば、比較的マイルドなリスクを持つものもあります。普通社債=シニア債ともいいますが、破綻時に劣後債はシニア債より返済順位が劣後するだけでなく、もっと複雑な条件を持つ債券が数多くあります。期限前償還条項の付いたものや、クレジット・リンク債などです。
そして今回の破綻に際しての疑問、「何故株式より、劣後とはいえ債券が先に価値をなくしてしまったか」については、政府と金融当局が政治的判断でおこなった緊急措置ではなく、AT1債には発行条件の中にその措置の根拠があったという説明がなされました。その内容を、日経ニュースから引用します。
引用
2023年3月24日
クレディ・スイスAT1債全損、当局「条項に従い決定」
スイス金融市場監督機構(FINMA)は23日、スイス金融大手クレディ・スイス・グループの劣後債の一種「AT1債」の価値をゼロとする決定は同債券の条項に従ったものだと発表した。同社のAT1債の目論見書には発行体の「存続に関わるイベント」が起き、政府が特別支援を実施する場合は無価値にするとの規定があると説明した。
同業のUBSによるクレディ・スイスの買収に伴いクレディ・スイス株の価値は一部残り、AT1債の価値はゼロとなる。FINMAは「AT1債について多くの問い合わせがあるため、無価値にした根拠となる情報を提供する」として、スイスでは株式が全損するより前にAT1債が株式に転換されるか全額毀損する設計になっていると指摘した。
FINMAは同時に無価値となるクレディスイスのAT1債の一覧も発表した。2013年から22年に発行した13本が該当する。
一般的に企業の破綻時には債券は株式よりも優先されるため、クレディスイスのAT1債の全額毀損が発表されると社債市場は大きく混乱した。社債権者の間では、決定を不服として訴訟に向けた動きもある。FINMAの発表には決定の正当性を主張する狙いがあるとみられる。
引用終わり
この説明で債権者の動きが収まるとは思えないのですが、我々が普段目にしない条項が含まれていたのは事実です。
では日本の証券会社はこうした目論見書の内容を把握し、リスクがあるとはっきりと投資家に説明しているでしょうか。私にはそうは思えません。また説明していたとしても、「クレディスイスが破綻する可能性はある」と匂わせることもしないと思います。
今後クレディスイスもスイス当局も様々な訴訟を受けるでしょうし、最終的解決には非常に時間がかかるものと思われます。それでも損失を取り返すのは非常に困難でしょう。
例のサウジの皇太子が得意げに運用しているファンドも、これに引っかかっているし、他の中東諸国も株式とAT1債の両方で莫大な資金を失うことになりそうです。今後金融機関の発行する劣後債は、プロの投資家ばかりでなく世界中の個人投資家も避けて通るようになるでしょうし、売却に際しては相当な損失を覚悟せざるを得なくなると思われます。
この状況下それを商売ダネにしようとする弁護士事務所が日本にもありました。私が「クレディスイスAT1債」とググったところ、最初に出てきたのが
○○法律事務所による無料相談の宣伝サイトでした。内容は、
「AT1債元本削減によるの損失を回復できる可能性があります。無料法律相談にお申込みください。○○法律事務所はクレディスイス発行のAT1債保有投資家のために無料法律相談を開始。Web相談24時間受付中・法律相談初回無料。」
なかなかしたたかですね。なんか「払い過ぎたクレジットの利息は取り戻せます」というTVの宣伝みたいです。でも冒頭から誤植がそのままになっている法律事務所なんて、誰が信用するのでしょう(爆笑)。私のブログを見ている関係者がいたら、即訂正を!
