「晩年」(太宰 治)(1936年刊行)
この作品集のうちいくつかは読んだことがあるはずである。がしかし、「思い出」をのぞくと内容に記憶はない。
中学3年か高校1年のなまいきざかりに読んだものだから、そんなものだろう。
今回通して読んでみて、太宰の書き方の力量に感心した。それも普通に文章がうまいとかいうことでなくて、書くときにうまく見せようとか、確信していない表現をつかったりとか、そういうところがない。文章で見る限り、斜に構えたとか、その最後を予感させるものはない。
この発表の前年に芥川賞がかなわず、その後長くそれにこだわり続けたそうだが、それは賞の側が考える小説の概念が少し違うということであって、小説の書き方の技術が不足していたわけではないだろう。
なかでも「道化の華」は、今もよくある若い人たちのふざけあっているかのように見えるやりとりを描きながら、ひとつの確かなものを読むものに残していく。
その上で、それでも何かあまり気持ちよくないところが、いつもあるのは何故だろうか。
これだけの技術、それも書き出したらそこにいやみはないのに。
考えると、これだけのものがありながら、書く対象、世界が何か小さいのではないだろうか。だからどうだと言うわけにはいかないが、太宰の才能からすると、どちらかというと詩の世界に最初から入っていればと思われた。