ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

日銀に明日はあるか その5 クロちゃんが神になった

2016年09月22日 | 日本の金融政策

  世界の金融界・経済界が注目していた日銀の「総括検証」に基づく新政策と、FRBの現状維持が表明されました。さすがに総括検証前にはブログを書きづらくなり6日間のブランクとなりましたので、早速総括検証を総括検証しましょう。

  まず市場の反応ですが、債券10年物は変化なしで若干のマイナス圏維持、株が300円以上上げ、円が101円台から102円台後半になり、「めでたしめでたし」。というのは勇み足の見方です。

  本当は、「非常にわかりづらい検証結果を消化しきれずに、株式もドル円相場も日本時間では方向を間違えた」。なぜなら株式の先物も円ドル相場も東京の引け後すぐに逆転しはじめ、効果を帳消しにした以上に下げてしまったからです。特に株式市場は3時までですから、ヘッドライン・ニュースだけで反応しています。3時半からの黒田総裁の記者会見を見ていません。それを見ていたら、違う反応になったでしょう。記者会見は質疑応答を含め1時間もあったのですが、それを見ていた私が中身を検証します。

   みなさんも総括検証の要約は見ていらっしゃるでしょうが、日経新聞をもとに簡単にレビューします。大きくは3つ、

 1.物価目標は達成できなかった。その理由は、

  ・原油価格の下落

  ・消費増税による消費の落ち込み

  ・新興国経済の落ち込みと、国際金融市場の不安定化

2. 過度な金利低下が金融機関の収益を圧迫し、保険や年金の運用利回りが低下

3.  予想物価上昇率は直近の物価に影響されてしまうので、上げるには時間がかかる

   1の外的要因はまだしも、2の過度の金利低下は自分がやったことだし、3も20年来同じことで、いずれも検証というよりも「反省なき言い訳」に聞こえます。

   そして今回新たに決定した内容は、

1.これまでの「マイナス金利付き量的・質的緩和」に、「長短金利操作」を加えた

2.長期金利がゼロ%程度で推移するように国債を買い入れる

3.物価上昇が安定的に2%を超えるまで緩和を継続する

  以上です。

  この要約説明に対して、記者たちは鋭く切り込みましたので、その中で最も重要な一問一答を振り返ります。

   記者会見での黒田総裁の回答の歯切れの悪さは、彼の咳払いの数に比例します。今回は10秒から20秒に1回程度エヘン虫が出てきていたので、自分のウソに苦しみながらの会見だったことがよくわかります(笑)。みなさんも咳払いには注意しましょう(笑)。

  では私が常に指摘し続け、記者たちも一番知りたい部分を、まとめて皆さんにお示しします。

Q: 物価の2%上昇は、外的要因がなければ、達成できたのか?

A: エヘン。石油下落と新興国経済の低迷がなければ、できたはずだ。その検証は、モデルを使ってしているので検証を見てくれ。足もとの物価上昇率に引きずられるという傾向を払拭はできなかった。

Q: 総裁は「物価2%は2年で達成する」と言っていたができていない。その後は「できるだけ早期に」と言っているが、いつになったらできるのか?

A: エヘン、エヘン。できるだけ早期に達成するが、今の目標は日銀の展望レポートに示すとおり17年度中だ。(林の注:当初目標の2年後がすでに4年後になっていて、目標はいつもこれから2年先だ(笑))

Q: 総裁は「政策の逐次投入はしない」と言っていたが、最初の量的・質的緩和策に、その後マイナス金利を導入し、今回長短金利操作を導入するのはどういうことか?「マイナス金利は最強の政策だ」とも言っていた。

A: エヘンエヘンエヘン(爆笑)。(ここからは、えへんの連発で、しどろもどろでした。) 今回も思い切った政策の導入に変わりはなく、逐次投入ではない。なぜなら、80兆円の買い取り策などを含め、「日銀の政策というのは次回の決定会合間までの政策」であって、見直すものだから逐次ではない。