では社債投資のおさらいをしておきます。
ブログ・カテゴリー「社債投資の心得」、16年3月1日の記事です。
再掲引用
目白のおっちょこちょいさんからいただいた「社債投資はどうか」という問い合わせへの回答です。
低金利の米国債に代わり、もう少しイールドの取れる社債への投資を検討とのことですが、「社債を買う場合考慮すべきこと、リスクは何か」について、他のみなさんにも参考になると思いますので、本文にてじっくり解説いたします。
ご質問内容と、目白のおっちょこちょいさんが例として上げられていたのは、以下の債券です。
引用
なかなか米国債金利が上がらない状況が続いております。
ドル転した米ドルはMMFにあり安全なのですが、資金の一部で10年以内の米ドル建て社債でも購入しようかと考えています。
例)
シティ 利回り 3.129% 2026/01/12
米国債 利回り 1.654% 2026/02/15
金利差 1.475%
以下のようなことは分かっているのですが、もし何かアドバイスなどございましたらご教示下さい。
・社債と米国債で違うところは、社債は倒産などもろもろありリスクが伴う。
・米国債よりも金利が高いのは、儲かるからじゃなくってリスクが高いから。
・似たような年限の米国債金利を基準として、どれだけ上乗せされているかがリスクプレミアム。
引用終わり
コメント内容にもありましたが、私は著書でも社債への投資には触れていません。私が一般の方に社債をおすすめしない理由は、
1.流動性がないから
2.社債の内容はそれぞれ変化に富んでいて、一般の方が理解するのが難しいから
3.理解できても価格の妥当性が判断できないから
以上の3点です。もう少し詳しく解説します。
社債の基本的リスクは、すでに書いていらっしゃるとおりです。
日本の証券会社が薦める海外の社債は大半が金融機関の発行する債券です。それは見かけの利回りが高いからです。「見かけの良い投資対象には罠がある」と考えるのが、投資の心得の一つです。
特に金融機関債になるととても複雑で見えないリスクが満載です。その詳細内容は「発行目論見書」を調べる必要があるのですが、私の社債引き受け経験によれば、発行目論見書は英文でおよそ50-100ページにもなり、その中の20ページほどはかなり重要な条件が書いてあります。それも字が電話番号帳ほど小さいので、とても見る気がしないしろものです。
内容をかいつまんで言えば、格付情報や、当該企業もしくは金融機関固有のリスクや、そのインダストリーのリスク。また金融機関でありがちなのは
①劣後性の有無
②期限前償還条項の有無
③株式への転換条項の有無
劣後債ですと、デフォルトした時に残余財産をもらえる可能性がほかの一般社債(シニア債)より低く、リスクは高いことになります。また期限前償還条項がついていると、せっかく高利回りだと思ったらすぐに償還されてしまったりします。そして株式転換条項によっては、債券だと思って買ったら、業績が悪くなると株に転換されてしまうものもあります。(これは日本でみんなが騙されたExchangeable Bondとは違います。)このように金融機関債の条件設定は極めて複雑怪奇なのです。
日本の証券会社が薦める社債はほとんどが「プレーン・バニラ」と呼ばれる仕組みのないものが多いとは思います。しかし、債券をプロとして扱ったことにないセールスマンがほとんどなので、目論見書も読んだことはないでしょう。ですので、上記条件の有無をセールスマンに確認する必要がありますが、聞いてもわからない場合、本社の債券専門家に確認してもらい、理解したうえで投資を判断すべきです。
ここまでは基本中の基本です。さらに重要なのは「価格の妥当性」です。一般の方にはCitibankのスプレッド、上記の例では金利差 1.475%の妥当性を判断できません。市場を離れてしまった私にももちろん判断はできません。価格が妥当であるか判断できないものを、証券会社の言いなりで買うことになるのは覚悟してください。
それと最も重要なのは、多くの方が普段は気にしていない大事な大事な「流動性」です。流動性とは、「売りたいときに売れるか」です。そして、売れたとしても大幅なディスカウントになる可能性もあります。もう少し説明を加えますと、
例えばCitibankが怪しくなったとき、Citibank株は市場で投げ売れば売れるでしょう。しかしCitibankの債券は足元を見られて、全く売れないかもしれません。売れたとしても相手はディストレスト・ファンドなどの墓場のダンサーかもしれません。するととんでもないディスカウント率になることもあります。墓場のダンサーとは、デフォルト間近、あるいはデフォルト済の債券を買いたたいて、将来大きく儲けようとするリスクテイカーを指します。
ちょっと脅かしすぎたかもしれませんが、一応こうしたことを理解したうえで投資しないと、あとで泣きを見ます。ということで、国債やスーパーソブリンではない債券投資には、いろいろと難しいことがつきまとうのです。
これらの理由から、私は社債投資をお薦めしていませんし、著書でもとりあげていないのです。
まあ、それでも、ということであれば、証券会社でさきほど示した債券の条件を聞いたうえでリスクを取るのを、止めはしません(笑)。できれば証券会社とのやり取りを後ほど報告してください。
以上、フィクストインカムの専門家流、社債投資の心得でした。
引用終わり
以前、ブレークイーブンレートの話題がありましたが、利子などで貯まっていたドルを再投資する場合はどのように計算すればよいですか?
たとえば、ドル建て債券100ドル分を購入する際に、50ドルは貯まっていたドルで、残り50ドルは為替レート130円で購入した場合、購入円価は6500円ですが、それで100ドル買ったと考えるのでしょうか。それとも、購入した50ドル分の償還額だけを対象に計算するべきですか?
6,500円÷100ドル=65円
そんなことはないですよね。
50ドルを買った過去のレートと今回のレートを加重平均するべきです。