  この辺まで来ると、あまりの苦しい言い訳に彼が脳卒中を起こすのではないかと心配になりました。

  もうお気の毒にとしか言いようがありませんので、これ以上の一問一答はやめておきます。

   かわいそうなので、彼が成果だという部分も載せてあげましょう。成果とは、

1.134月のバズーカ1号発射以降、いったんはデフレマインドが払しょくされ、物価も1.5%くらいまでは行った

2.GDPギャップもこの3年半で縮小している

3.それが景気回復につながり、賃金上昇にもつながった

4.企業や個人の資金調達金利は下がった

  それは確かなのですが、我々が忘れてはいけないのは、日本経済全体は成長していないし、資産運用は困難を極め、国債を350兆円も買ってしまっていて、それが将来の爆発のマグニチュードを高めてしまっていることです。

   しかし彼は、「欧米は国債をGDP20%程度まで買ったが、日本は80%に達した」とまるで自慢するように言っていました。そして「市中には国債が発行残高の3分の2も残っているので、余地はまだいくらでもある」とウソぶいています。

   以上でおわかりのように、完全に記者たちの勝ちで、「日銀による総括検証とは、言い訳になっていない言い訳を苦し紛れにしただけだ」と言えます。日本の市場時間後の動きが、それを如実に示しています。

   では今回導入された新政策を次に検証します。

  名前は長たらしいですが、「マイナス金利付き長短金利操作付き量的・質的緩和」です。新たな追加部分はイールドカーブまでコントロールしようという長短金利操作の部分です。

   9月13日の私のブログのタイトルは「イールドカーブが立った」でした。その時の解説を引用しますと、

 ここにきてイールドカーブが立ってきた理由は、日銀の行き過ぎた国債爆食で金融機関が疲弊するのを、さすがに日銀も見て見ぬふりはできないだろうとの、市場の思惑によります。私の言う「日銀包囲網」の一角である金融機関の離反に、日銀もこたえる必要があると考え、市場もそれに同調したのでしょう。』

   この解説どおりのことを、新政策として発表したのです。それが長短金利操作の導入です。英語で言いますと、「イールドカーブ・コントロール」。

  私に言わせれば、「クロちゃんは遂に債券市場を完全支配するオールマイティ・ゴッドになった」つもりなのです。

   本当は国債購入が限界に達したので政策を変更したいが、変更したと言いたくないがために、追加だの強化だのと言っているのです。

   80兆円を買い続ければ、長短ともに金利低下はまぬがれません。それでは金融機関を殺してしまう。そこで長短金利差を付け続ける。そうすれば短期調達・長期運用で利ザヤを確保できる。その微妙なさじ加減を「神の手」で行うのが今度の政策です。

   単刀直入に言えば、マイナス金利という間違った政策をしてしまった後始末を必死に行うことにしたのです。

 つづく

コメント (7)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日銀に明日はあるか その5 ... | トップ | 大統領候補TV討論会第1ラウン... »

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (銀河鉄道)
2016-09-22 16:52:54
はじめまして

こんだけ緩和しても
インフレにもならないし、
円高になるだけ
それならドルなんて買うのは危険なのでは?

円預金で持ってれば損しないし
ほっとけば価値が上がります
これだけ世界が日本を信用してるのに
何が危険なのでしょうか?
返信する
金利政策へ転換 (シーサイド親父)
2016-09-22 23:10:32
日銀の政策転換は外国から見れば事実上、テーパリングですから、FOMCで利上げが延期されたので、当然為替はドル安・円高に為替は動いています。

ただしマイナス金利政策を継続することで、日銀は国債をオーバーパーで購入してきた付けが来て、含み損が拡大しています。

日銀の純資産は3.5兆円、今年の年末は10兆円に達すると予想されています。
日銀の債務超過は政府と日銀の統合政府とすれば、たいしたことないと言う人もいますが、所詮”心中シナリオ”ですから。

元日銀政策審議委員の白井さゆり氏も4月に退任した直後に書いた本では歯切れが悪かったですが、今日の道新(朝日新聞)では、「2%の物価目標が達成できなかったのは、原油安や消費税増税など外的要因が理由と説明している。 だが日銀の政策が人々に信頼されていなかったことや、経済の実力が低下して金利が下がっても資金需要が盛り上がらなかったことが問題だ。」と元気よく後足で砂をかけています。

いま起きている円高、これから起きる円高も期限付きということあらためて肝に銘じたところです。
返信する
訂正 (シーサイド親父)
2016-09-22 23:17:18
日銀の純資産は3.5兆円、今年の年末は含み損が10兆円に達すると予想されています。
返信する
シーサイド親父さんへ (林 敬一)
2016-09-23 17:28:45
>日銀の政策転換は外国から見れば事実上、テーパリングですから、FOMCで利上げが延期されたので、当然為替はドル安・円高に為替は動いています。

日銀は国債買い入れ額を今後減少させると言っていますでしょうか?

返信する
21日の黒田総裁会見 (シーサイド親父)
2016-09-23 18:51:54
わたしは日経新聞のライブ中継を見ていました。

終了間際にある記者が「テーパリング(緩和縮小)かどうか」と尋ねると、黒田さんは例の”ニガ作り笑い”を浮かべながら否定していました。

この度の日銀新スキームではイールドカーブ・コントロールを行うそうですが、イールド・カーブの形状を維持するために、必要があれば無制限で国債を買い入れると言っている一方で、現状程度の年80兆円増加ペースを維持すると言っています。

イールド・カーブコントロールと量的緩和政策は矛盾しているように思います。(JPモルガン・チェース銀行 市場調査部長 佐々木融氏談を参照)

一度揚げた看板は降ろさない黒田さんですから、金利政策にシフトしても、量的緩和の縮小(狭義のテーパリング)を認めるわけにはいかないでしょう。

ただ外国人はそうしたレトリックは見逃さず、量的緩和の限界→量的緩和縮小の可能性と連想するのではないかと思いました。

返信する
いつになったらマイルドインフレに? (Genrecht)
2016-09-24 13:55:02
長期金利は市場が決めるものなのに、中央銀行がそう簡単にコントロールできるものなんだ、ふーん。
と私は普通に思いました。さすが神。

とは言っても、日銀だけが悪いのではなく、マイルドインフレになりそうにない、反応の鈍い日本の体質に問題があるものと思います。素人考えですが。
その原因は、おおもとをただせば、やはり政府の責任なのでしょうか。国民平均の可処分所得が下がりすぎです。
今言っている所得税制改革は、ただの再配分にしか過ぎません。

アホみたいな社会保障費を抜本的に削減しないと。とりあえず、医療保険や介護保険の1点あたりの金額を、一律で引き下げるのがいいと思います。
返信する
Unknown (Owls)
2016-09-24 18:16:35
こんにちは

立場上しょうかないのは十分承知で言いますと
良識派の論陣の最大の問題点はまだ日本は
正統的な経済・金融政策で何とかなるという
建前を堅持していることでしょう

本心では手遅れだと思ってるかもしれまんが、
実際問題として真っ当な方法で政府債務の問題を
解決するのはほとんど不可能でしょう
それを実現するには国民側の長く苦しい忍耐と
協力なくして実現するわけがありません
では国民側はというと二度の消費税増税が支持されたように
少しの痛みや負担も嫌なのです
将来に不安を感じても少し節約すれば何とかなる程度の
かなり楽観的な不安感でしかありません
だから円預金を信じ切っている人が多いのです
真っ当な方法でこの問題を解決できる要素が無いのです

そうなると極限まで問題を先送りして最終的に
ドカンと国民がツケを清算する政策が自動的に選択されます
クロちゃんの金融政策はそういう必然の中で生まれたものです
クロちゃんがやってることは間違ってはいますがクロちゃんだけを責めてもしかたありません
クロちゃんの首を切ったところで他の誰かが代わりにその役をやるだけの話です

こういう金融政策が生まれてくる根本原因が無くならなければ
必ず第二、第三のクロちゃんが出てきます
そして根本原因は真っ当な方法で解決するには事実上手遅れだと思います

立場上手遅れですとは言えないのは承知してるのですが、
どうも良識派の人たちの論陣はクロちゃんの政策を何とかすればよし
そんな風に聞こえてしまうが残念です

返信する

コメントを投稿

日本の金融政策」カテゴリの最新記事